第12夜 ペンは剣よりも強し
会議を終えて、私達は3つの班に別れた。
A.地域住民への説明チーム
黒金さん、白夜さん、ヒナちゃん
B.武器のメンテナンスチーム
アチョーさん、ボムちゃん
C.優先度の高い依頼の消化チーム
ミラさん、ハチちゃん、私
これは白夜さんからの配慮だ。
8番街の住人達から寄せられる依頼を解決して街に馴染める様にと、この世界の分からない事はミラさんに聞ける様に。
チームを分けてくれた。
C班の話し合いに食堂を使って良いと言われたので、3人で食堂に残る。
「これから班行動する時は、この分かれ方が多いと思うから」
「はい」
ミラさんの言葉に頷く。
この3人ならチームとして、バランスの悪さを感じないので、安定して組めそうだ。
ハチちゃんが資料室から取ってきた依頼を、机の上に並べる。
「依頼消化に2日分の時間を取ってある。どうせなら、全部の依頼を消化してやりたい」
「そうですね!」
困ってるからスマイリー向日葵パラダイスに依頼をするのだ。出来るだけ早く解決してあげたい。
優先度の高い付箋付きの依頼を読む。
[建物解体の依頼]
12月14日まで
「あ、赤い付箋が付いてるのは黒金にしか出来ない依頼だから」
「建物解体……?」
解体してほしい建物の写真が付いた依頼書から目を上げる。
これが黒金さんにしか出来ないってどういう事だろう?
「建物の解体なんて、子供の集団に頼むもんじゃ無いと思います……」
「ノゾミの世界で子供がどういう存在か分からないけど、年齢が低い事と仕事って関係ある?」
ミラさんが不思議そうに首を傾げる。子供が守られるべき存在って言うのは、失礼かもしれない。大人と子供の差……。
「人生経験……とか?」
大人にならないと気づかなかった事って、たくさんある。
今はまだ、それを言語化する何かが足りない。
「経験は早く積んだ方が良いんじゃない?」
「そうですね」
上手く説明する言葉が無いので、ミラさんの言葉に頷く。
この世界の低年齢を元の世界と同じに考えない方が良いかも。
そもそも、ここは【現実】というより【誰かの作品】っぽい。
「黒金さんはどうやって建物を解体するんですか?」
建物を解体出来る魔法でも使えるのかな?
「力加減をしながら殴る」
「殴…る……」
殴って建物を解体??しかも力加減するの?
マジでこの世界は漫画だな。
戸惑う私の様子を感じて、ミラさんが薄紫色の目を興味深げに瞬かせる。
「変なの?」
「変です」
ノゾミは自分の世界の建物の解体方法をミラとハチに説明した。
「物が勝手に壊れるってどういう事?」
「攻撃しない限り物が壊れない方が不思議です」
どうやら、この世界の物は【攻撃】でしか壊れないらしい。
自分の世界では組み立てた建物を分解すると言われて、2人共かなり混乱していた。
私も混乱した。
物が壊れないのは便利だけど、建物の解体とかは攻撃しないと破壊出来ないのは不便そう。
「なら、ゴミ捨てとかどうするんですか?」と聞いたら、「燃やす」と答えられた。
火は攻撃力の塊という事か。リサイクルは存在しなさそう。
この世界は本当に不思議だ。
「黒金はATK値の設定が馬鹿高いか、設定されてない。後天的に情報が消えるのはカゲに喰われる以外で起こらないから、恐らくは信じられない量の数値を設定されているんだと思う」
「なるほど……」
攻撃力が高いから、建物の解体に向いているのか。
黒金さんに建物の解体を頼む赤い付箋の書類は、古典の教科書くらいあった。
「とにかく、黒金の限界を見た事が無い。黒金ほどATK値が大きい人間は、ここにも上にもいないかもしれない」
ミラさんが恐ろしさも誇らしさも込めた笑みを見せる。ハチちゃんは自慢げに腕を組んでいた。
「ハチ、出掛けるついでに俺の依頼済ませるからちょうだい」
噂をすれば何とやら、黒金さんがドアから顔だけ出してハチちゃんに声をかける。
「ありがとう」
「良い子」
白夜さんに頭を撫でられ、ハチちゃんが尻尾をブンブン振った。
「行ってくるねー」
ヒナちゃんが、黒金さんに車椅子を押されて、出て行く。
「俺達もサッサと行こう」
ピンク色の付箋が貼られた依頼書を鞄に入れて、C班も工場を出た。
ミラさんと私にハチちゃんが着いて来る三角形の陣形で、目的地を目指す。
ハチちゃんは外でも、金属バットを持ち歩いていた。
私も他の街の人に襲われないよう、警戒しないと。
銃では無いけど、支給された音弾を右手の下に持っていく。
道行く人の誰もが優しそうな顔をしていたが、その裏に何が潜んでいるか分からない。
「ボムちゃんとアチョーさんが武器のメンテナンスに行くと言っていましたが、ミラさんの武器はどんな物なんですか?」
好奇心と戦力の把握の為に、質問をしてみた。
日本で武器を持ち歩く人はいないので、全員分の戦闘スタイルに興味がある。
私に質問をされたミラさんは依頼書を見たまま、苦い表情をした。
ほんの好奇心で、ミラさんにとって嫌な事を聞いてしまった。
慌てて話題を探し、空に浮かぶ巨大歯車が目に入る。
「光の国って、どうやって浮いてるんですか?」
あまりにも不自然な話題転換だったのでミラさんは申し訳なさそうな顔をした。
ミラさんの長い睫毛が、薄紫の瞳に濃い影を作る。
「気を遣わせてごめん」
「いえいえ!」
こちらこそ気を遣わせて申し訳ない。
「………俺は弱い。だから、ハチみたいに守るって言ってやれない……」
「そんな事、気にしてたんですか?」
意外な言葉を口にされ、脳味噌の蓋がパコッと飛ぶ。美少年に心配されたら、好きになっちゃいそう。
「私、年上ですし自分の身は自分で守りますから大丈夫ですよ!」
ミラさんは、見た目17歳に見える。
「でも、ノゾミは争いの無い世界から来たんでしょ?知らない世界に放り出されて、誰かに命を狙われるなんて……怖いよ。俺にも似た経験があるから、守ってやりたくなる」
えっ。
ミラさんの真剣な苦悩に、一瞬足がもつれた。ペンだこの硬い手が、私の左手を握っている。
私、ミラさんルートに入っちゃう感じ?
