第一場(畦道、茶屋)
原作小説「魔左衛門」もお読みください。
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登場人物
魔左衛門(30)男 三度笠に手甲脚絆の股旅姿。腰に刀を差している。
野武士1(40)男
野武士2(30)男
野武士3(25)男
野武士4(12)少年
坊主(50)男 橙色の袈裟を着ている。
茶屋の女将(35)女
〇畦道
魔左衛門、畦道をやや速足で歩いている。
曇り空。周囲の水田に人影はない。
突然、野武士1~4が、刀を構えて魔左衛門を取り囲む。
野武士1「知らん顔だんべ。おまん、何て名じゃ?」
魔左衛門、無視して通り過ぎようとする。
野武士1、そうはさせじと刀の切っ先を魔左衛門の喉元に近づける。
野武士1「何て名じゃ?」
魔左衛門、三度笠に半分隠れた顔をゆっくり上げる。
魔左衛門「魔左衛門...」
野武士2「何?何だって?魔左衛門?変な名だんべ」
野武士3「変じゃ、変じゃ。聞いたことねえ名じゃ」
野武士4「兄じゃ。こんなやつ、やっちまえ」
野武士1、魔左衛門の胸に刀を突き刺す。
青緑色の血しぶきが魔左衛門の胸から飛び散るが、魔左衛門は倒れない。
魔左衛門、素手で胸に刺さった刀の刀身を掴み、刀を抜き取ると、水田に放り投げる。
野武士たちは四人とも仰天する。
野武士3「死ね!」
野武士3が刀を一振りする。魔左衛門の体から青緑色の血が噴き出すが、魔左衛門は倒れない。
魔左衛門、鞘から自分の刀を抜き、野武士3に一太刀浴びせる。
野武士3の首は赤い鮮血を吹き出しながら宙を舞い、水田に落ちる。ほどなくして首なしの胴体が崩れ落ちる。
野武士4「弥平、どうなってんじゃ」
野武士2、魔左衛門と目が合うと、震えながら刀を捨てて逃げ出す。
野武士1、魔左衛門の背後に回り、脇差を抜いて魔左衛門の背中を斬りつける。
だが野武士1は青緑色の返り血を顔に浴びるだけで、魔左衛門は倒れない。
魔左衛門、刀を使わず、片手で野武士1の首をしめ、そのまま軽々と持ち上げる。
野武士1、刀を捨て、自分の首を絞めてい居る魔左衛門の腕を両手で掴み、地面に浮いた足をばたばたさせる。
首の骨が折れる鈍い音。ばたばたさせていた足の動きが止む。
魔左衛門、野武士1の死体を水田に放り投げる。水田から水しぶきが上がる。
野武士4の姿はすでにない。逃げたのだ。
魔左衛門の胸の傷口をクローズアップ。CGで傷口が急速に回復する様子を描写。
魔左衛門は刀を鞘に納めると、また旅路を急ぐ。
〇茶屋
峠の茶屋全体をパン。ついで茶屋内の様子。
茶屋内にはまばらに客がいて、飲食している。茶屋の女将がそばを客の一人に運ぶ。
魔左衛門と坊主、入口の長机を向かい合って座り、茶を飲んでいる。
坊主「隠れ里を、よう生きて通り抜けたのう。地元じゃあ、山賊村って呼んでるんじゃ。追剥の野武士たちがおって、一度村に入ったら二度と生きて出られんのじゃ。だからみんな、麓からわざわざ峠を遠回りして、ここまで来る」
魔左衛門、話を無視して茶をすする。
坊主「あんた、死人憑じゃろう」
魔左衛門「......」
坊主「隠さんでもええ」
魔左衛門「...シ・ビ・ト・ツ・キ?」
坊主「ようやく口を聞いたのう」
魔左衛門「......」
坊主「そうじゃ。死人憑じゃ。あんた、もしかして死人憑も知らんのか?」
魔左衛門「...知らん」
坊主「死人憑とは、人間の死体に霊が憑りついて、あたかも生きているように動く異形を指すんじゃ。普通、死人憑は数日もすると霊が去って元の動かない死体に戻るが、まれに死んだ人間の霊が自分自身の死体に憑りつくこともある。この場合、霊としてはもともと宿っていた体だけに、居心地がいいのか、何年も憑りついたままになる。あんたはこの類の死人憑じゃな。
見た目は普通の人間とさして変わりないが、死人憑の腕っぷしは十人力、身のこなしは獣のように素早い。
あんた、よほど怨念を抱いて死んだんじゃろう。あんたを斬った相手がよほど憎かったんじゃろう。そうじゃないと、あんたみたいにはならんて」
魔左衛門「おれには昔の記憶がない。だから、そう言われればそんな気もしてくるが...」
坊主「わしは若い時分、高野山の金剛峰寺で修業したんじゃ。座禅、滝行、千日回峰と荒業を積むうちに、いつしか神通力が備わった。神通力のおかげで生霊も死霊も見える。人間と死人憑の区別もつく。
神通力は結構、重宝するもんじゃ。この前なんか...」
不意に坊主は口を大きく開けたまま無言になる。
ほどなくして坊主は椅子から転げ落ちて腹這いに倒れる。背中には矢が刺さっている。
茶屋の女将が坊主の死体を見つけて悲鳴を上げる。
魔左衛門、矢の飛んで来た先を見ると、弓を持った野武士4が走り去っていく。
魔左衛門、立ち上がり、野武士4を追いかける。
(つづく)