表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水平線上ノ煌星  作者: 猫屋敷 凪音
ファミリー編
7/48

第5夜 8番街、事後処理中

カゲの襲撃。

それは毎月起こる行事イベントである。

月末の『金』・『闇』・『光』の3日間は月が陰り、影の中からカゲが現れる。


この期間は、光の国も影の国も灯りを落としカゲに備える。


人間の歴史が始まって以来、僕達はカゲと戦って来た。

カゲと神が相いれないものである限り、僕等人間もカゲと交わる事は無い。





_______


朝の光の下、8番街初等学校は騒がしい。

「回収した光源はアチョー先輩が確認してから箱詰めしてくれ!」

「昨日使った鏡はどうすんの?」

「白夜さんが貸し出しリストを待ってる。ちゃんと持ち主に返してくれ」

「了解!」

今月もカゲの襲撃を耐え抜いた8番街の住民は、元気に復旧作業を行なっている。

バリケードにした机は解体し、使用した光源は消耗をチェックして箱詰めする。

校舎の方では炊き出しが行われており、生き延びた者の活気に溢れていた。

「けほっ」

病人みたいな手で、色の無い唇を押さえる。

復旧作業の邪魔にならない様に大人しくしていたのに、咳が出た。

「けほっこほっ……」

膝の上でスヤスヤ寝息を立てるクロを起こさない様、小さく咳をする。

クロの黒い髪が、パラリと頬を滑った。

僕の瞳は色素が薄いから、太陽が他人より眩しい。

だから、髪も肌も色素の濃いクロを見ていると落ち着く。

「ん〜〜…」

木漏れ日が眩しかったのか、クロが眉を顰めた。

「大丈夫だよ」

瞼の上に手を乗せて、陽の光を遮る。

「こほっ、けふんっ、けふんっ……」

僕は貧弱だ。

白夜びゃくやさん、物品の箱詰め完了致しました。しっかり縛った状態で校庭の隅に保管してます」

「ありがとう、アチョー」

大切なボスを起こさない様に小声で話すアチョーが、僕に消費した物品リストを渡してくれた。

すぐに仕事に戻る彼を見送り、ヒナが書いた文字に目を通す。

「今月は厳しいね」

寝てて何も聞こえないクロに話しかける。

今月は武器の消耗が激しい。

これは2日目、3日目の襲撃が異常に多かった所為だろう。

誰も怪我をしなくて良かった。

ウチの組織(スマパラ)は日銭をパッと使ってしまうから、貯蓄は少ない。

当面は僕のポケットマネーを出すしか無いかもしれない。

これが、肩書きだけでもNo.2の僕の義務だと思う。

思うけど……クロとの夢を叶える為に貯めたお金を他の事に使いたくない。すっごく使いたくない。

リストの端に2つの星を描く。


【★⭐︎】


何にせよ、今後も大規模な襲撃が行われる可能性があるのなら、安定した収益が必要になる。

「クロ、明日からで良いんだけど……」

突然、クロの目を隠していた手を掴まれた。

ガッと上体が起こされ、頭と頭をぶつけそうになる。

「おはよう、シロ!!女の子が助けを求めている!!」

そう言うと、クロは何処かに走り出してしまった。

クロが校庭を突っ切り、塀を乗り越えて見えなくなってしまう。

8番街の住民やファミリー達も、不思議そうな顔でクロを見送った。

僕と目が合ったハチが、運んでいた荷物を置き、クロを追う。

ハチのトレドマークである赤ジャージも、一瞬で塀の向こうに消えた。

「けほっ、けほっ、こほっ」

クロが走ると土埃が出る。

「白夜さん、ボスは一体?」

この場の最高責任者が何も言わずに飛び出した事で、みんなから戸惑いと心配の音が聞こえる。

僕は大丈夫という意味を込めて、みんなに

「たぶん人助けかな?」

と言った。






_______


こんな感覚は、クロの人生において後にも先にも1度きりだろう。

救いを求めて泣く人がいる。

クロは直感だけで街を走っていた。

街は復旧作業の途中で、どの建物からも人の気配が無い。

口の開いたゴミ箱を飛び越え、噴水を避け、木製の門を抜ける。

角を曲がって、塀を飛び越えて、白猫をビビらせる。

どの道を走っても、それらしい影は見当たらない。それどころか、人っ子1人見かけない。

こんな時、普通の人なら寝ぼけていたんだろうと引き返すのかもしれない。

しかし、クロは走った。クロは困ってる人が居ると分かってて、見捨てる事が出来ない少年だった。

用水路を飛び越えて、舗装のされていない草むらの向こうへ行く。

財布の小銭が、一定のリズムでチャラチャラ鳴っていた。

チャッチャッチャッチャッ……

ここに来て、俺の走るスピードが落ちた。

疲れたからでは無い。

「っ……」

スプレーで書かれた赤い線。雨風に晒されても、何度でも執拗に塗り直した人工の痕跡。

ここを越えれば7番街に着いてしまう。



7番街とは、『毒虎一家どっこファミリー』が取り仕切る能力主義の街だ。

彼らは、どの街の組織よりもナワバリ意識が強く、わざわざ街と街の境目に赤い線を引くのだ。



7番街に無断で入れば、8番と7番の抗争になりかねない。

少女はこの先にいる確信がある。早く助けてあげたい。

でも、シロやヒナ、ファミリーのみんなが困るのも嫌だ。俺自身の命も惜しい。

足を踏み出すのを躊躇してしまう。

困ってる人が居るのが分かってるのに、躊躇ってしまう。

