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水平線上ノ煌星  作者: 猫屋敷 凪音
極夜祭編
44/48

7番街ぬくもりてぃ

階段から転げ落ちてボロボロになったお陰で、約束に遅れてもツムギさんは怒らなかった。

むしろ、相手の組長さんもギルドについていないらしく、お互い急に入った予定なのでとフカフカのソファを勧められただけだった。

「汚い格好ですみません」

「まったく。話題に事欠かない方ですね」

キリッとした美人秘書のツムギさんが、私の膝に白い綿をポンポンしてくれる。

忙しいだろうに、こんな何の利益も生まない小娘の世話をしてくれて、女神かもしれない。

美人な保健室の先生に恋する男子の気持ちが分かる。

「他に怪我をしてる所はありますか?」

「ありがとうございます。もう大丈夫です」

そう言ったところで、お腹がぐ〜と鳴いた。

お腹なんてならなさそうなツムギさんが、不思議な生き物を見るような目で私を見る。

「えへへ」

「お昼時ですからね。組長に連絡した所、まだコチラには来れなさそうなので、一旦お昼を取ってきてください」

「はい」

1時間後にまた来るように言われて、商人ギルドを出た。

お金もお昼も持ってないし、1時間じゃ7番街と8番街の境目で暮らしてる人達に挨拶をして帰る事も出来ない。

私が食料や靴を盗んだ人の家は近いけれど、謝罪にどれだけの時間がかかるのか分からない。

また遅刻するのも嫌だし、近くで暇でも潰そうかな。

スマホのアラームをセットして、歩き出した。







_________


休憩するのに良さげな公園のベンチに腰を下ろした。

「はぁ……」

ゲームしたい。

もう、何日『水平線上ノ煌星』にログインしていないんだろう。

シルバー君がホーム画面で寂しがってるかもしれない。

道行く人をデッサンしながら卒業制作の事を考える。

日美にちび、ちゃんと卒業したかった。

卒業制作もまだ途中だし、他にも作り終わってない作品が山程ある。

この世界から帰れなくても、仕事がある分生きてはいけると思う。

帰れば就活があるし、自分がどのくらいの期間行方不明になっているのか分からない。

元の場所に帰ったとして、電車に轢かれる瞬間かもしれない。

帰るべきか、帰らぬべきか。

これは、親や恩師に一生会えない事と、スマパラのみんなやレナさん、ヴィルヘルムさん達に会えない事のどちらをとるかも意味をする。

そもそも、帰る方法が分からない。

パン屋さんに支払いをするために荷物を漁っていた男性が、バサバサッとパンを落とした。

慌てて近寄り、落としたパンを拾う。

「どうぞ」

「すまんのう」

老人っぽい独特な喋り方をしたザ・サラリーマンは、大量の惣菜パンを抱えながら私に手を伸ばした。

こんな量のパンを買うなんて、先輩社員からパシられてるのかな。

「持てますか?」

「ちょっと無理かもしれん」

大量のパンを買っていく男性に全く動じない店員さんが、追加のパンを紙袋に入れて男性に渡した。

持ってる分のパンも紙袋に移し、私の拾ったパンは持っていた鞄に圧縮して詰めた。

パン屋さんの前で、潰されるパンの悲鳴が聞こえる。

「ツケで」

と、信じられない量のパンをツケ払いした男性は、パン屋のお姉さんに片手を上げてスタスタとベンチに歩いて行ってしまった。

お姉さんは何事もなかったかのようにお店の奥に引っ込む。

大量のパンをツケで持っていかれるなんて、パン屋さんが心配だ。

「おいでー!」

さっきの男性がベンチから私に手招きをしている。

私は男性を警戒しながら、ベンチに近付いた。

七三眼鏡のどこにでも居そうな男性が、フランスパンを豪快に齧りながらベンチの隣を叩いた。

「先刻はご苦労。礼に好きなパンを選ぶと良い」

男性が新しいパンを袋から取り出して、1口で食べ終わる。

これ全部、この人のお昼なのか!

豪快な食べっぷりを見ていると、私のお腹もやる気を出して「ぐぅー!」と鳴いた。

焼きそばパンを目の前に差し出される。

「1個じゃ変わらん」

パンの入った紙袋が6個もあると、説得力が凄い。

「すみません」

どうせお昼代も持ってないので、ありがたくいただく事にした。

「いただきます!」

男性の横に座って、焼きそばパンの袋を開けた。

どこのスーパーでも買えそうなソースの匂いにホッとする。

食感があるのかさえ微妙な柔らかい麺に、色よりも濃いソースの味。

そこそこ美味しいパンで、空腹が満たされていく。

あー、空が青い!こういうのが良いんだよ!

