第26夜 謀反
アチョー、ボム、ノゾミチームがパンツで騒いでいる間、下の階に残った黒金とヴィオラは真剣に話し合っていた。
「お願いします。私とヴィルヘルム様を、黒金様のスマイリー向日葵パラダイスに入れて下さい」
「そうだな……」
黒金を見つめる真っ直ぐな瞳に、気まずさを覚える。
ヴィオラさんは純粋で良い人だ。
過去の負い目や元の性格もあり、黒金は人の頼みを断る事が出来ない。
懐中時計は、話し合いが始まってからキッカリと半周していた。
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スミレの君改め、ヴィオラさんは上のフロアに居るヴィルヘルムさんについて話してくれた。
彼女の話はフワフワして掴み所が無かったけれど、ヴィルヘルムさんへの愛に溢れていた。
ヴィオラが生まれたのは、光の国のC地区。
さしたる功は無いものの、建国以来王家を支えて来た歴史ある名家の3女として生を受けた。
ヴィオラは17歳になるまで、貴族のご令嬢らしく同じC地区に住む貴族のご令息と婚約を控えていた。
彼女の平凡な日常が崩れたのは、10年前の新年祭。
3038年1月1日 光の国上空
新しい年を迎える喜びを祝い、天空城では大きなコンサートが開かれた。
そのコンサートには、影の国の王や貴族も数人出席する程盛大なものだった。
そこを狙って起こったのが、『天空ホールの大火』。
この事件をきっかけに、影の国と光の国には大きな亀裂が出来た。
「その大火で私の顔には大きな火傷が残り、左目を失明してしまいました。それから、縁談は破談。幸い、父母は私を愛してくれていましたので、影の国へ捨てら……失言をしました」
「いえ、実際そうですから気にしないでください」
影の国には、そういう人間が何人も堕ちてくる。
上の人間も下の人間も、影の国がゴミ箱である認識は変わらない。
「どうぞ話を続けてください」
それから嫁ぎ先を無くし、家にも居づらくなったヴィオラは家の名誉を傷つけずに自分を引き取ってくれる場所を探した。
紆余曲折を挟み、婚約破棄から1年後。
ヴィオラには生まれた時から『グラビドーーーンッ』という重力を操る力があったので、騎士になる事にした。
初めは反対をした両親も、訓練を真面目に続けるヴィオラに、心を動かされる。
そして半年後には、母親の紹介で親交のあるオウソコソコ家に採用された。
貴族の生まれ、顔に傷のある女性。あとは少々のドジっ娘。
という3つの理由から、ヴィオラはなかなか騎士団に馴染めなかった。
訓練中にミスをすれば笑われ、彼女が別室で着替えをしている途中にわざと入室をしたり、火傷や破談についても知っている事を何度も質問され答えさせられた事もある。
17歳まで普通のお嬢さんとして生きていたヴィオラ。
彼女は顔に火傷を負っただけで、ここまで酷い扱いを受けるとは思わなかったので毎夜枕を濡らした。
「そんな私に目をかけてくれたのがヴィルヘルム様なんです」
ヴィオラさんが火傷で引き攣った頬を押さえてニヘリと微笑む。
ここまで説明する途中、彼女が何度も褒め称えていたヴィルヘルムさん。
「レディ・ヴィオラはヴィルヘルム殿が大好きなんですね」
「大好きです!!」
ヴィルヘルムさんの言った通り、ヴィオラさんの笑顔は花が咲くように美しい。
彼が「戦場で美しい花に出会えて嬉しい」と言うのも納得する。
その美しい笑顔はすぐにポロリと濡れて、涙が流れた。
「レディ……」
床に敷いたのとは別の予備のハンカチを取り出す。
「ずびまぜん……」
俺の渡したハンカチを受け取って、頬に押しつけるヴィオラさん。
泣いても綺麗な人だ。
瞳がすみれの花の様に真っ直ぐで香りたつ美しさを持っているから、濡れても美しい。
「うずずっ……。そんな綺麗な顔で見ないで下ざい」
「失礼を。あなたが美しいので見惚れていました」
「ふぇっ?!?!」
ヴィオラさんの鎧が壁にぶつかって、大きな音を立てた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫であります!大丈夫であります!」
一応は敵同士なので、不用意に近付かずに座る。
「私はヴィルヘルム様一筋縄です!あんまり惚れさせないでください!!」
ヴィオラさんはかなり慌てた口調で「防御!」と連呼していた。
ああー。あまりにも綺麗だから見つめ過ぎたな。
「そういう風に勘違いをさせたなら、ごめんなさい。俺もシロ一筋ですから、そういう所は仲間ですね」
「うぅ……」
目を合わせ続けると惚れられてしまうので、そっと目線をそらして微笑む。
しばらく待っていると、ヴィオラさんが咳払いをした。
「落ち着きました。ありがとうございます」
目線を戻すと、頬を赤くしたヴィオラさんがハンカチを返してくれた。
「お話を続けさせていただきます」
「はい」
それから、騎士団長のヴィルヘルムに目をかけられている事で、ヴィオラに対するチョッカイは止んだ。
