第28夜 鼻水たらしたバカで自己中心的で、情けなくてダサい男
[5階と4階の間] 三原色の墓
『私は降参しました』という張り紙を付けられ、天井から吊るされた小太りの男は泣いていた。
「ずびびっぐじゅるるるっ……!」
もう30手前の男が、信号機カラーの服を着て泣いている。
「おで、絶対に勝てる自信があっだのに……ずびびっ」
「ヨド殿、いつまでサボっているんだ」
「こっちは傷ついてんだぞ……」
相手に聞こえない小さな声で悪態を吐く。
下の階から首無し騎士の声が聞こえる。彼は厳しい。
アイスを落として泣いても、レナちゃん?くん?に蹴られて泣いても、ヨドが怒られるのだ。鬼畜だ!
ヨドがどんなに打ちひしがれていても、ヴィルヘルムだけは叱ってくれた。
結論、ヨドはヴィルヘルムが嫌いじゃない。
「ずびっ……。赤」
自分の服の赤い部分に触れていた縄が、サイコロになって落ちる。
縄から解放されたヨドは、重力に従って床に落ちた。
彼の体重がどれだけ重くても、この世界では怪我をしない。
「ふぎっ。ずびび……!」
床に鼻をぶつけたヨドは、鼻水をのばしながら穴まで歩いていった。
「首無しの爺ちゃーん、仕事終わったんなら一緒にラーメン食おう」
あっ。ヴィオラたん……!
床に空いた穴を覗くと、麗しのヴィオラたんがイケメンを連れて階段を登ってきていた。
相手が彼氏かどうかはさておき、ヴィオラたんは純粋で騙されやすいので不安だ。
イケメン君は、笑顔は優しそうだが、そういう奴に限って裏で何をしてるか分からない。
なんかチャラチャラ髪伸ばしてるし、絶対にアレな奴だ。
男は黙って坊主だろ?!(レナちゃん?くん?を除く)
イケメンは自分の情報量の多さを鼻に掛けているのか、全身真っ黒な服を着ていた。
これじゃあ、アイツをサイコロに出来ない。
「ぐじゅっ」
下を覗き込むと鼻水が垂れた。
「ヴィルヘルム様、お話がございます」
「誰だね、君は?なぜ敵の……コホン。スマイリー向日葵パラダイスの黒金殿を連れて来たんだ?」
首無しの爺ちゃんに「誰だ」と言われたヴィオラたんは、悲しそうに俯いた。
なんか首を斬られてから、爺ちゃんはボケちゃったらしい。
能力に目覚めた代償なのかも。
オイラも、能力に目覚めてから夜食が欠かせない体になっちまった気がする。
汚れちまった悲しみに。
「ヴィオラです。ヴィルヘルム様が大好きなヴィオラなんです」
「うだっ。言われまほし〜」
ヴィオラたんは、お姫様だからな。
どの角度から見ても、金髪のつむじが美しい。
「えっと、俺はスマイリー向日葵パラダイスの現ボスをやらせていただいてます。黒金と申します」
「ぐずるるるっ……。あん色男、空気ば嫁。感覚的に、自己紹介の時間じゃなぎゃっずびる!よ。天然か?」
そして、ヴィオラたんが連れてきたイケメンはスマイリー向日葵パラダイスのボスだったらしい。
白夜ちゃん?くん?を、連れて行く時にいたのを今、思い出した。
「くそずびびびびっ」
つまり、ヴィオラたんは敵のボスに敗北して結婚を迫られているのだろう。女騎士の宿命だ。たぶん。
「黒金……殿から、ヴィルヘルム様の許可さえ取れればスマイリー向日葵パラダイスに入っても良いと言われました。黒金殿がいれば、光の国の王家を取り戻せます!一緒に陛下を弔いましょう!」
おっふぁー!!推せる!
普段あんなにホワホワしたドジっ娘のに、首無しの爺ちゃんと復讐が絡むと凛々しいヴィオラたんが推せる!
でもダメダメダメ!他のチームに行くのは反対だろ!
ヴィオラたんが抜けたら、この組織でまともな人間はお嬢だけになっちまう!
断れ!断るんだヴィルヘルムーー!!
興奮のあまり、下の階まで鼻水が垂れる。
「騎士は二君を持たず」
びちゃっ
カッコイイ返答をした直後、ヴィルヘルムの頭のてっぺんに鼻水が接続した。
「…………。」「…………。」
「…………。」
「…………じゅるるっ。」
慌てて鼻水をすすった所為で、首無しの爺ちゃんの頭を釣り上げてしまった。
この、なんとも言えない空気感。
鼻水によって宙に浮いた生首は、腕組みをする自分の体を見下ろして、自分を釣り上げたヨドを睨んだ。
「ずびっ」
鼻水をすすった事で、生首が近づいてくる。
ひぇぇぇぇえええー!怖おもしれー!