「お主、毒虎一家の新入りじゃろ?」

「よく分かりましたね」

何なの、有名人なの?

この街の人は、毒虎一家に新人が入るとすぐに分かるもんなのだろうか。

男性は仕事用と思わしき鞄からジャムの瓶を3つ出して、2つに裂いた食パンにひっくり返した。

「ツムギから聞いた」

どうやらこの男性は、商人ギルドの人だったらしい。

見た目に反して濃いキャラ、組長秘書のツムギさんと知り合い、大量のパンをツケで買っても当然の人物……!

分かったぞ!この人、商人ギルドの組長さんだな!

口の端に青のりが付いてるかもしれないので、手の甲でゴシゴシした。

「名乗り遅れたの」

組長さん(仮)が、高級そうな名刺入れから名刺を取り出した。

「ワシの名前は首ちぎり。商人ギルドで受付けをしておる」

そっちかー!

首ちぎりさんから受け取った名刺には、自分の肩書きとしっかり【首ちぎり】という名前が書いてあった。

実在したのか、首ちぎりさん。

思わぬ形で伏線を回収した。

「スマイリー向日葵パラダイスに所属していましたが、毒虎一家さんに移籍(?)しました!牧原 のぞみです!」

2度目の挨拶なので、今度はもうちょい敬語っぽい返しができたと思う。

お返しに渡す名刺なんてないので、握手をしておいた。

首ちぎりさんの手を握ると、男性の割にケアをしていらっしゃるのが分かる。

私の手を握って、首ちぎりさんがほぅほぅと頷く。

「炊事や力仕事はあまりせんが、かなり手を動かす仕事をしているな。職人……。親指と人差し指の爪が短い。手の汚れはさしてないな。敬語は下手。心と金に余裕がある。人を観察する目もある。食事の仕草にも、かなり気を付けていたな。ふーむ……。育ちは良い。そして、素直じゃ」

