K大前駅2番ホーム
「間もなく発車いたします。駆け込み乗車はおやめください…」
駅の発車アナウンスが流れ、止まっていた列車の扉が閉まろうとする頃、カツカツという靴音をホームまで響かせながら、一人の女子大生が階段を下りてきた。しかし彼女がホームに降り立ったと同時に急行列車は発車していった。次の列車は10分後。だが急行はしばらく来ないようだった。店も多く繁華街にあるターミナル駅までは急行の方が断然早く着くので、私も普段はそれを使っている。しかし今日はそう急ぐ用事もなかったので、普通列車でゆっくり行こうと思っていた。立ち乗りが確定の急行と比べ、確実に座れるというのもある。
「はあ、はあ、あとちょっとだったのに…」
私と彼女しかいなくなった駅のホームに、彼女の息遣いがひびく。スマホを取り出すと、友人との待ち合わせに遅れることを伝えているのか、少しの間操作をして、彼女はホームのベンチに腰掛けた。私とは反対の端の席。スマホで今から行くショップの情報を見ながら彼女の方もちらちらと様子をうかがう。息は落ち着いて、彼女は足を前の方にグイッと伸ばす。肌寒くなってきた10月だが、彼女は長袖のワンピースに、素足でパンプスを履いているようだった。まだ大学1年生だろうか、高校生っぽさの中に大人びた印象がある。ポニーテールの髪は明るい茶色。
「はあ、チコク確定だ…」
彼女はぽつりとつぶやくと、履いていたパンプスからかかとをパカパカさせだした。靴擦れ防止だろうか、かかとの部分には絆創膏が貼ってある。そのかかとは蒸れからか、赤くなっていた。やがてかかとのパカパカだけでは飽き足らず、足をいったんそろえると、パコパコと脱ぎ、現れた素足の足指をぐねぐねと動かしだした。ピンクのペディキュアが塗られた素足。まじめそうな、かわいい女の子の大胆な動きに、私は思わず息をのむ。
「あし、いた…」
パンプスのまま走ってきて痛くなったのか、体をまげて足の指をマッサージしている。その後、パンプスを履きなおすことなく、素足をその上に載せてまたスマホに戻る。その間も、足の指はもにもに、もにもにと動いていた。
普通列車が来るアナウンスがあったので、私は立ち上がって乗車位置に向かう。スマホの乗り換え案内によると、次の急行を待って向かうよりも、この普通列車で向かう方が、終点のターミナル駅には数分早くつくらしい。彼女もそれを知っているのか、私とは一つはなれた乗車位置に立っていた。脱いでいたパンプスを再びしっかりと履いている。列車が到着して乗り込むと、車内に人はほぼいなかった。ロングシートの端っこに座ると、彼女はその対面のシートの端に座った。発車してすぐ、彼女は履いていたパンプスを脱ぎ、さっきまでのように素足をその上に置いた。その後、列車は各駅に止まり、彼女はそのたびごとに、パンプスを履き、また脱ぎ、時には素足をグイッとこちら側に伸ばしたり、列車の床に直接ペタッとつけたり、スマホを見てほぼ動かない上半身と比べ、足元だけはせわしなく動いていた。
そしてようやく、列車は終点に着く。さすがに終点近くなると乗客の数も増えて、立つ人も多くなった。そんな中でも、彼女の靴脱ぎは収まらず、結局乗車していた間、ほとんどパンプスを脱いでいた。終点に着き、一斉に改札へ向かう。早歩きで向かう彼女のポニーテールを追って私も改札を抜けると、彼女の待ち合わせ相手はすぐそこにいたらしい。
「ごめんね、黒田くん!講義が少し長引いちゃって!」
「ううん、ぜんぜん。勉強、大変そうだね」
「ほんとだよ!でも今からリフレッシュできるし!」
「うん、じゃあ行こうか」
同じくらいの大学生かな。少しうらやましい気持ちを抑えながら、私も町へ繰り出した。
おわり