水平線上ノ煌星
光の国 王城の一室
煌びやかな空間に負けない、国宝級の顔面を持つ青年達が、冴えないオッサンを観察していた。
オッサンの名前は、長谷川 澄人。
つい数日前に新宿駅で見ず知らずの女子大生と無理心中をして、異世界にやってきた変わった経歴の持ち主だ。
『遊戯室』の真ん中に置かれた巨大な鳥籠で、オッサンは「ぷすー、ぷすー」と、鼻提灯をふくらませている。
「面白れぇ、オッサン」
光の国の王 嵐紫は、鳥籠の隙間に棒を突っ込んで鼻提灯を割った。
「ふが……?」
オッサンは不思議そうに半目を開けて、また夢の世界へ落ちた。
「こんな奴のどこが良いんだか……」
元 影の国の第一王子 琥珀は、自身の能力で調理場にある唐辛子を手元に転移させる。
銀色のツノを生やした少年は、琥珀が持っているものを見て嫌な顔をした。
こっそりオッサンに伸ばしていた食糸を、影の中に収納する。
「起きなよ」
鷹の爪は、オッサンの鼻に捩じ込まれた。
「ふんごるぉぐぶれぶばひんっ!?」
オッサンの鼻息で、唐辛子が飛んでいく。
この床を滑っていく唐辛子を、5時間後にメイドが掃除しなければならない。
唐辛子を鼻に突っ込まれて起きたオッサンは、状況が飲み込めずに大きな声を上げ続けた。
「なっ?ばっ!ぁ!うわぁっ?!」
楽しそうに笑う美青年、うるさそうに顔を顰めるイケメン、興味なさげに欠伸をする美少年。
背景 ベルサイユ宮殿……?
「えっ?おー、おおーっ?お、おぉー!」
ひとまず自分の声や姿はいつも通りな事を認識して、オッサンは黙った。
鼻、イッテェ!!なんか突っ込まれた!!!
犯人を探して辺りを見回すと、自分は今、檻の中にいる。
自分が起きる前の記憶では、牧原 のぞみちゃんという女子大生を守ろうとしてツノの生えた少年に解かれたんだ。
自分という情報が消えていくような死の感覚。
俺はどうなった?何で生きている?
混乱する俺の目の前に、指の長い手が迫ってきた。
顎をガシッと掴まれ、至極色の瞳の青年と鼻を突き合わせた。
「汝、名を名乗れ」
青年の歳下と思えない傲岸不遜な態度に、何故か王者の風格を感じ息を詰まらせる。
総理大臣にすら会ったこと無いってのに、王者ってなんだよ。
心の中で自動ツッコミをしつつ、俺は自分の名前を答えた。
「長谷川 澄人」
名前以外を答えないのは、せめてものプライドだ。
こんなチャラチャラ髪を染めて、他人の顎を掴むような人間に敬語なんて使ってなるものか。
王様のような青年は鼻で笑って、俺の顎を掴んだまま、地面に手を下ろした。
「ぐっ」
「俺様の許可なく目線を合わせるな。頭が高いぞ」
色気のある低い声と、あまりの理不尽さに、ちょっと腰の辺りがゾクゾクした。
床に這いつくばって権力者の言葉に従うふりをして、チンポジを直す。
畜生。目覚めて1分と経たずに、俺のプライドはズタズタだ。
「嵐紫、そういうのは家臣の台詞だろ。自分で言っちゃ駄目だ」
そっと視線を上げると、琥珀色の目がゴミを見るようにこちらを見ていた。
ツノの生えた方は日の明るい窓の外に目を向けている。
俺はこれから、どうされるんだろう。
あの時、近くにいた牧原さんは?
視線の届く範囲には、俺と3人のイケメンしかいない。
俺様系男子と一言二言話したドS系は、俺の頭から手をどかしてズボンで手を拭いた。
「事情聴取はカゲがやるから、あんたは仕事して来い」
「へいへい、王様ってもんは忙しいな〜。……軽い気持ちで、なるもんじゃない」
俺の顎を掴んだ奴が退室した。
聞き間違えでなければ、今の人は王様。一国の主人だ。
ここは何だ?
