第32夜 【全てを知って去ります】
【全てを知って去ります】
俺はこれ以上、何も知りたくなかった。
大切な人を失って、今まで知っていた世界まで崩れそうなのだ。
ボスも、俺に秘密を打ち明けたい様子ではなかった。
それでもボスが、こうして嫌な事を打ち明けると言ってくれるのは、俺に対して真摯に向き合ってくれているからだ。
そんなボスの気持ちに俺も応えたい。
「ボスが俺に話したいこと、全部聞かせてください」
「そうか……」
ボスは寂しそうに笑って、俺の頭に手を置いた。
「大人になったな」
「……はいっ」
それはこれまでの犬扱いと違い、ボスに1人の人間として認められた気がして、俺の目が潤んだ。
「どこから話そうか……」
ボスはいつもの白いスーツ姿になって、ソファに座った。
白い部屋から普通に戻ったところで、俺もボスの隣に腰かける。
「まず、お前の本当の年齢は18歳だ」
「ふふっ」
笑ってしまった俺を見て、ボスが
「大丈夫か?」
と聞いてくれる。
「はい。親父の言葉から、なんとなく分かってました」
「あいつ……」
ボスが八つ当たりをするように、クッションをぼんぼん殴った。
「俺が拾われたのが6歳で、それから12年が経ちましたもんね。俺、18歳なんですね」
「そう。普通は1年に1回、歳をとるんだ。3年に1回しか歳をとらないのは6番街だけだ」
どうしてそうするのかといえば、気付けばそうなっていたらしい。
ボスの周囲には、ボスの認識した世界が広がる。
今の俺が誕生日の時にしか身長を伸ばしてもらえないように、日々周りの老化を考えて世界を作る事は出来ない。
「世界の周囲にいる人間がそういえば誰も老化しないな〜って事に気付いてから、3年に1回調整するようにしていたんだ。それがいつの間にか、世界の部下になれば不老長寿も思いのままなんて噂になって、仕事にも有利だから気付けば時間の流れる速さが3分の1になっていた」
確かに、6番街の外から来た人間は年末年始の調整が3分の1に減って楽だと言っていた気がする。
「本来は賛月の望む通り、お前の身長はもっと高いし、声だって男らしくなっていたと思う。それを遅らせたのは世界の責任だ」
「なっ」
なんてこった……!?!
俺は本来ならムキムキの高身長で、髭ボーボーだったかもしれないのか!
「そ、そこまでショックだったか?」
「ぐ、ぅう……!ボスなので許します」
ボスは俺のボスなので許す。
もう過ぎた事は仕方ない。
これから大人の男として、ボスを助けるのだ。
「俺を今すぐ大人にしてください!」
「そう焦るな。未来はまだまだ長いし、いきなり俺のイメージを修正するのは難しい」
「ぐぬっ」
今、一時的に大人になったとしても、イメージを固定するのは難しくてすぐに戻ってしまうらしい。
「では、これからは1年に1回背を伸ばしてくださいね」
「あんま、気がノらねぇな……」
ボスは面倒くさそうにしながらも、指切りげんまんしてくれた。
「他に隠してる事はありますか?」
「本当はチョコミント好きじゃない……」
「知ってます。味、分からないですもんね」
ボスが自分の口の端にあるバッテンを擦った。
「冷たい麺類が好きなのは本当だから」
「じゃあ、また一緒に食べましょう」
「うん……。」
「他は?」
「えっと……」
ボスはかなり言いにくそうにしていたが、覚悟を決めたのか口を開いた。
「光の国の人間が憎い。光の国の人間は雇用しないし、実験に使ったり、見せ物にしてる」
「はい」
それは、知っていた。
ボスが光の国の人間に容赦が無い事も、光の国から情報量が足りないせいで堕ちてきた人間を、実験している事も知っていた。
見世物小屋で光の国の人間の骨を1本ずつ折って、金を取っていたことも知っていた。
骨を折れて食べやすくなった人間は、6.66が開催する競蛇の為に地下道に投げ込まれていた事も知っていた。
「世界はたくさんの取り返しの付かない事をしてしまった。軽蔑されるべき悪だ」
