「おい、ババァ。ちゃっちゃとインターホン押せよ」「うっす!」
「痛っ〜〜〜!」
眠りの中からフッと意識が上昇して、全身の痛みに顔を顰めた。
「おはよう、ヒーロー」
青い月が2つ並んでいる。
「……?」
月がパチリと瞬きした。
北極の海みたいな色合いだ。
青くて冷たい光なのに、やわらかい。
暖色が入ってるのかな。
水分が多いのか、周りの色を綺麗に反射している。
また、パチリと瞬きする。
黒いまつ毛が艶やかに、月を縁取っていた。
「ちゃんと意識ある?」
ひんやりした手が顎に添えられる。
腫れて熱を持っていた部分が、少し楽になった。
「だれ……ですか?」
黒い髪を1つに結んだ中性的な青年は、ニヤッとして
「誰だと思う?」
と聞いた。
視線を動かすと、自分がカーテンで仕切られたベッドで寝ている事に気付いた。
青年は私の右手をずっと握っている。
服装は水道工事の人みたいな青い作業着だ。
「正解したら許してあげる」
「私、悪い事しましたか?」
「してないけど、ムカつくから」
ダルいな。
正直まだ眠いのに、よく分からない人からクイズを出されている。
こんなに美人なのに、手を握られても何も感じない。
「間違えたら、1つ。何でも言うこと聞いてよ」
青年が私の指に口付けをした。
指から順番に、怪我の1つ1つにキスをしていく。
右手から、右肩まで。大切に。
この右手への執着で、相手が誰か分かった。途端に嬉しい。
男の子の格好も凄く似合っている。
「何をお願いしたいんですか?」
レナさんは唇を尖らせて
「ウチに来いよ」
と言った。
「ノゾミが怪我するから、7番街は危ないって言われたんだ!上手く転べば借金の話でウチの所属に出来たのに〜!」
「あふぇふぇふぇふぇ……」
ほっぺを餅みたいに引っ張られる。
「おーまーえーはー!」
右手以外は雑にベシベシ叩かれた。
そっか。話し合いが済めば私って8番街に帰るのか。
何故か7番街で暮らす気になっていた。
それもこれも、挨拶に行く先々の人が「毒虎一家の新人さんなの?よろしくね」と親切にしてくれたかもしれない。
毒虎一家の新人として挨拶してしまったけれど、詐欺にならないかな。
気絶する前に皆さんが譲ってくれた品々が頭に浮かぶ。
「借金は必ず返済します」
「それまで勝手に蒸発するなよ」
こめかみに銃を突きつけられて、心理的にタマヒュンした。
シャッ
ベットのカーテンを勢いよく開けたハチちゃんがこめかみに銃を突き付けるレナさんを見て「む!」という顔をした。
いつもの金属バットを振りかぶろうとした所で、一緒に入室した首ちぎりさんに羽交い締めにされる。
「ぶー!ぶー!」
声の出ないハチちゃんが、舌をブーッと出して抗議した。
「病室で暴れるでない。首を千切るぞ」
「ぶぶー!」
「ハチちゃん、大丈夫だよ」
「ぶぺぺ!ぶふぅーふ!(新入り!これはスマパラがナメられるかどうかの瀬戸際なんだぞ!)」
「うんうん」
ハチちゃんが私の為に怒ってくれたのは分かるが、室内で金属バットを振るのはいけない。
ハチちゃんを落ち着かせるため、痛みを堪えながらベットから起き上がった。
「ぶっふぇん!(大丈夫か!)」
「無理に立たないで。右腕のダメージを足に移したから」
レナさんの判断だろう。
私の利き腕のダメージは足に移動したらしい。
商人ギルドのお医者さんから、怪我や治療の説明を軽く受けて事件を起こした2人のその後も報告される。
お母さんはしばらく留置所へ。フリンさんは事情が分かるまで休職になったらしい。
リク君は、親戚の方が迎えに来るまでは商人ギルドで預かるらしい。
「今回の治療費は……」