地獄にしては奇妙だ。天国とも思えない。
「カゲ」
ドS青年に名前を呼ばれて、カゲと呼ばれたツノの子が正座をする。
ドS青年も正座をしたので、俺も空気を読んで正座をした。
ベルサイユ感ある絨毯で、明らかに日本人じゃない2人が正座をしていると違和感がある。
「先程は無礼な態度をとり、誠に申し訳ありませんでした。陛下の目もあったので、あのような態度を取らざるを得なかったのです」
「ごめんなさいでした」
白鳥が首を垂れるように、ドS青年とツノの少年の額が床に着く。
まん丸とした栗色の後頭部と、サラリと傾く白い頭。
絶世の美男子が!冴えないオッサンの前で!屈辱的なポーズをとっていらっしゃる!!
「はっ?ぇ?」
俺は美しい青年2人の土下座に戸惑うと共に、腰が震えるような高揚感を覚えた。
背徳の美……!
自分だけがこんな美しいものを見て良いのだろうか?
早く絵か写真にして、みんなに見てもらわないと……!
筆もカメラも持たない手が、わたわたと空を切る。
そんな長谷川さんを見て、琥珀は理解を込めて頷いた。
「戸惑うのも無理からぬこと。なので、これから私の知る限りの事を貴方様にお教えいたしましょう」
「良いんですか?!」
俺の掠れた声に、ドS青年が頷く。
こんな王様ともパイプのある人間が自分にペコペコするのには理由があるはずだ。
つまり、この子達に命令を下せるような上位の存在が、俺の味方という可能性がある。
この子達を上手く使えば、牧原さんを助けて元の世界に戻る方法を探す事が出来るかもしれない。
ここは慎重に交渉を進めよう。
相手が何故、俺に頭を下げるのかが分からない限り交渉で上に立つ事は出来ない。
「長谷川 澄人様。突然の事で驚かれると思うのですが、ここは貴方の奥様が作ったゲームの世界です」
「……はぁ?」
だいぶ心の準備をしていたのに、アッサリとこの世界が何なのか知らされて変な声が出た。
「嘘だろ?」
「嘘じゃないです」
ツノの少年が首を振る。
ゲームって、現実とは次元が違うだろ?
いや、こんな不思議な状況になれば次元の壁なんて越えられるのか?
チラッと目を上げると、ツノの少年がドS青年の肩をつつきながらニコニコ笑っている。
知ってる。知ってるぞ。
服装は和服と中華が合わさったようなデザインに、ダボっとした肩出しサスペンダー。
白い半ズボンから覗く太ももには必ず拘束具感のあるガーターベルト。
これがなければ太ももの魅力が半減するんだ。俺にも分かる!
こんな色素が薄くて不思議系で、薄ら人外な感じがある激強キャラ。
千夏はこういうキャラが滅茶苦茶好きだった。
この子は確実に千夏の子供だ!
「なるほど」
自分が日本とは全く違う世界に来た確信はあったけれど、それが嫁が作ったゲーム世界とは……。
俺の妻、千夏が考えたゲームといえば5分程度で出来るミニゲームが数十本に大学時代の仲間達で作ったパズルRPG『水平線上ノ煌星』が1本。
そして、イケメンが大量に出る乙女ゲームが8本。未完成のものも考えると6本はある。
現実が舞台のオフィス・学園モノは除いて……『魔法アイドル学園のやつ』か『水平線上ノ煌星』の元になった『日美生&歴代偉人 光属性と闇属性に分けて戦わせてみた』か?
ヒントになりそうなのは、ドS青年よりも真っ白な髪に銀色のツノを持つ少年。
自分が意識を失う前にいた人物がここにいるなら、新宿から飛ばされた場所も同じゲームの中だろうし、この少年の黒い糸を操る能力。
これは、攻撃スキルなんじゃないだろうか?
『魔法アイドル学園のやつ』は、主人公がリズムゲームでコンボを繋げないと攻撃が出来ない。
現実化しやすいのは、『日美生&歴代偉人 光属性と闇属性に分けて戦わせてみた』の方!
