第3夜 希望と絶望はスマートフォンと共に
ジリリリリ……!!!
「んーーーーるっさい!!」
音の方向に向かって、手を振り下ろした。聞き慣れない目覚ましの音で目を覚ます。
ジリリリリ……!!!
こういうタイプの目覚まし、どうやって止めるか分からない。それに電気式より五月蠅い。
2つの半円を叩き続けるハンマーみたいなのを、押したり引いたりして、なんとか止めた。
「朝から疲れた……」
時刻は午前6時。
私の中の「疲れは取った方が良いよね」と「他人の家にいるんだし、早く起きた方が良いよね」が話し合った結果、この時間に起きた。
「おはよう、シルバー君」
いつもならスマホを開いてゲームをしながら目を覚ますけれど、充電がいつまで保つか分からない。
スマホの代わりに書き損じの履歴書に描いたシルバー君に挨拶をする。
自分の絵では供給にならないタイプの人もいるが自分でこだわって描いたシルバー君なら魅力的で当たり前なのである。自分特攻だからね!
美術学校に通ってて良かった!
昨日、ゲットした乾パンと缶詰で朝ごはんにする。
鞄の奥からスマホを取り出し、電源を入れた。
一応、お母さんと警察に連絡をして繋がらないのを確かめた。
「だよねー」
朝起きて、汚い天井が見えた時点で予想出来てた。
「ご馳走様でした」
ゴミは一応、洗ってからゴミ箱に入れた。
昨日は暗くて分からなかったけれど、この世界にも朝は来た。ドアを開けて、明るくなった街を見る。
「想像以上に変なとこ……」
街は江戸時代みたいな感じで長屋がいっぱい建ってるのに、遠くには看板だらけのビル街が見える。空には巨大な鉄のレンコンが浮いていて……。
「この表現は無いな」
所々に穴が空いた巨大UFOを見て唇を尖らせる。うーん、歯車…って呼ぼうかな?
とにかく、空には巨大歯車が浮いていた。
これで他の場所へのワープ説とタイムスリップ説が消える。
何かに実験されているにしても、こんな物を現代の人間が用意できるのだろうか?
実験の意味も分からないし。
となると、入院中に見てる夢か宇宙人に誘拐された説が濃厚……?
「考えても分かんないもんは分かんない」
考察は諦めて、スカートを脱ぐ。
これからたくさん歩く事になるので、動きやすい様にスリットを2本入れて端の始末をしておいた。これで裁縫セットの役目は終わったので、針と糸だけ鞄に入れて他は置いていく。
文字が読めるって事は夢の可能性は低いのかな…。
「いやいや、考えても分からないんだってば」
そう思っても、考えてしまう。
相変わらず誰もいない街を歩く。鳥は居た。
昨日のおじさんは、どうなったんだろう。
水と食料を集めながら、大きな建物を目指す。途中でマッチと蝋燭、持ち歩きやすそうなナイフもゲットした。
朝の方が明るくて、ガタガタが来る心配の無い分、アイテム探しが捗る。
「ふーむ、車以外の移動手段が見当たらない」
荷台とソファーが合体したトラックみたいな車は何台か見た。あとは、スケボーか手押し車くらいかな。
こういう時、馬とか自転車とかあっても良さそうなのにな。馬は乗れないけどね。
「免許あるけど、動かし方分からないな」
トラックの周りをぐるりと歩く。
仕組み一切、分からないし。
よく見るアニメでバチバチッてすれば動くけど、危なそうだからなぁ。
やっぱり歩く。
大きい建物を目指して、進む。
のぞみが大きい建物を目指すのには、2つ理由があった。
1つは、大きい建物には人が集まるから。
それが善人であれ、悪人であれ、この人のいない街に人間が住んでいるか確かめたかった。
2つに、大きい建物には、それに見合う量の物があると考えたから。
今後の生活必需品を揃えるにしても、この世界の情報を集めるにしても、何かを観察する事は大切だ。
例えば、のぞみが泊まった長屋の一室。
そこに置かれていた褐色美女の尻とお酒のプロモーションらしきカレンダー。
それを見るだけで
・この場所の暦が日本と同じこと
・写真や印刷などの技術があること
・人間の形をした生命体や海があること
などが分かる。
以上の理由により、日記や正確な情報が記されているだろう歴史書などがあれば、のぞみは世界の輪郭を掴めるだろうと踏んだ。
「やや、第1村人かな?」
電柱2本先をフラフラと歩く影。
彼もまた、のぞみと同じものの上を歩いていた。
道に引かれた赤い線。
スプレーで書かれたらしきそれが、どこまでも続くものだから、のぞみは面白くてついつい辿っていた。
そうしたら、同じように赤い線を辿る人間を見付けた。
薄汚れた作業着に白髪混じりのハゲ頭。
「げっ」
道連れオヤジ!!!