「はい」
知っていました。
それを分からないようにし続けた俺の罪深さが、今になって分かりました。
そして、自分の罪が分かってもきっと、俺はボスを止めなかった。
「そこまでしても、世界は満足出来なかった……」
6番街が、暗い海に沈んだ。
「はい」
「世界が望めば、光の国を墜落させる事だって出来たと思う。それをせずに、チマチマと光の国の人間を虐め続けたのは全部が願い通りになって欲しくなかったからだ。何だって叶えられるのに、全て叶う事が分かれば世界に生きている意味はない。だから、思い通りにならない事を作って、代わりになる事をやり続けた」
「はい」
「今のお前になら、俺のやった事が許されない事だと理解出来ただろうな」
「きっと、そうでしょうね」
ボスは間違っていた。俺は俺で、間違っていた。
それでも俺は、ボスの悲しさを知ってるから知らない人の悲しさに目を瞑り続けたと思う。
真っ直ぐ生きようとしてきたのに、ままならないものだ。
「世界が最後に賛月に隠していた事は、たぶん……。世界は、賛月の事が好きだ。人の気持ちを操りたくないから、俺には好きも愛も分からないけど……。きっと、世界は賛月を愛していて、大好きで大好きで堪らないんだと思う」
「はい」
「分からない。この気持ちは思い込みかもしれない」
俺はボスの不安そうな顔を見て、笑ってしまった。
ボスの手を握ると、指先が冷たく震えているのに気付く。
「知っていましたよ」
「何を?」
握った手と手をそれぞれの胸に当てる。
ボスと俺の心臓が、同じように鼓動していた。
「ボスが俺を大好きな事、知ってましたよ。その気持ちは本当です」
トクン。トクン。トクン。
両手に当たるあたたかい心臓が、五色の手に伝わる。
「世界は、賛月が好きで良いのか……?」
「はい」
「これが、世界の望み通りなのかそうじゃないのか分からない……」
「今まで気付かなかったものなら、ボスが作ったものじゃありませんよ」
その瞬間、6番街は青空の下にあった。
全てが青々とした草原に変わり、空を遮る光の国が消えて、太陽が降り注ぐ。
遠くに草原の先へ走っていく人影が見え、ここがどこまでもどこまでも広い世界だと実感した。
キラキラとした雨が、晴れ渡った空に降り注ぐ。
本で知っていた。これが、お天気雨だ。
突然、建物も消えて草原に放り出された6番街の住人も、ただ眩しい空と降り注ぐ雨粒に見惚れていた。
ボスが不思議な世界を作るたびに、親父は確か「狐に化かされたみたいだ」って言ってたっけ。
振り返ると、自分と同じ年頃の女の子が晴れ晴れとした表情で空を眺めていた。
5色に変わる瞳と、バッテンの付いた口角で分かる。
「こんな綺麗なもの、見ても良いのかな?」
女の子の口からボスの低くて掠れた声が聞こえた。
汚い自分が幸せになる恐ろしさは、俺にも理解る。
ボスの罪は許しがたく消えないものだ。
横に立ってボスの手を握る。
年頃の女の子の手は、小さくて簡単に潰れてしまいそうだった。
「あなたの神が、全て赦します」
「それは、お前の事か?」
頷く。俺にとってのボスが好きは、そうだからだ。
ボスは俺を上から下まで見て
「世界よりも傲慢な奴をはじめて見た」
と呟いた。
「見てください、虹ですよ!」
草原の遠くに見える山々に、虹がかかっていた。
「うわ、不吉だな」
「虹が不吉なんですか?」
「おう。世界の時代ではな……」
それからボスは、たびたび昔の話を聞かせてくれるようになった。
俺は死んだ親父の代わりに、No.2の仕事を少しずつ覚えた。
競蛇や骨折りの仕事も、いきなりは止められなかったけれど、蛇の餌にするのは罪を冒した人間だけに絞るようにした。
そして『6.66』の治める6番街には、はじめての墓地が出来た。
To BE CONTINUED…
綺麗なものを綺麗だと思う心は美しく、
汚いものを汚いと感じる心は醜い。
世界の美しさとは、感じる人の心で変わる。




