第19夜 ドッグファイト
スマパラのメンバーを先に行かせたハチは、毒虎一家の狂犬と向かい合っていた。
門から壁に囲まれた細長い道。
お互いに逃げも隠れも出来ない状況だ。
ご主人様はボスが必ず救出してくださるので、自分は目の前の敵を足止めするのが仕事。
目の前に相対するのは、燃える様な赤い髪に、犬が付ける口枷をはめた男。
この男が誰なのか、ハチは知っていた。
「赤いジャージに赤い首輪。お前が8番街の番犬か」
賛月の言葉に、バットを地面に着けたまま頷く。
「ここらで犬の称号を持つ人間は、俺だけで良い」
見えない大きなナニカが、ハチの周りで唸り声を上げた。
今この時ほど、自分にCVがあればと思った事は無い。
自分に相対する敵は、かつての師匠だった。
ハチに犬としての生き方を教えてくれ、ハチの為に黙って死んだと思っていた師匠。
一緒にいたのは1ヶ月くらいだったけど、ハチの人生に大きな影響を与えてくれた人だ。
生きててくれて嬉しい。
クンクンしたい。
師匠から貰ったジャージを、今も大事に着ていると伝えたい。
でも、自分は喋れないから。
分からないだろうな。小さい頃に少しだけ世話をした女の子の事なんて。
「ウサギみたいに吠えない奴だな」
師匠が静かに腕を組む。
「…………。」
私は犬だ。
ハチは師匠の教えに報いる為にも、1匹の犬として、師匠を倒すと決めた。
弟子として最後に出来た事が、30秒間の最敬礼。
直角に腰を曲げ、相手に後頭部を晒す隙の多い姿勢を、ハチは30秒間続けた。
「そうか、分かった」
少しは何か思い出してくれたのか、師匠は攻撃をせずにハチのお辞儀を見守ってくれた。
そして同じ事を30秒返す。
(よし!)
30秒経った瞬間、ハチは「待て」をとかれた犬の様に賛月の無防備な頭へバットを振り下ろした。
それは空中で何かに当たって止まる。
背後から巨大なナニカに体当たりをされて、体勢が崩れた。
「!」
自分の背中にのしかかったのは、大きな獣の前足だと思った。
大きなナニカはハチのジャージに爪を立てて、小さな穴をたくさん開ける。
自分のバットはもう片方の獣を止めているので、でんぐり返りをする様に体を回転して背後にいる獣の鼻に蹴りを食らわせた。
(このジャージは、お前達のご主人から貰ったジャージなんだぞ!)
心の中で憤怒するが、相手の攻撃は緩まない。
見えない獣を2匹躱しながら、賛月へバットを振る。
賛月が手に持っていた鉄パイプをハチに向かって投げた。
それを避けると、後方で
(ワン!)
という見えない犬の鳴き声がした。
見えない犬はフリスビーの様にパイプをキャッチし、ご主人の元へ走り寄る。
ハチに攻撃する犬は1匹。今がチャンス!
「狛犬・《小》」
賛月が手で狐マークを作り、腕を交差させた。
「?」
それまでバットを抑えていた大きな獣が消え、鉄パイプも床に落ちる。
それと同時に見えない小さな風がハチの体をズタズタに切り裂いた。
「……!」
1つ1つの傷は小型犬に引っ掻かれた程度で浅い。
それが、大型犬2匹に攻撃されるのとは違い防げない分、痛い。
小型犬を振り払う為に低い場所にバットを振るが、相手が見えないので手応えが無い。
群がる犬はハチの体をよじ登り、いたる所を噛んだ。
「狛犬・《大》」
それまで群がっていた小型犬が2匹の大型犬になり、地面に倒れる。
「ぐっ!!」
悲鳴を上げるCVは無かったが、喉から苦しい呻きが漏れた。
喉に大きな犬の牙が食い込み、足は鉄パイプで打たれ続ける。
肉が赤黒く変色した。骨が折れた上から、何度も鉄パイプで殴られた。
足を重点的に使い物に出来なくさせられる。
「お前、皐月だろ?」
ハチが何度か痛みで気絶した頃、ハチの足の上に座った賛月が話しかけてきた。
「お前は覚えてないかもしれないけど、俺とお前は昔同じ組織に居たんだぞ」
痛い。
「あの時は、先に抜けてごめんな。本当なら、最後までお前の面倒見てやりたかったよ」
痛い。
「偉いな。俺は、犬としてちゃんと群れを守ろうとしたお前を誇りに思う」
痛い。
「お前のご主人様、股間から財布出す様な変な奴だけど良い人間だよな」
痛い。
「でも、毒虎一家も良い所だ。もし、俺の事を少しでも覚えてるならウチに来いよ」
クッッッソ痛い。
バットを持つ手に力を込める。
「今頃、ルール説明をしてると思うけど、お前は自分の口で【降参】って言えないから俺が代わりに……」
(死ね!クソ人間!!!!!)
ハチはベラベラ喋る師匠の足にバットを打ち付けた。
自分の喉に牙を食い込ませる獣の口に拳を突っ込んで、窒息するまで喉の奥を殴りつける。
「くっ!」
ハチの凶暴な瞳を見た賛月は、足の上から退いて距離を取った。
周囲を警戒をする為に待機していた犬が、ハチの足に噛み付く。
(クソ痛いぞ!こらぁ!!)
ハチは口をパクパクさせながら、自分の足を噛む犬を撲殺した。
「ふー、ふー……」
死んだ犬が消える。
賛月の能力『狛犬』で出した犬は、1度殺されると再召喚に24時間ブレイクを挟む。
(よく吠える犬は負け犬なんだぞ!)
それは師匠の教えだった。
(犬は黙って行動で語れ!)
随分と無駄吠えが増えた師匠に、ホームラン宣言の様にバットを突きつける。
「おい、その怪我で立つな!」
弟子を心配して他の犬を再召喚しようともしない賛月に舌打ちをする。
バットを支えにして、足の裏を地面に着かせてから体重をかけた。
骨にも肉にも激痛が走る。
この程度で「立つな」が通じる世界では無い。
こういうのは1発、立っちまった方が動きやすい。
カララララララ……
コンクリートに金属が擦れる。
ハチは体の支えにしていたバットを地面から離して、中段に構えた。
(わんっ!)
ハチは脚を負傷する前よりも獰猛に、賛月に飛びかかった。
【ハチの赤ジャージと黒マスクについて】
ハチの赤ジャージは、師匠から貰ったものです。
よく見ると胸の所に白い糸で“賛月”と刺繍されています。
とても大切なので、何度も補修して着ています。
そして、ハチの黒マスクは白夜がくれたものです。
『犬は無駄吠えしないもの』と教わりつつも、みんなと喋ってる気分を味わいたいハチはよく、口をパクパクさせてます。
それが恥ずかしいので、いつも黒いマスクを着けているんです。