その人は確実に、私を引っ捕まえて電車にダイブしたおじさんだった。
混乱したし暗いから背中を観察する暇無かったけど、自分を殺した(?)人間なら一目で分かる。
また無理心中されたらブチ切れるので、相手に見つからないようにソッと後を尾行ける。
おじさんの背中は小さくて丸まっていた。
誰もいない街に取り残された者同士、心細いのだろうと分かる。
だからと言って、話しかけたりはしない。
「うっ……ぐずっ………。どもぎぃ………!ちなづぅ〜〜!!」
「…………泣いてる?」
おじさんが泣いてる。鼻水すすって泣いてる。
「……………。」
可哀想かもしれない。おじさんには、涙を止めてくれる人が居なかったのかな。
私には、お父さんやお母さん、シルバー君、学校の先生、友達。
泣きたい時に楽しい事を思い出させてくれる人達が居た。
私とそんな人達を引き剥がしたのが、数m先で泣いてるっぽい奴だけど……。
おじさんに、そういう人が居なかったのだとしたら………寂しいだろうな。
「ずずっ…友貴ぃ……!ぇっぐ、ぅう千夏……!」
「………はぁ」
リュックから水筒を出して、メモと布をくくりつけた。
ゆっくりと距離を詰め、おじさんの肩を狙って水筒を投げる。
喰らえっ!
水筒はおじさんの横をすり抜けて壁に当った。
「ぶずずっ……?」
サッと物陰に隠れる。
「水……と、ハンカチ……と、女の子?」
残念、シルバー君は男の娘です。水筒の存在を認知したなら、後の事は知らん。
正体がバレる前にサッサカ距離を取った。当初の目的通り、あの都会感がある大きな建物を目指す。
くっくっくっ、せいぜい混乱するが良い。お前は私の飲みかけで充分だ。いや、むしろ女子大生の飲み掛けだぞありがたく思え。
「私、優し過ぎん?」
まぁ、また殺されないように対策しただけだからそうでもないかな。言い過ぎた。
「ここが死後の世界か分からないけど、一応は生きてるし……」
罪を犯すのが人間なら、許すのも人間だって西洋美術史の先生が言ってた。
私は許さないけどな。
_______
そんなこんなで大きい建物に到着した。ここら辺まで来ると、周りの建物もそこそこ近代的に感じる。
その中でも、一際異彩を放つビルがある。
その建物には電飾で飾られた竜を食いちぎる虎の看板があって、『7番街 顔役 毒虎一家』と書かれていた。
「絶対にヤバい所だ………」
こんな事を言って良いのか分からないが、見た目はアラビアンなタイプのラブホ。
「絶対にあそこにだけは行かない……」
右向け右をして、他の治安の良さそうな建物に入る。
本当の本当にこの街が無人なのかは分からない。絶対にあの建物でだけは人と遭遇してはいけない。
ああ、でも……。
同じ高さのビルから、毒々しい建物を眺める。
あの建物にはきっと武器がある。金目の物もあるかもしれない。
人の消えた街。真っ暗な夜、サイレン、空の花火、電気をつけると揺れる部屋。尋常では無い。
異常を乗りこなす為には、常識で判断してる場合じゃないかも。
「行こう」
今いる建物のカーテンを引きちぎってロープ代わりにする。
下で確かめてみたら、毒虎一家の建物には鍵が掛かっていた。襲撃対策なのか、3階までの窓には鉄格子が溶接されている。
では4階から上はというと、普通のガラス。
隣のビルの非常階段から物を投げたら、ちゃんと割れた。
この非常階段と毒虎ビルの4階のベランダが頑張れば飛び移れそうな距離にある。
カーテンで作った紐の強度を確かめて、毒虎ビルのベランダに柔らかそうなものと荷物を投げ込んだ。
「すぅ………」
錆びた手すりを跨いで、非常階段の外側に立つ。下から吹き込む風が、スカートを通ってお腹を冷やした。
目指すは、数十cm横にあって、約2m下にある地面。
「男は度胸、女は愛嬌、男の娘は最強!!」
「ボクと共に何処までも飛ぼう」
シルバー君の覚醒2ボイスが脳内で再生された。それと共に飛ぶ!