環境が落ち着き適切な指導を受ければ、ヴィオラのミスも減り、任される仕事も増えていった。
きっとたくさん努力したのだろう。
自分を大切にしてくれたヴィルヘルム様に報いるために。
そしてその気持ちが大きくて、ヴィオラさんはミスをした。
「あの日、私が奴に情報を漏らさなければヴィルヘルム様は光の国で1番の騎士のままだったんです」
ヴィオラさんが涙を堪えて天井を見る。
3046年8月某日(2年前)
その年は、上(光の国)も下(影の国)も事件の多い年だった。
影の国では王都が消失し、その影響で光の国は影の国を整備し直す事に手一杯になっていた。
その事件を一言で言うならば、「分家が本家を乗っ取った。」
ヴィオラ達の仕えるオウソコソコ家で、謀反が起きたのだ。
事が起きる前、オウソコソコ家も馬鹿では無いので、分家のワアコソコソ家が何やら企てている事には気付いていた。
そして相手を一斉に叩く為、準備をしていた。
計画が失敗する隙は無かった。……はずだった。
その作戦は騎士団でも極一部の人間しか知らされていなかったが、ヴィオラの家が計画に出資していたため、彼女は作戦を知る権利を与えられていた。
「ヴィオラ先輩、秘密の作戦会議はどうでしたか?」
「参加して良かったわ!ヴィルヘルム様がとても凛々しかったの」
秘密会議でのヴィルヘルムを思い出し、ヴィオラは火傷した頬をそっとおさえた。
彼女を慕う唯一の後輩は、ヴィオラの幸せそうな笑みを見てクスクスと笑う。
「団長がどんなにカッコ良かったか、聞かせて下さいね」
「もちろん!」
作戦の内容に触れるつもりは無いけれど、秘密会議の内容を大っぴらに話すわけにはいかないので、ヴィオラは後輩を自分の部屋に呼んだ。
「それでね、ヴィルヘルム様の小指ったら可愛らしいのよ。手は全体的に男らしいのに、小指の爪だけ赤ちゃんみたいなの」
「意外な一面ですね!」
「んふふ、そうなの。……そう、なのかしらね?やっぱり、いつも通りな気もするし特別な気もするわ。ヴィルヘルム様はいつも強くて優しくてカッコイイのに、可愛くて……。どんな所も大好きなの」
親しい後輩とヴィルヘルムの話をして浮かれたヴィオラは、愛の歌を歌った。
踊りもした。
楽しくて楽しくて、酔ってしまったのだ。
床にはキラキラ光るウイスキーボンボンの包紙が転がっている。
今思えば、このチョコレートに何か混ぜられていたのだろう。
「俺、先輩の歌好きです。とても純粋でまっすぐな心を持っているのが分かりますから」
「ヴィルヘルム様も同じ事をおっしゃってくれたわ!」
ヴィオラが歌うように答える。
「先輩、酔っ払ってますね」
「ちょっと気分が良いかもしれないわ〜」
「机に乗らないでください。資料を踏んで転んじゃいます」
ヴィオラは後輩に手を取られて、机からジャンプした。
「下の住人に迷惑がかかりますよ。困った人ですね」
「でも、君はそんな私も好きなんでしょう?」
自分の火傷を忌避するのではなく心配してくれ、ヴィオラの全てを受け入れてくれる後輩と、共に過ごす事は心地良かった。
彼の事はヴィルヘルムの次に信頼しており、彼ならどんな自分も受け入れてくれるという信頼が、ヴィオラにはあった。
「それが作戦の資料ですか?」
「えへへ、たくさんあるわ。みんなで考えて、みんなの為にある。とても大切な作戦なのね」
素敵な事だわ。
ウイスキーボンボンを片手に、机に並んだ資料を眺める。
自分に対する嫌がらせは止んだものの、未だに周囲との距離を感じていたヴィオラ。
いつか私も、みんなの仲間として認められたら……。
みんなで一緒に会議をして、訓練もして、食事とかもして……。
そうそう、今みたいに楽しくヴィルヘルム様のお話もしたい。
「秘密の作戦なんて気になっちゃいます。部屋から持ち出さないので、読んでも良いですか?」
大好きな人に裏切られるなんて微塵も考えなかったヴィオラは、後輩に作戦を教えた。
その結果、作戦を逆手に取られ騎士団は大敗。
オウソコソコ家は大人から子供まで残さず殺された。
今でも、彼等の異様な最期が脳から離れない。
【オウソコソコ家について】
後々に理解しづらく「???」とならないように、軽く解説です。
オウソコソコ家は光の国の王家です。
光の国も影の国も、貴族には背負う家名があります。
家名は役職にも繋がるので、王家は1人1人の人間を王として尊重され、家名を呼ばれる機会は少ないです。
なので影の国の人間が、オウソコソコ家が分家のワアコソコソ家に乗っ取られたと言われても、光の国自体が相手になる事を掴める人は少数です。
ヴィオラは黒金の傘下に加わる代わりに、王家の復讐を頼むつもりです。
彼女が相談時間を半刻(30分)にしたのも、詳しい事を聞かれないための打算です。
情報は知らなければ、相手が悪いのです。
ヴィオラはドジで純粋でも、完全に清廉潔白なお嬢さんではありません。
彼女なりに頑張ってます。