流石、商人ギルドの受付けさんと言ったどころか。

短い間に色々と読まれてしまった。

変なおじさんに個人情報を暴かれて、なんか嫌。

「牧原 のぞみ。お主のいた世界では、家主のいない家から物を持ち出すのが常識か?」

胸で漂っていた嫌な感じが、鉛の塊になってズシリと落ちた。

それは自分だけじゃなく、自分の世界や育ててくれた親まで責められたような気がして、お腹がキリキリする。

この人は、私が別の世界から来た事も、7番街で盗みを働いた事も知っている。

動揺を悟られないように表情を消して、食べかけの焼きそばパンを膝に置いた。

「違います」

「そうか。そういう世界もあるのやもと思ったが、違うか」

首ちぎりさんは空になった紙袋を畳んで、次の紙袋からパンを取り出した。

「とても犯罪を犯す様な人間には見えなかったから、そちらではそれが常識なのかと思った。嫌な聞き方をしてしまったな」

「ぃぇ……」

「許せ」

膝の上に亀型のメロンパンを置かれた。

これが普通のメロンパンだったら、機嫌は直らなかっただろう。

亀さんが可愛いかったので、口を付けた。

「もぐぅ……」

なんか、この人嫌い。

何事もなかったみたいに紙袋を空にする首ちぎりさんの横で、なるべく無表情でパンを食べる。

側から見たら絶対シュールだよな。

無表情でカメロンパンを食べる自分を想像して、ちょっと笑いそうになってしまった。

早く食べ終わってオッサンとおさらばしよう。

食べ終わったゴミを鞄のポケットに入れて、スカートのパン屑を払った。

「ご馳走様でした。美味しかったです」

パンに恨みは無いので、きちんと手を合わせて立ち上がった。

「レディ マキハラ。必要がなければ捨てると良いが……これを」

首ちぎりさんが私A4サイズを四つ折りにした紙を渡した。

開くと、地図に丸がいくつも並んでいる。

よく読むと私に関する資料の一部みたいだった。

マジか。

「赤い丸が窃盗、青い丸が侵入。暗かったし、全部は把握出来ておらなかったじゃろ?」

これは正直に助かった。

出来れば、盗んだ場所以外にも全部の家に謝りたかった。

それをわざわざ被害者の方に聞いて回るわけにはいかないし、行く場所と行かない場所があると相手に嫌な思いをさせてしまう。

「ありがとうございます。助かります」

これは素直にお礼を言って、受け取った。

「役に立てたのなら重畳ちょうじょう

見た目はザ・サラリーマンの首ちぎりさんは、龍みたいな威厳を持って鷹揚に頷いた。

スマホのアラームが鳴ったので、商人ギルドへ戻る。

嫌な人だと思ったけど、学ぶ所もあったかも。



商人ギルドに戻ったら、もの凄い笑顔のツムギさんに出迎えられた。

「申し訳ございません。所用のため組長は出かけておりますので、本日の面談を先延ばしにしていただけませんでしょうか」

秘書さんって大変だな。

ツムギさんの謝罪に社会人っぽい言葉をなんとか返して、後日会う約束を取り付ける。

次の予定を忘れないように、スマホのスケジュール帳にメモしておいた。

「こちらの都合で何度も予定を返させてしまってごめんなさいね。ノゾミちゃんが階段から転ぶほど急いだのに……」

「大丈夫です!ツムギさんみたいに、綺麗なお姉さんに手当てしてもらえたのでラッキーです!」

昨日から怪我をしてばかりだけど、その分綺麗なお姉さん達に労られて、逆に得をしている気がする。

「お菓子食べる?」

「ありがとうございます!」

ツムギさんが事務所で余っていたクッキーとかお饅頭とかをくれた。

クッキーは透明な袋に丸まった棒状のものが入ってて、プレーン味みたいだった。ラングドシャっていうアレだと思う。

お饅頭の方はこし餡って書いてあった。

パッケージは紙みたいな材質で、どこかのお土産らしく滝の絵が書かれている。

あと、ゼリーも2つある。四角くてキラキラしてるやつだ。

赤いのがイチゴで黄色がパイナップルかもしれない。

こういうのを光に透かすと、キラキラして綺麗だ。

胡麻のくっついたお煎餅ももらえた。

やったー!

もらったお菓子がグシャグシャにならないように、鞄の安全なところに入れる。

「待ってて。他にもあったと思うから」

「良いんですか?」

「うちの組長が迷惑をかけたでしょう?それに私、ダイエット中だから」

ツムギさんに頭をヨシヨシされた。

ギルドの待合室から、良い女が退室する。

ツムギさんは私の事、何歳だと思ってるんだろう?