「ずっ!」
着地の為に投げ込んだ毛布で足が滑り、頭を打った。
「いったぁぁぁぁあーーーーい!!!」
やばいやばい、馬鹿になる!
海老みたいに丸まって、痛みをやり過ごす。毛布のお陰で割れたガラスで足を切らなかったけど、代わりに尻餅付いて後頭部を強打した。
「ふぅ、ふぅーー……」
痛いのは生きてる証拠だぜ!
『水平線上ノ煌星』のメインストーリーでも、エリス姐さんが言ってた。
痛みが治まった頃に、割れたガラスを跨いで部屋の中に入る。
「可愛い……」
女の子の部屋だ。全体的にピンクとレース。ロココ調で統一された猫足の白い家具達。子猫の絵が描かれた飾り皿に、金髪の華奢なドール。
この世界に来て、初めて見る金に余裕のある奴の部屋。
「あはは……」
花の良い匂いがする。壁も天井もシミが無い。昨日泊まった所と違って、ベットがフカフカ……。
枕の下にピンクの四角い箱がある。
「ハートの鍵が付いた可愛い日記帳…」
表紙にはハート型の鏡を囲む様にユニコーンが描かれていて、雑貨屋さんで普通に買えそうなファンシーなデザイン。
友達と遊びに行ったら、値段次第で買うと思う。
「ぐずっ………」
本当はこんな世界に住んでたのに。
「うぅっ……」
可愛い物を見ると落ち着く。落ち着くけど……。ユニコーンと鏡に雫が落ちる。
涙、止まんない。
「あぁああぁぁあ〜〜〜!!!」
のぞみは大きな声を出して泣いた。
知らない人の枕で鼻水を拭く。
帰りたい。目が覚めても泣いても、不思議な力で元の世界に帰れたりしない。
これが電車に轢かれそうになって、入院中に見てる夢なら目を開けるだけで帰れるのに。
「ぅう〜〜〜〜!!!」
泣きながら家探しを続ける。筆記用具、可愛い髪飾り、恋愛小説に画集、トランプ。
宝石の付いたアクセサリーや腕時計を、自分の荷物に詰める。
なんて無様だ。
今や家無し収入無しの人間は、取れそうな所から物を盗む事でしか生きていられない。
そうなっちゃったんだから。泣いても生きる為には盗まなくちゃいけない。
明日も明後日も生きる予定なら、泣いてる間も行動を……。
ティッシュを求めて四つん這いで移動していたのぞみの視線の先に、白い四角があった。
「ううっ…。ぐすんっ….。ん?」
コンセントを挿す穴。電源、電気がある。
「ぉ、おお!ぉおお!うぉぉ!」
のぞみは言葉も忘れて歓喜した。自分の就活鞄からスマホの充電器を取り出し、挿し込む。
「ぉお!おおお!!」
挿入った。ちゃんと穴にハマった。
ブォン…
微かな震えと一緒に、スマホが充電される。
「んんんんん〜〜〜!!!」
のぞみの頭にW数の事は無かったが、スマホは無事充電された。
「ぅお、ぅおおお!!」
スマホを開けば、のぞみの指は自動でゲームを立ち上げる。
『水平線上ノ煌星』。スマホから流れるオルゴール調のゆったりしたメロディー。反射する夜空と流れる2つつの星。
「ぁあ!!あぁああああ!!!」
そして表示される【サーバーに接続出来ません】というメッセージ。
「ぐぅぅぅううう!!」
のぞみは生まれて初めて地団駄を踏んだ。
「ごぁあ!ごぁあ!」
のぞみは物に八つ当たりをする様な教育は受けていないので、抑えきれない怒りを持て余す。
「ふん!ふん!ふん!ふん!ふん!」
結果、部屋の中を早歩きで回った。
「ふぎゅっ」
自分の足に足を引っ掛けて転んだ結果、本棚の本がつま先に刺さった。
「びー!びー!びー!」
痛い!本が傷つかない様に足を犠牲にした私、偉い!さっきから自分が間抜けで嫌になる!