「ギルド内で起きた問題を解決していただいた形になりますので、こちらで負担いたします」
この世界の保険に入っていないので、お医者さんの言葉にホッとした。
ハチちゃんも「良かったね〜」という顔で私を見る。
「当分は、お金の心配しなくても良いかも」
レナさんが金色に輝く1cmの立方体を、私に渡した。
「今回かかるはずだった治療費と慰謝料は、既に首ちぎりさんの能力で徴収してるよ」
「徴収?」
レナさんによると、首ちぎりさんが問題を起こした人間の首を千切ると、被害を被った人間に自動的にお金が振り込まれるらしい。
私の金色の立方体には、フリンさんとヤンママさんの口座から奪った慰謝料が入ってるみたい。
「それ、裁判通さないで良いんですか?」
「能力=神が裁くからね。1番公平だと思うよ」
「なるほど……」
首ちぎりさん、凄い。
ハチちゃんにおんぶされて、商人ギルドの医務室を去る。
去り際にツムギさんと首ちぎりさん
「ノゾミちゃんの求心力のお陰で、刀傷沙汰が楽しい噂程度で収まりました。毒虎一家をやめたら、商人ギルドで働きませんか?アルバイトでも大歓迎ですよ」
「お主の活躍により、7番街はスマイリー向日葵パラダイスを
歓迎するじゃろう」
と言ってくれた。
「レナさん。私、お仕事出来ましたか?」
「男の格好の時はレオって呼んで」
レオさんがビシッと人差し指を立てる。
いちいち細かいな。そこが好きなんだけど。
「仕事は途中だし、怪我はするし、作業着のレオを呼び出した事は大幅に減点。今度はもっと上手くやりな」
「はーい……」
私なりに頑張ったけど、それはそれ。これはこれ。と、注意された。
「ただ腕ちぎりの翁がノゾミの事を気に入ったみたいだから、スマパラの挨拶としては、これ以上無いと思うよ」
腕ちぎりの翁って誰ですか。
首ちぎりさんの親戚だろう謎のお爺さんに気に入られたお陰で、7番街はスマパラ大歓迎ムードになったらしい。
その言葉が本当なら、私の印象が良いうちに謝りに行きたい。
「明日こそ謝りに行きます」
___________
翌日……
昨日やり残した仕事を終えた私は、やっと自分が泥棒に入った家へ謝りに行く事が出来た。
正直私は、泥棒に入った事を反省してない。
だって行動は悪いけど、行いとしては仕方ないじゃん。
結果、この世界に人はいたし、飢え死ぬ前に黒金さんに拾ってもらえたけど、誰もいない暗い世界で生きるの無理ゲーじゃない?
最初に私が訪れたのは、一晩泊まらせていただいた長屋の一室だった。
「すみません」
「はいはーい」
今日は土曜日だったので、家主は家に居てくれた。
ガラッとドアが開くと、赤ちゃんを背負った割烹着姿の女の人と、たくさんの子供達が現れる。
「お客さん?」「おみやげ?」「スーツ着てる!」
「わわっ」
6人の子供達にワッと囲まれ、手土産に持ってきたお菓子や、繕ったばかりのスーツを引っ張られた。
「こら、やめなさい!失礼でしょ。家で待ってなさい!すみませんね」
「元気でかわいい子供達ですね」
「うふふ、うるさいだけですよ」
お母さんは私のバッチをチラリと見て、訝しげな表情をした。
「毒虎一家の……」
「はい。牧原 のぞみと申します」
私はここに来た理由と謝罪の意志を、家主さんに説明した。
最初は警戒した様子だったお母さんも、私の所属や来訪理由が分かると明るい表情になる。
「こちら、ヴィオラさんが美味しいと言っていたお菓子でございます。どうぞお納めください」
「まぁまぁ、ご丁寧に」
お菓子と聞いて、玄関の向こうで団子になっていた子供達がササッと近付いてくる。
私に遠慮したのか、子供達は小さな声で
「まま、何味のお菓子?」