待合室で待つ他の人達の視線を感じながら、撫でられた髪を指で整える。

どれを誰にあげようかな。

今のところ5個だから、スマパラで分けると1人足りない。

待合室にいる小さな子供が、暇なのかちょこちょこ歩き出した。

「リク、大人しく座ってなさい」

子供がお母さんの隣に座る。

「コラッ。足を乗せないの!すみません」

「大丈夫ですよ」

疲れてソファに寝る子供と、謝るお母さん。あるあるだ。

分かる分かる。こういう所に連れてこられても暇なんだよね。

待合室の人達が、「お母さん大変だね」という空気で2人を見守る。

男の子はしばらくお母さんと手遊びをしていたが、飽きたらしい。

「ねぇ、まーまー!お腹空いたー!飽きたー!ここ暑いー!」

と言って、膝に頭を打ち付けながら丸まった。

「大きな声、出さないの」

「ねぇ、まだー?あと何時間待つの?」

「ごめんね。お母さんにも分からないの」

何も描いてないお絵かき帳を破いて、指輪を折った。

紙のサイズ的に腕輪になったものをマスキングテープで留めて、台座の所に赤いキラキラゼリーをはめ込む。

「これ、良かったらお子さんにどうぞ」

私に腕輪を差し出されたお母さんは、戸惑いながら

「すみません」

と断った。

「それ、なーにー?」

男の子の方が、腕輪に興味を持って話しかけてくれる。

「リク」

と咎めるお母さんに会釈して、リク君に微笑みかけた。

「食べられる宝石付きの腕輪だよ!」

商売人が多い待合室だからか、一気に視線が集まった。

「どこの商会の人間だ?」みたいな会話も聞こえるけど、ただのお菓子です。

「はい、どうぞ」

「すみません。ほら、お姉さんに「ありがとうございます」は?」

「ありがとうございます!」

腕輪を受け取った男の子は、キラキラした顔で腕輪を観察した。

「黄色のもあるよ」

どうせならお母さんの分も、男の子にあげた。

子供が喜んでくれると、もっとあげたくなるな。

「お待たせいたしました。途中で同僚に引き止められまして……」

全部のお菓子をあげたタイミングで、ツムギさんが戻って来た。

両腕には大小7つも紙袋がさげられている。

「重くないですか?」

慌てて持てそうな分を引き受ける。

ツムギさんが女神の笑顔で、1つだけ小さい高級そうな紙袋から香水を出した。

「こちらを虎姫とらひめ様にお願いします」

虎姫とらひめ様といえば、現 毒虎一家の首領をしているお嬢さんの事だろう。

小さい紙袋とメモは1番大事にカバンの中にしまっておく。

「ツムギさん、先程の件ですが……」

待合室の扉から顔をのぞかせた男性を見て、リク君が

「お父さん!」

と声を上げた。

お父様の視線がこちらに向き、「げっ」という表情をする。

「フリン。お久し振りね。あなたの息子のリクよ。大きくなったの。もう、自分の名前も書けるわ」

聞いてない。私は何も聞いてない。

不倫さんの事には気付かないふりをして、ツムギさんからそっと距離を置いた。

待合室の誰もが我関せずという顔をして、聞き耳を立てる。

ツムギさんはチラッとフリンさんに目配せをして、扉を開けてあげた。

「この子の養育費と生活費と慰謝料が振り込まれないのだけれど、どういうつもりかしら?」

「お客様、妙な言い掛かりはおやめください」

「とぼけないで!!いつになったら帰ってくるのよ!息子が風邪を引いても出張だなんだって、他の女の所に行ってるのは分かってるんだからね!」

「何の事か分かりません。人違いです」

「テメェの婚約者だろうがよぉ!」

「知らねぇよ。お前が勝手に勘違いしただけだろ?職場に押し掛けて来るなんて、非常識じゃないですかぁ?」

「あ”ぁん……?」

親切なおじさんが、リク君の耳をそっと塞いだ。

大声で争い始めた2人に、ツムギさんが眉を顰める。

「フリンさん。このような場で話し合いをする事はお客様の迷惑になります。応接室をお貸しするので、そこで()()()()()ください」

危険を顧みず注意をするツムギさん、カッコイイ!

ツムギさんの鋭いつり目に晒されて、フリンさんはヘラヘラッと笑った。

「すみません、ツムギさん。私も知らない女性に言い掛かりを付けられて困っているんです」

「何だとゴラァ?」

リク君の手を握っていたヤンママが、ジリジリとこちらへ近付いてきた。

自分は関係無いけど、ツムギさんの隣にいるのでビンタとかされたら怖い。

最初は気付いていないフリをしていたけれど、もはや待合室中の人が2人をガン見していた。

「そのアバズレが浮気相手か?ぁ?全然タイプ違うじゃねーかぁ!」

「この方はただの上司だ」

「フリンさんの婚約者様でしょうか?ご家族との面会なら応接室で……」

「揉み消そうとすんじゃねぇよ!!ぉら!このクソ女!」

「きゃっ」

あのクソ女、ツムギさんの髪の毛引っ掴みやがった!

ツムギさんに怒りが向いているうちに、不倫野郎がフェードアウトしていく。

前髪を掴んだまま頭を振られて、ツムギさんの声に涙が混じった。

「【自主規制】!【あっはん】!【うっふん】!【ピー太郎】!【放送事故】にすっぞゴラァ!」

「お客様っ」

罵声を浴びても、職員の鑑であるツムギさんは抵抗しない。

早く止めろよと、みんなの視線がクズ男に向いた。

「フリンさん!」

ツムギさんが悲鳴を上げる。

クズ男は素知らぬ顔をして

「応援呼んできます」

と言って部屋を出ようとした。

「待てこの野郎!」

流石に責任とれよと、部屋を出ようとするクズ男の腕を掴んでヤンママの前に持って行った。

「放せっ。何だお前!」

「ぐぎぎ……」

腕を引っ掻かれたり足を蹴られても、私はクズ男を逃がさなかった。

「アンタが話せよ!ツムギさん置いて逃げんな!」

「逃げるなぁ!!萎え【トゥインクル⭐︎】野郎が!」

ツムギさんを開放したヤンママが、今度はクズ男に掴みかかった。

間から逃げられなかった私は、クズ男の盾にされて髪の毛を掴まれる。

だぁぁぁあ!!根・性!

