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水平線上ノ煌星  作者: 猫屋敷 凪音
ファミリー編
8/48

第6夜 黒金

やっぱり、この女の子が道中聞こえた毒虎一家に忍び込んだ泥棒か。

それで、彼が7番街の狂犬。

赤毛の少年がフライング・ボードの高度を下げて俺の目の前に立った。

「見ての通り仕事中だ。早く話せ」

「とても失礼な事を承知で、お願いがあります。その女の子を、俺に引き渡してくれませんか?」

「ぁあんっ?!いきなり何言ってんだよ」

狂犬さんに胸倉を掴まれた。ハチから借りたジャージは伸びない様に、黒いTシャツだけ掴ませる。

「コイツ渡して俺らに得があんのかよ?コッチは事務所に侵入られて、ボスのに…。商売道具まで盗まれてんだ。面子の問題でも無理だ。慈善活動なら他を当たれ」

申し訳ない。狂犬さんの意見はごもっともだ。しかし、こちらも退けない。

「あなた方は、その女の子を連れ帰ったら酷い目に遭わせてしまいますね…?」

「情報吐かせて殺す」

「殺さないで欲しいんです。痛い目にも遭わせないで下さい」

「……水神様の教会の人間か?コイツ以外の捕虜なら、積む物次第で解放してやっても良いぜ」

残念ながら、教会の人間じゃない。

狂犬さんにも仕事があるのに、申し訳ない。

彼女を連れて帰らなければ、きっとファミリーでの信用を無くしてしまうだろう。

「今の全財産です」

股間に手を突っ込んで財布を取り出す。

「お前、なんて所から金出してんだよ!?」

「もっこりしてても、スラれないので……」

生温かい財布を狂犬さんに差し出す。

「おま、お、おま、お前え!!!良い加減にしろよ!ウチのファミリーおちょくってんのか?」

「毒虎一家と敵対する気はありません!俺は至って真面目です!俺の目を見て下さい!!」

「な、なんて真っ直ぐな目なんだ……!」

俺の近所でも評判の真っ直ぐな瞳を見て、狂犬さんがハッとする。

「って、なる訳ねーだろっ!!!」

狂犬さんが吠えた。

強い風が吹く。

俺は急いで、ハチから借りたジャージとマスクを空に投げて避難させた。

不可視の牙が体中を噛み、血が出てくる。

俺達のやり取りを盗み見ていた人達が、悲鳴を上げた。気の弱い御婦人方が気絶してしまう。

ここで初めて、少女が俺の方を見た。

「本当に真剣です」

せめてもの誠意として狂犬さんの攻撃を受けて、全財産を財布ごと渡す。

「この子も、盗んだ物は返して罰も受けました。女の子が体中傷だらけになって、顔にアザまで作っているんです。謝罪も、俺がしましたし…この子も反省してると思います。許して下さい」

女の子の肩を抱いて、一緒に頭を下げた。狂犬さんの反応は無い。

「黒髪、黒目、浅黒い肌。脳を溶かす美声に全身黒づくめの誰もが見惚れるほどの美丈夫……!」

空に避難させていたジャージとマスクをキャッチした。 狂犬さんは震えながら何かを考えている。

顔も赤い。

怒ってる?いや……興奮している?

「そうか、この事件は8番街の仕業だったんだな!!」

「違います!違います!」

8番街の所為にされては困る。というか、何で俺が8番街の人間だってバレたんだ。

全身から傷まみれで血が出ていたので、ハチから借りたジャージは女の子に被せてあげる。

「こんだけの情報量を持った美丈夫がお前以外に居るかよ!!お前はどう考えたって、スマイリー向日葵パラダイスのボス、黒金くろがねだ!!」

「今回の事とスマパラ(ウチ)は何の関係も無いです!」

「嘘だ!早速、8番が戦争を仕掛けに来やがった!早くお嬢に報告しねーと!!」

狂犬さんは大慌てでフライング・ボードを地面に叩き付け、その勢いで毒虎一家の元まで飛んで行ってしまった。

普通のフライング・ボードと違って、かなり速い。

「とんでもない誤解をされた……。シロに怒られる…!」

早く帰ってシロに報告しなきゃだ。

女の子の手を握って、安心させるように微笑む。

「もう大丈夫だ。きっと何とかなるよ。一緒に帰ろう」

「…………っ。」

まだ喋れないか。

女の子の手は冷たかった。指先に血が通っていない。

手首に巻かれた痛そうな縄を千切り、ボサボサの髪を手櫛で整える。

「怖かったよな……」

不安も痛みも出さない少女は、Tシャツを握る事で俺に頼る意思を見せてくれた。

怖くない様にそっと背中に乗せて、8番街に戻る。

ゆっくり。ゆっくり。

ゆりかごを揺らす様なリズムで、森の中を歩く。

何処から来た誰なのか、分からないけど、連れて帰ろう。

誰かが迎えに来るかもしれないし、家族はもう居ないのかもしれない。

どんな子かも分からない。

ただ、この子が辛い目に遭って泣き果てて、何も喋れなくなった事だけは分かる。

こんないきなり現れた俺の他に、アテが無いのなら。それは、とても寂しいから。

「そのジャージを貸してくれた子は、とっても気が効く良い子なんだ。ハチって言って、犬みたいにシロに懐いてる」

「シロは、俺の幼馴染なんだ。ずっとずっと大親友。夜みたいに、とっても綺麗だよ」

女の子が『夜』という単語にピクリと反応した。言っちゃいけないワードだったかもしれない。

「俺には、双子の妹がいるんだ。日向って名前でみんなはヒナって呼んでる。ヒヨコのヒナみたいに黄色い頭で、寝癖がぴょんぴょんしてると凄い鳥っぽい。言動はちょっと馬鹿だけど、他人を傷付ける事は言わない。優しい妹だ。きっと仲良くなれるよ」

森を抜けて、ようやく赤い線を抜けた。

俺達の8番街に帰ってこれた。

「俺のファミリーは、上から落ちてきた奴ばっかなんだ。ぶっちゃけ言うと情報が無い奴がいる。それでも良いか?」

返事は無い。

「寄せ集めで血の繋がりはないけど、家族なんだ。増えたり減ったりするし、親は俺とシロ。子供でも働かなきゃ駄目だし、カゲとも戦う時もある。普通の家じゃないけど、来て欲しい」

「ずずっ……」

鼻水をすする音がした。背中に顔を押し付けられる。

「家族になろう」

彼女が頷くのを感じられる。小さく、何回も頷いている。

「良かった。嬉しい!」

「うぅ〜〜〜……!」

背中が温かく濡れてきた。

ゆっくり。ゆっくり。

彼女が泣き止むまで、ゆりかごを揺らす様なリズムで遠回りをした。

【ヒナのお勉強コーナー】

影の国にある108の街は、それぞれ非公認の組織ギャングに治められている。


黒金クロがボスを勤める『スマイリー向日葵パラダイス』は8番街を取り仕切る組織。

構成員は全て未成年であり、ほとんどが光の国から落ちてきた人間である。

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