と聞いた。
自分にもこんな時期があったなと、頬が緩む。
「本当にすみません」
「楽しみにしてもらえて嬉しいです」
1件目、無事に終了。
お次は、裁縫道具と靴を持って行ってしまった靴屋さん。
さっきの家から一緒に着いてきた子供達を待たせて、
「ごめんください」
と靴屋に入った。
「はーい」
と出てきたのは、昨日リク君を保護してハイヒールの代わりの靴をくれたお爺さんだった。
向こうも私を覚えていたのか、人の良さそうな顔にパッと花が咲く。
「もう履いてくれたんだね」
「そうではなくて……」
今履いてる靴は、このお店から盗んだ靴だ。
あの優しいお爺さんから靴を盗んでいたと思うと、胸が痛い。
「たいへん、申し訳ありませんでした」
私はお爺さんに頭を下げた。
遅れてレジにやってきた奥様も一緒に、私がここでした事やどのようにして被害を補填するかを説明する。
私が来て最初は嬉しそうだったお爺さんとお婆さんは、靴と裁縫箱を見せられて表情を曇らせていった。
「そうか……。君がウチの靴を盗んで行った泥棒だったんだね」
「申し訳ありません!」
頭を下げる。手からチクチクした汗が出ていた。
「履き心地はどうだったかな?」
「えっと……」
それは食い逃げした人間に「タダ飯は美味かったか?」と聞くようなニュアンスだろうか。
「昨日はハイヒールを履いていたから、ウチの靴は気に入らなかったのかな?」
「いえ!これ以上、汚しちゃダメだって思って……」
「靴は履いてなんぼだよ」
お爺さんの言葉に、お婆さんも頷いた。
「僕達は君より長く人生を歩いているからね。悪事を働くような、足の汚い人間が分かるんだよ。君はコソコソせずに、まっすぐ歩く人の足をしている。きっとやむを得ない事情があったんだろう?」
「ぐずっ……」
靴屋のお爺さんの人生観が詰まった言葉に、涙が出てくる。
「今度はきちんとお買い物しにおいで。君にあった靴を選ぶから」
「はい……!」
靴屋のお爺さんは、盗んだ靴の代金を受け取って優しくお店から見送ってくれた。
外に出ると、子供達が木の枝で輪っかを描いている。
「どったのー?」
「何で泣いてんのー?」
「大丈夫ー?ウチが助けてあげよっかー?」
小さなおててが、私の腰にペタペタ抱き付く。
靴屋さんもこの子達も、何なの?優しすぎない?
「靴屋さんが良い人過ぎて……!」
「そんなんで泣いちゃうのかー」
鼻水を垂らしながら男の子が、私の背中に上った。
「ほら、次行くぞー」
砂の付いた手がほっぺを叩く。
「うっす」
「夕飯までには帰りなさいねー!」
長屋の方から見守っていたお母さんにお辞儀をして、子供達と一緒に謝罪行脚を行った。
「土足で入って、申し訳ありませんでした」
「そのくらい良いよ。元から汚い家だし」
「勝手に缶詰持って行って、すみませんでした!」
「よく無事だったね。君、面白い体験をたくさんしているんだろう?僕は作家なんだ。教えてくれないかい?」
「子供部屋でくつろいでごめんなさいです!」
「あぁ。もしかして人形にダンスのポーズとらせて放置したのあなた?うちの子が喜んでたわよ」
「本当にすみません……」
「不法侵入して水道出しました!すみません!」
「鍵開けっ放しのウチも悪かったよ。君が無事で良かった」
最初に入った家の人に頭を下げて、謝罪行脚が終了した。
「終わった?」
「うん。やっと……課題が終わった気分」
ずっと胸の辺りでモヤモヤしてた事を消化して、スッキリした。
ここまで着いて来た子供達には、「ごめんなさい」の間に歌を教えて、「いいですよ」で泣くたびに慰められた。
この情緒のビッグウェーブを何に例えようか。