クズ男が逃げないように掴みつつ、ヤンママの手を掴んで髪を引っ張られないようにする。

「ごらぁ!!」

「ぶっ!」

ヤンママの頭突きで、顎が、ぁごんっと痛んだ。

興奮した暴れ牛に、撃たれた方の肩を噛まれる。

お母さんが買ってくれたスーツのボタンがぶちぶち外れた。

「ぐっそ!」

マザコン怒るぞ!

涙の滲む目でヤンママを睨み付けると、豪雪を背負った般若がそこにいた。

何処からかコンコンとつづみの音が聞こえる。

「なっ」

「あなたを待って一夜いちや。あなたに焦がれて十五夜じゅうごや一夜ひとよ一月ひとつき一人ひとり人想ひとおもいに千切ちぎる」

部屋の中に赤い満月が登った。

ヤンママに召喚された般若が、焦らすような遅さで小刀の刀身を露わにする。

この現実にあり得ない現象は、能力が発動するエフェクト…!?

前後両方から服を掴まれていて、回避は不可能。

一夜ひとよ一夜ひとよに皆殺しぃ!!」

般若さんが刀を振りかぶった。

「首狩り」

ぼとり……

重たいものが落ちた音で、目を開ける。

「えっ?」

首のない体の後ろで、般若さんが霧散した。

ヤンママの首を掴んだ首ちぎりさんが、私に微笑む。

もう片方の手には、呆気に取られた顔のクズ男の首もあった。

パラパラと金貨の雨が降る。

「ワシの恋人を助けてくれたようじゃな。感謝する」

「ノゾミちゃん!」

ツムギさんの良い匂いに包まれた事で、何とかなったことに気付いた。

「ごめんね!ごめんね!」

周りでなんとか止めようとしていた人達が、ハッとしたように首のない体を確認する。

「お客様方、心配をおかけして申し訳ありません。この2人の首は徴収ちょうしゅうの為に千切っただけで、くっつけば元に戻ります」

首ちぎりさんが、ギルドの職員らしくお辞儀をした。

床に落ちた金貨は立方体に吸い込まれて私の手元に落ちてきた。

死んでないのか……。良かった。

ホッとして、足の力が抜ける。

床に座り込んだ私に、ツムギさんが上着をかけてくれた。

「こんなに怪我して、服まで……!」

ツムギさんの悲しそうな目や指が、私を気遣ってくれる。

「リク君は……?」

お母さんとお父さんの喧嘩なんて、見たくないよね。

「私の妻が外に出しておいたよ」

優しそうなお爺さんが私のそばに靴を置きながら、ドアを指差した。

「君はとても親切で、勇気がある。誰もが行動しないなか、職員を庇い、喧嘩を収め、子供を気遣う君に私は感動した」

お爺さんの拍手に合わせて、周りからも拍手が起きる。

「こんなに頼もしいお嬢さんが毒虎一家に入ってくれて嬉しいよ。その靴はヒールが折れてるし、俺の作った自慢の靴を履きな」

「ツムギさんを助けてくれてありがとう。月末はよろしくね」

「うちの服もあげるよ」

「うちの服の方が良いよ」

「極夜祭でウチの店に来てくれたら、何でも奢るからね」

「関係無いが、うちの食器も持って行ってくれ」

あれよあれよと、私の前にお供物が積まれていく。

7番街、あったか過ぎるだろ……!

今日だけで、どれくらいの人達に優しくしてもらったんだろう。

痛さじゃない涙が、ポロポロ溢れていく。

私を支えてくれるツムギさんが、ぽつりと呟いた。

「ノゾミちゃん、貢がれる才能があるのでは……?」

「ありがとうござ…い、ま……」

私は皆さんにお礼を言いながら気を失った。


【ツムギさんと首ちぎりさん】

ツムギさんと首ちぎりさんは職場には内緒で付き合っています。

両家の公認です。


ツムギさんは食べ物を美味しそうに食べる人が好きなので、作り過ぎたご飯をよく首ちぎりさんに差し入れします。

なので、器の返却などで例のパン屋の紙袋をよくもらいます。



羨ましいぞ、首ちぎり。



【首ちぎりさんの能力】

「首狩り」


相手の首を千切り切る事で、相手の財布にダメージを与える事が出来る。

何かのトラブルが起きた際、相手の首を千切れば、被害を被った人物に治療費や迷惑料が自動で振り込まれる。

商人ギルドに欠かせない問題解決能力。

やはり暴力は全てを解決する。

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