シロを困らせずに、進む方法……。

ポンポンと肩を叩かれて、振り返る。

「ハチ!」

黒いマスクを顎までズラして、ハチが息を切らせていた。

その手には、いつも通りボコボコに歪んだ金属バットが握られている。

「シロに言われて来たんだな?」

ハチは喋る事が出来ないので、身振り手振りで俺に何かを伝えようとしている。

「これを貸してくれるのか?」

ハチがトレードマークの赤ジャージを俺に手渡してくれる。

それから、顎にかけていた黒マスクも貸してくれた。

「スカートは脱がなくて良い」

ハチは不満そうに唇を尖らせて、ジャージの上にスカートを履き直した。上着とマスクだけ借りて、ハチにお礼を言う。

「ありがとう。バットも大丈夫だよ。戦争を仕掛けに来たと思われるだろ?」

バットを引っ込めて、ハチが頷いてくれた。ハチは喋らない分、人の行動から考えを読んで先回りしてくれる気の利く子だ。

「ぴゅー!」

ハチが口笛で頑張って!と応援してくれた。それから

「白夜さんに報告します」と「拠点で待ってる」

というジェスチャーもしてくれる。

「ありがとう!凄く助かる!」

ハチは何度も振り返りながら、赤い線から離れていった。薄紅色のポニーテールが見えなくなるまで、手を振り返す。

いつも、ありがとう。

ハチが見えなくなると同時に、全力で走り出した。

人目につかない様にとは言ってられない。

今のクロは勘で進む以外、目的の少女に会う方法が無いからだ。

「さっきの噴水の所で見かけた子、上から堕ちたばっかりなのかしら?」

「だとしたら、7ウチに来たのが運の尽きね……」

炊き出しの為か、井戸から水を組む女性達の声が聞こえる。

「月末なのに靴屋に強盗が入ったらしいぞ。金庫は無事だったが、靴と裁縫道具を盗まれたらしい」

「他にも、数軒の家が荒らされてたみたいだ」

「カゲが出るってのに大胆な奴だな。そういう事をやるにしても、7ウチは避けるべきだった」

四方山話よもやまばなしに花の咲く爺ちゃん達を大きく避ける。

「あの兄ちゃん、フライング・ボードより速ぇえ!!」

「屋根の上を飛んだ!すっげーー!!」

俺を見て目を輝かせる子供達に一瞬だけ振り返ってウインクをした。

クロは初恋泥棒の常習犯であった。

「あの女の子、毒虎一家どっこファミリーの物を盗んだって本当かしら?泣いて放心状態だったし、私にはそう見えなかったわ……」

「俺の推理じゃ、本当の毒虎一家に忍び込んだ犯人に濡れ衣を着せられたんじゃねえかなって思うんだよ」

「他の街の下っ端って可能性もあるな」

長屋だらけの風景から、段階的に都会になっていく。

住宅街、商店街、高級なお店屋さん、3階建てのビル。

建物のランクがアップしていくにつれ、そこにいる住民達の見た目も変わってくる。ここら辺の裕福そうな奴等はみんな、毒虎一家に縁のある奴等だろう。

「あの狂犬様に連行されている女の子が毒虎一家に忍び込んだ犯人らしい」

「恐らくは命令に従っただけなんだろうけど……生かしてはもらえないだろうね」

新聞を買う紳士達の視線に釣られて、顔を上げる。

「あ!」

絶対にあの子だ。

無表情で虚空を見つめる少女を見た瞬間、ピーンッと来た。

可哀想に、髪の毛はボサボサで顔にアザがある。長時間泣いたのか目は赤く腫れていて、手首を縛る縄も痛そうだった。

「すみませーん!犬のフライング・ボードの方、少し止まってください!」

3階建てのビルより少し高い所を移動するフライング・ボードに、声をかける。

俺が犬の描かれたフライング・ボードの持ち主に声を掛けた事で、周囲が騒ついた。

「お前……俺が毒虎一家の狂犬って理解わかって声掛けたのか?余程の報告で無い限りは噛み殺す」

赤毛の少年は面倒臭そうに振り返りもせず、返事をした。

少女は虚ろな表情のまま、黙って少年に抱えられている。

何とかして助けよう。

「申し訳ありませんが、余程の用です!」

クロはまず、少年を刺激しない様に頭を下げた。

【ヒナのお勉強コーナー】

フライング・ボードとは、荷物の運搬に利用される浮かぶ板であった。

それが若者の間で乗り物として流行った事で、収納の便利さや維持の簡単さから自転車や馬以上の移動手段となり重宝されている。


近年では高い機動力や、スピードの出る特注のフライング・ボードが開発されており、改造や走りを趣味にする者達も居る。

(値段は自転車と同じ考え方でお願いします。特注のフライング・ボードになると値段が一気に跳ね上がります)


【操作方法】

おおよそのフライング・ボードは、人が1人か2人乗れるサイズの板である。

その板には、自分の似顔絵や名前、自分を象徴する存在、所属する組織のマークを描くのが一般的である。


フライング・ボードは、縦に立てた状態から地面に叩きつける衝撃で浮かび上がる。

光による充電が続く限り、動く。


フライング・ボードには、【立ち】【座り】【寝】【ぶら下がり】の4つのスタイルがあり、XYZ軸を意識しながら傾ける事で好きな方向に移動出来る。


やった事ないけど、サーフィンとかスノボーみたいな移動方法だよ。たぶん。


空間内のXYZ軸を観測する為には、専用のゴーグルが必要になる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