この子達が案内してくれなかったら、今日中に全ての家のインターホンを押さなかったと思う。
謝罪に行った先の人達はみんな「反省する人間にはチャンスを与えるもの」と言って、許してくれた。
この考え方が、謎の『腕ちぎりの翁』さんの教えらしく、どこに行っても翁さんのお陰で許してもらえる。
マジで何者なんだ、翁さん。
私の折ったキモ鶴で戦い始めた子供達に
「腕ちぎりの翁さんってどんな方が分かる?」
と聞いてみた。
「超強い爺ちゃん!腕、ブチって千切るよ!」
「笑いながら千切る!」
「若者に寛容!」
「この街で2番目に偉い!」
「なるほど〜」
分からん。
かなり影響力があり、笑顔で腕を千切るサイコじじぃという情報しかもらえなかった。
間接的に助けてもらったけど、関わらないようにしとこう。
「ババァ、明日も遊ぼ!」
「ババァじゃないよ」
子供達にババァコールをされる。
それを見ていた帰宅中の学生が微笑ましそうな顔をしていた。
全ての謝罪が終わったので、肩に子供だけを乗せてヨタヨタ歩く。
「ババァは仕事があるから、明日はたぶん遊べないよ」
「じゃあ、いつ暇なの?」
「よく分かんない」
配属先が変わって自分の仕事がどうなるかとか、全然把握していない。
暇があるなら、なるべく働くべきだろうな。
「ババァ借金まみれなんだよ」
子供相手に思わず情けない言葉をこぼす。
「お先、真っ暗じゃねーかよ」
「ウチより貧乏じゃん」
「かわいそー。お花あげる」
だいぶ前に道で摘んで、しなっとした黄色い花をもらった。
子供を背負っていて両手が空いてないので、しゃがんで髪の毛に着けてもらう。
「ありがとう」
小さくて汗をかいた手が、髪の毛をペタッと抑えた。
「似合うじゃん」
「可愛いよ」
さっきまであんなに馬鹿にしていたのに、みんなが可愛いと褒めてくれる。
褒める時は褒めてくれるのだ。
きっと、お母様の教育が良いのだろう。
今通り過ぎた家から、魚の焼ける匂いがした。
この子達の家まで、あとちょっとだ。
「極夜祭も一緒に遊ぼうよ」
「極夜祭?」
というと、ヴィルヘルムさんが着ぐるみを洗っていた時に聞いた例のイベントの事だろう。
12月には1週間、太陽の登らない時期があるから、その時に地面からカゲが出てこないようにランプを灯し続けるとかなんとか。
お祭りの1週間は影の国中でランプが灯って、どこのお店も屋台を出したりショーをしたりして凄く楽しいらしい。
「今年はランプに何お願いすんの?」
「お金持ちになれますように……かな?」
借金を返さずに帰れば、レナさんに撃ち殺されてしまう。
「みんなは?」
「犬を飼いたいです」
「世界一のアイドルになります」
「ケーキがいっぱい食べれますように」
「長生きできますように」
「お母さんがもっと楽できますように」
「お父さんがもっと稼ぎますように」
6人それぞれ夢があって良いと思う。
1週間もあるなら、1日くらいお休みがもらえるかもしれない。
「じゃあ、みんなで遊べるようにお願いしてみるね」
「絶対だよ!」
今日友達になった子供達にバイバイして、家路を急いだ。
【レナさん(又はレオさん)の作業着事情】
魅せエプロン←外出する
普段のエプロン←事務所内なら歩ける
割烹着←イベントによっては、外出できる
カッコイイ作業着←買い出し行く・工房に人も招ける
体を動かすためだけの服←一緒に運動する人なら会ってくれる
マジで汚す用の作業着←誰が相手でも着替えるまで会わん。
今回、レオさんが『マジで汚す用の作業着』で外出したのは、奇跡です。
ノゾミちゃんが倒れたので、可愛いコートだけ掴んで走って来ました。