___________
ヴィオラの事情を聞いた黒金は、まず「ヴィルヘルムさんの意見も聞こう」と提案した。
「わ、私はまた早とちりを……!」
恥ずかしそうなヴィオラの手を取り、階段を登る。
「スマパラでは、何かあると必ず会議をします。気持ちが同じでも、言葉を交わさないといつかすれ違ってしまいますから」
「同じ気持ちでも、すれ違う……」
ヴィオラには心当たりがあった。
騎士団を救うために、首が切れても戦える体になったヴィルヘルムは、その代償かヴィオラを認識出来なくなってしまった。
ヴィルヘルムがヴィオラを忘れても、騎士団長としての意志は変わらないはず。
そう思って耐えてきたけれど……本当は何か違っていたのかしら?
もしかしたらヴィルヘルム様は……。
[4階と3階の間]に辿り着いた黒金は、目の前の老人を見て目を丸くした。
何でアチョーのズボンを持っているんだ?
ピタッとした黒い服は関節の部位だけ布が無く、それらを繋ぐように紫の紐が2本ずつ、ちょうちょ結びにされている。
ピタッとした服の心臓の部分だけ膨らんでいるのは、彼の持っている小瓶だろう。
どうしよう。
他人の趣味にどうこう言う気はないけれど、特殊な趣味の方をスマパラに入れて良いものだろうか。
アチョーだけでなく、シロまで襲われてしまったらと思うと、軽々しく入団を許可出来ない。
「ヴィオラです。ヴィルヘルム様が大好きなヴィオラなんです」
ヴィオラさんの声で、思考の渦から解放された。
今はとにかく、自己紹介をしつつ相手の真意を探ろう。
「えっと、俺はスマイリー向日葵パラダイスの現ボスをやらせていただいてます。黒金と申します」
ヴィルヘルムさんは、敵のボスと聞いて剣に手を置いた。
そんな怖い顔をしなくても、ヴィオラさんに手を出す気はありませんよー。
と、両手を見せながら距離を取る。
ヴィルヘルムさんは目を閉じる事で感謝の意を伝えた。
「黒金……殿から、ヴィルヘルム様の許可さえ取れればスマイリー向日葵パラダイスに入っても良いと言われました。黒金殿がいれば、光の国の王家を取り戻せます!一緒に陛下を弔いましょう!」
あー。ヴィオラさん、頑張ってオウソコソコ家が王家なの隠してたのに言っちゃった。
ヴィルヘルムさんが「知ってた?」という目で見るので、『秘密』と『彼女なりに頑張った』というサインを送った。
ヴィルヘルムさんは「おお、通じるのか」という顔をしてから、ヴィオラさんに視線をやる。
「騎士は二君を持たず」
びちゃっ
カッコイイ顔をしたヴィルヘルムさんの頭のてっぺんに、びろ〜んとした何かがくっ付く。
「…………。」「…………。」
ヴィオラさんが天井を見て、口に手を当てた。
「…………。」
ヴィルヘルムさんも天井を見て、目を閉じた。
「…………じゅるるっ。」
上からコチラを覗いていた人物が、鼻水をすすってヴィルヘルムさんの首を吊り上げる。
鼻水によって宙に浮いた生首は、自分の体を見下ろして、自分を釣り上げた相手を睨んだ。
「ずびっ」
鼻水をすすった事で、生首が天井に近づく。
なるほど、首が取れるのか。
だから、関節の位置が空いた服を着ているんだ。
「へぷっ……」
あまりの汚さにヴィオラさんが立ったまま気絶した。
「ヨド殿」
「なんとかしまず!」
ぶびびびびっ
ヨドが鼻水をフーンッと出すと、ヴィルヘルムの頭がビチャビチャになりながら、下に降りてきた。
「ずびっ」
頭が上に戻る。
「あ……」
もう見てらんねぇ!!
2人の事は考えないようにして、胸元にある小瓶を奪いに行く。
大男が着るようなサイズの鎧の影に隠れてから、ヴィルヘルムさんの視界から消える。
スパッ
鎧は目の前で真っ二つになった。
俺の背がもう1cm高かったなら、脳味噌がハロー!してたかもしれない。
鎧から飛び退いた姿勢から床に手を着いて、体勢を立て直す。
すぐに首のない体は追撃してきた。
「良いですね」
鉄の棒をすり抜けるように、離れてはくっつく手足を見て賛辞を送る。
身体をバラバラに出来るヴィルヘルムにとって、鉄棒の生えた部屋は普通の部屋と変わらなかった。
逆に黒金にとってこの部屋は移動しにくく、相手の計算でどんどん動きにくい場所に追い詰められている気がする。
避けてばかりでは駄目だ。打って出ないと。
「避けて下さい!」
力加減に失敗した時に備えて警告をした後、黒金は鉄の棒にデコピンをした。
穴を開けながら飛んで行った棒を、ヴィルヘルムは難なく避けた。
デコピンを繰り返しながら、鉄の棒を減らしていく。
体の方が必ず避けられるなら、頭はどうだろう。
未だ鼻水でぶら下がっている頭目掛けて、鉄の棒を投げつけた。
「ヨド!」
「ずびるるるるっ」
頭が徐々に上がっていくが、このままなら当たる!