つま先を抑えて、カーペットの上をゴロゴロ転がる。
コンセントの事もそうだし、電波の事もそうだ。昨日の時点で気付けてもおかしくなかったのに、気付かなかった。
「自分では冷静に対処して上手くやってるつもりだったけど、そうじゃなかったのかも……」
散らかりまくった床で、大きく息を吐いてうつ伏せになる。
落としてしまった本を集めて、なるべく元の場所に返してあげた。
カラ……
「ぉ」
本から軽い何かの当たる音がする。題名の無い革表紙の本。
「この本、本じゃなくて箱だ」
ダイヤル式のロックがあったので、『37564』にしたら開いた。日記帳の裏にメモってあったから楽勝だった。
本の中身はハンコと小さなハサミ、日記の鍵穴と同じデザインの鍵。
「よし」
予想通り、日記帳の鍵は開いた。これで、この部屋の主人やこの世界の住人の生活が分かる。上手くいけば、この街に人がいない理由も掴める。
真相が分かる期待と何を見せられるんだろうという不安で、ドキドキしながら日記を開く。
「なーんだ」
日記は真っ白だった。何処のページにも何も書かれていない。書いた痕跡もない。
可愛いノートを買ったら、しばらく使えない気持ちはよく分かる。
未使用なら貰っちゃおう。鏡として使えるし、これからのメモに便利そう。
可愛い物があるとテンション上がるしね!
日記とセットの鍵と鍵穴をカバンに入れ、デザインは似ているが用途の分からない小さいハサミは本棚に戻しておく。
「これからは、この部屋を拠点にするのも悪くないかも」
それから建物内を周って、武器になりそうな物を探したけど自分が扱えそうな物は無かった。
竹刀は重いし、メリケンサックは何処の穴に指を通せば良いのか分からないし、拳銃は暴発しそう。
一応、銃と弾は威嚇用に持っとこうかな。意外な才能が覚醒したりするかもしれないし!
それに、この先何が起きるか不安だ。
人のいない街に、灯りをつけた時だけに現れるガタガタ。
地面を揺らすほどヤバイ何かが居そうで怖い。
「うーん、やっぱり戦力増強かな」
親切心でなく、自分が武器を扱えそうにないので現在唯一確認出来てる生存者に、武器を融通してあげる事にした。
つまり、私を殺そうとした相手と協力プレイって感じかな。
【おじさんメモ】
のぞみを道連れに電車に飛び込んだおじさんの名前は長谷川 澄透。
今や草臥れたハゲオヤジだが、年齢は29歳。
半年前に交通事故で妻と子供を亡くしており、自身も片足に大きな怪我を負った。
それからリハビリをする気も仕事をする気も起きず、元居た会社を退職。
田舎に戻り、実家の農家を死んだ様に手伝う日々を半年ほど続けた。
その後、何かの糸が切れて新宿へ。
澄人の働いていた会社は、大学時代に仲間達と共に作り上げた会社だった。
澄人の妻 千夏のアイデアを元にみんなでゲームを作り、それを売却。その資金を元手に、今では中堅の会社としてアプリゲームを開発している。
みんな、澄人の復帰を待っている。