「情報を飲み込めましたか?」
「はい」
よく分からないけど頷いておいた。
そういう精神的なナニカや霊的なナニカは、夜道を歩けばわんさか存在する。
千夏の魂がこもった作品に、俺が呼ばれるのはアリだ。
なら、一緒にやって来た牧原さんは何なんだろう。
偶然にも俺と千夏が通っていた日本美術大学の在校生である事以外に、ここに来る理由が見当たらない。
もしや、巻き込まれ召喚……?
この状況をそう呼ぶのかは分からないけれど、俺はとことん牧原さんに迷惑をかけているようだ。
ツノの少年が影から取り出した紙の束をめくって、ドS青年は興味深そうに頷く。
「どうして俺が奥様の事を知ってるか、気にならないんですか?」
「聞いて良いのなら、聞かせてください」
自分が出入り口の存在しない特殊な鳥籠に捕らえられている事からして、良い扱いはしてもらえないだろうと感じている。
なので、危険を冒してまで質問はしなかった。
本当なら、君は千夏の何かを知っているのか。
牧原さんは現在、無事なのか。
俺と牧原さんは現実の世界に帰してもらえるのか。
ここがゲームの世界的にどこで、君達が誰なのか。
この世界の人間はみんな、自分がゲーム世界に存在するのを認識しているのか。……etc
何でも聞きたい。
「カゲ、コネクト。余計な情報は食うな」
「良いの!?いただきまーすっ」
カゲ君の爛々と光る銀色の眼に、思わず腰が引ける。
ツノの生えた美少年が、涎を垂らして扇情的に舌舐めずりをした。
食われる……!
カゲ君の指先から黒い糸が伸びた。
脳みそがスパークルする。
懐かしい、いちごの香りがした。
はじめてキスをした時、俺がプレゼントした練り香水をリップクリームと間違えて着けてたから……
「すーちゃん」
千夏と顔が近付く時、いちごの匂いがしてドキドキしたんだ。
「すーちゃん」
千夏が俺を呼んでいる。
「千夏……?」
光の破裂が目をクラクラさせて、網膜に青が踊った。
ぼんやりと。少しずつ……細い手足が見えてくる。
俺は、星がいくつも流れて反射する水面に立っていた。
覚えてる。結婚式のお色直し用に、被服科の友達が縫ってくれた青いドレス。
魚の尻尾がどうたらで、生地の縫い合わせがどうとか。
よく分からないけど、本当に綺麗だった。
靴も揃えてアクセサリーも作ったとか、それで風船やら花やらもイメージに沿わせて、プールのある式場を選んだんだ。
その後もドレスはワンピースにアレンジして、大事な日には必ず着てた。
端の方からじわじわと視界が戻り、やっと見えた千夏の顔は、赤らんで涙を落としていた。
「ごめんね。赤ちゃん、いなくなっちゃった」
千夏の言葉で視線を落とすと、妊娠する前のぺったんこのお腹がそこにある。
「ぅあ……」
2人を失ってから、ずっと付き纏っていた吐き気が蘇った。
ぼろぼろ泣く千夏を力一杯抱き締めて、目一杯泣いた。
上手く慰めたいのに言葉が出なくて、色んな事が頭の中でグルグルする。
悲しい。辛い。何で。俺だけ。千夏と赤ちゃんはもっと苦しい。悲しまないで欲しい。せめて、たくさん泣いてあげたい。俺が身代わりになって死ねたなら……。
「すっかりハゲちゃって……。お馬鹿さん」
「ぐずっ……」
鼻水が詰まった鼻をつままれて、息が苦しくなる。
俺を見上げる千夏は、やっぱり悪戯っぽい素敵な笑顔をしていた。
「泣き虫さん。若い女の子に迷惑かけちゃ駄目だよ」
「うん」
「人は1人では幸せになれないから、どんな人でも良いから一緒にいれる人を見付けてね」
「ぐずっ……うん」
そのうち。気が向いたら。
愛しい手をピッタリ密着させる。
もう千夏の考えてる事が分かってしまっているので、俺も無理矢理笑顔を作った。
「もう助けてあげられないから、2度と自殺とかしないでね。怒っちゃうからね」
「うん。分かってる」
「そ、れから……。っふ……!話すこと決めてたのに……分かんなくなっちゃった」