ガキッ
「マジか……」
ヴィルヘルムはにぃっと笑い、口で止めた鉄棒を噛み砕いた。
信じられない、歯の力!
「おいおい、毎日歯磨きすれば老後も安泰って事か?」
次の攻撃の為に鉄棒を抜きながら、部屋の隅から隅へ移動する。
首の無い体が突進してきた。
剣の間合い分の距離を取る。
違和感。ヴィルヘルムの肩では、紫のリボンが揺れていた。
「!」
腕が無い!腕はどこだ?
ハッとして振り返ると、剣を持った腕を腕が掴み、自分の背後にある鉄棒で待ち構えている。
回避も攻撃も間に合わない……!突っ込むか?いや、それも無……
鏡のような剣に、自分の情けない顔が反射した。
「勝負ありだ」
切れた額から血が垂れる。
「なん……?」
首を切っても良かったはず。
なのに、額を少し切るだけで終わった。
「ずびむっ!赤」
その瞬間、自分から流れる血が発光して赤色の世界に閉じ込められた。
サィ、コロコロコロ……
黒金のいた場所に赤い立方体が転がる。
「貴殿は人格者なのだろう」
自分の頭を取り戻したヴィルヘルムが、鼻水を拭きながらやって来る。
「しかし、戦い方は正直。何をしてくれるかという期待値がまったく上がらなかった。毒虎一家に入った後は、あの面白いお嬢さんと一緒に私が訓練してしんぜよう」
黒金は赤い世界の中で膝を着いた。
「ぐっ………!」
何だ、ここ。空も地面も全部、赤だ。
ヴィルヘルムの能力じゃない。鼻水の人のだ。
この赤い世界から脱出するため、出口を探して走る。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
この世界は50歩の無限だ。
目印に置いたものから50歩走れば、何処へ走っても元の位置に戻ってしまう。
試しに投げた上着が、背中に当たって痛かった。
赤い一色に囲まれ、目が疲れる。
走っても走っても、蹴破る壁も出口も見つからない。
「俺があの時、みんなと別れてなかったら……」
シロ、ヒナ、みんな……!ごめん。
「クソ!クソ!クソ!」
みんなは無事なのか?
毒にやられたシロは?
荒事に慣れていないノゾミは?
俺のせいで怪我したアチョー、アチョーの為なら無茶をするボム。
最初の狂犬さんの元に残していったハチも、どうなってるんだ?!
俺が判断を間違えた。
相談を持ちかけられた時、自分なら大丈夫だって、みんなが困っても後から助けてやれるって勘違いしてた。
手加減されてた。完全に子供扱いだった。
いっつもカゲ相手には勝てるから、自分は強いんだと思ってた。自惚れてた。
「あーーーーー!!!もうっ!!!!!!」
自分はスマパラを任されるくらい強いんだって、みんなを守れるって思ってた。
どこか本気を出してなかった。
自分は何をやっても、結局上手くいくと思って慢心してた。
あっちはちゃんと仲間と協力したんだ。ズルじゃない。
自分1人で何でも出来るって、シロを守るためなら何でも出来るって……。
「俺って、超ダサい……」
世界で1番、ダメな奴だ。
人に優しくして、誰でも助けて、誰も傷付けないで、周りに感謝されて、自分は変われたんだと思ってた。
赤い地面にうつ伏せに寝て、鼻水を垂らす。
「ふっ……ぐすっ……!ひっく……」
「うぇぇえ〜〜、うぐっ……ふっ……ずびびっ」
「うずず……。ずびるっ!ぐすっ……ぐじゅじゅっ」
「…………。」
「うわぁぁぁあーーーーーーん!!!みんな酷いよー!ひどずぎるぅぅぅ!!」
俺のせいで、みんなが困るとか可哀想だよ。
困らせた側だって、絶対に罪悪感でいっぱいになるんだ。
そんなのみんな不幸だ。あんまりだ!
「ごめん!!みんな、ごめん!!!」
赤い世界に全力で拳を打ち付ける。
赤赤とした音と一緒に地面が砕け、反動で俺は空へ飛んだ。
「ぐすんっ」
永遠に続く空の下で、広大な地面がガラガラと崩れ消えていく。
「はじめて全力出しちゃったけど……これ、どうなんの?」
赤い世界は中心から無限に壊れた。
【ヨドの喋り方は方言なの?問題】
方言ではありません。彼の一族に伝わる『花言語』です。
ヨドの一族は代々、鼻水が止まりませんので喋りやすい言葉を喋ってるうちに一族内であんな喋り方になりました。
いわゆる、話し言葉の一種です。
鼻の調子が良い時は普通に話せる……はず?