「そっか。残念だな」
「もう会えないから、いっぱい……」
「うん」
星空が赤紫色になって、白い光が千夏の体を透けさせる。
2人を急かすように、小さな星屑がキラキラと朝から逃げていく。
お互いの顔が見えるように向かい合ったまま、指を絡めた。
「死ぬ前は誰と結婚しても良いけど、死んだらちゃんと迎えに来てね」
「うん。絶対探すよ」
「赤ちゃんと待ってるから」
「うん」
「でも、そんなに早く来なくて良いからね。100年後に来てね」
「ははっ、129歳か。ギリギリ出来そうなあたり、キツイな」
手を掴んでいた感覚が消えた。
それでも、手のあった位置で握るような形のまま千夏の手を掴む。
「お空でずっと見守ってるからね」
「1番、キラキラしてる星が千夏でしょ?」
「そうだよ!分かるようにキラキラして合図するから、隣に小さな赤ちゃん星がいるのが私だよ」
「うっ……ん。」
100均で1万円分のライトを買って、キラキラ星になった千夏を忘れないよ。
全身にライトをくっつけた不審者がターザンロープで遊んでるって苦情が学校に来た事も忘れない。
手持ち花火でライト○ーバーごっこした事も、徹夜したテンションで、赤いう○ちと青いうん○を仕分けるゲームを作った事も忘れない。
「もっと普通の事、思い出しなよ」
「無理無理!千夏がいると、変な事ばっかだった!」
「もー!もっと愛してるとか感動的な事、言われる時間なくなっちゃったじゃん!」
「あっはっはっ!」
可愛いなぁ。
宙に浮いていた青いドレスも、泡になりはじめた。
こんなに綺麗な光景が、涙で滲んでよく見えない。
「またね」
「愛してる!」
千夏が消える前に、なんとか欲しがってた言葉を捩じ込んだ。
耳も口も消えていたけれど、ちょっと驚いた目元が飽きれた様に俺を見る。
こんな大事な瞬間に言葉のセレクトを間違える俺って……。
「また、ね?」
聞こえてるのか分からない。
見えなかったかも。
千夏の体は全てシャボン玉に変わってしまった。
朝に9割追いやられた夜空へ、ピューッと風が吹いて千夏が飛んでいく。
パチンッ
と、唇に当たった泡が弾けた。
「とさん、澄人さん!」
「ぁ……」
唇に手を当てながら、起き上がった。
自分が泣いていないか確認した後に、ドS青年へ目をやる。
青年はカゲ君にヘッドロックをかましており
「意識はありますか?ここがどこかハッキリしますか?」
と、心配そうに声をかけてくれた。
思ったより良いやつなのかもしれない。
「ここは……千夏が作ったゲームの世界。で、良いんですよね?」
「はい。ご自分の名前は?」
「長谷川 澄人です」
千夏の作った世界の住人は、ホッとしたように頬を緩めた。
「申し訳ありません。ウチのカゲが、コネクトだけを命令したのにも関わらず澄人さんを食べてしまって……」
「いいんですよ」
元気に人間らしい表情をする2人を見ると、感慨深い気持ちになる。
「ご馳走様です。美味しかったです」
俺に手を合わせてシッカリ挨拶をするカゲ君を見ると、ちゃんと躾をしてもらってるんだなと微笑ましい気持ちになった。
俺はこの世界で、千夏の子供達を見守りながら100年生きてやるんだ。
何か大切な事を忘れているような気もするが、俺はこの世界に根を張る事にした。
「こちらの鏡をご覧ください」
申し訳なさそうなドS青年が差し出す手鏡を、檻の隙間から受け取る。
「ぎょっ!?」
『日美生&歴代偉人 光属性と闇属性に分けて戦わせてみた』
それは千夏がホワイトボードに描いた落書きから、同じクラスの仲間達によりさまざまな媒体でゲームやアニメ、漫画化され、最終的に教授も巻き込んで2年生の夏から冬までに完成させた1本の乙女ゲーム。
日本美術大学の伝統的なサークル『美術決闘サークル』のルールを引用し、イーゼルを構え少年少女の青春がぶつかり合う!