まだ出会って数時間みたいなものだよ?それで恋に発展するのはヤバくない?勘違いだよね?
ミラさんは依頼書で顔を隠しており、どんな表情をしているのか分からない。
「俺はスマパラで1番弱い……」
ミラさんの消え入りそうな声で確信した。
あ、コイツ天然でやらかしてる。
世の中には、何の下心も持たずに人の手を握れる人間がいるのだ。心汚くてすみません。
挽回する為に、清らかな面をしてミラさんを慰める。
「世の中、腕っ節が全てではありません。気にする事は無いですよ」
「いや、この世界で腕っ節は大事だ」
ダーーーーーンッ
大きな音がして、空気が揺れた。
「ほわ?」
数ブロック先に見えていたブルーシートに覆われた建物が萎んでいく。
その不思議な様子に街の人は目を向けたが、直ぐに日常風景に戻ってしまった。
「ほら。黒金を見るとそう思うだろ?」
ミラさんが自嘲気味に微笑んで、萎むブルーシートを指差す。
ガカーーーンッドガガガガッ
よくよく見れば、ブルーシートの上には黒い人影がいた。
その人物は、拳をブンと振り下ろして、建物を削っている。
あれが黒金さんの解体……!
1分と経たず、建物が消えた。
現実離れした圧倒的な力に、開いた口の閉め方を忘れる。
「腕っ節は無いよりある方が良いのは真実だ」
「でも……!」
落ち込むミラさんに何か励ます言葉を言いたくて、詰まった。
それが事実でも、腕っ節が無いだけでミラさんの魅力が無い訳じゃない。
何も言えないまま、握られた手を握り返す。
そして、ある名言を思い出した。
「私の世界には『ペンは剣よりも強し』という言葉があるんです」
ミラさんのペンだこが硬い手を持ち上げる。
「昔、レオナルド=ダ=ヴィンチという万能の天才がいました。その方は船の設計や武器、空気遠近法なんかを開発した凄い人なんです!」
美大生の私はもちろん、レオナルドさんが大好きだ。
彼が居なければ芸術は芸術ではなく、職人の技で止まっていた。
その功績がなくても、作品自体が好きぴ。
彼の作品も彼自身も、有名故に二次創作での汎用性が高いのだ。
私の熱が伝わる様に、目線を逸らさずミラさんの手をガッチリ握る。
「彼の死後、とある記者が彼の偉業をこう評しました。
「ペンは剣よりも強し」
彼は多くの事柄に精通し、武器なども設計しました。
それでも世界を大きく変えたのは、彼の残した絵画だったんです」
とにかくレオナルドさんを語る興奮をミラさんにぶつける。その熱に当てられてか、ミラさんの頬が紅くなっていた。
「ミラさんの手こそ、世界を大きく変える力を持っているんです」
遠くでまた、建物が消えた。
「ペンは剣より……強い」
ミラさんの唇が、その言葉を刻む様に、反復する。
その瞬間、ミラさんの静かな湖面に似た瞳がキラキラと反射し始めた。
「今、人生が変わった瞬間が来た」
現在進行形か過去なのか分からない言葉を呟いて、ミラさんが私の手を放す。
「良かったです。……ミラさん?」
ミラさんが、ポーッとした足取りでフワフワと壁にぶつかりに行く。
慌ててハチちゃんが、ミラさんを羽交い締めにした。
「ペンは剣よりも強し…。ペンは剣よりも強し…。」
意識が飛んじゃってるミラさんを取り押さえて、ハチちゃんが私を睨む。
「ごめんて」
自分の言葉で他人がここまで影響を受けるとは思わなかった。
もちろん、名言は元々あるのだが、エピソード自体は私の作り話だ。
ここまで嘘を信じてもらえて、申し訳ない。
「ぺんけんぺんけん……。ペンは剣よりも強し….!」
【スマイリー向日葵パラダイスのルール その2】
嘘を吐かないこと。
「ミラさん、帰ってきて下さい!!」
「ペンは剣よりも強し。ペンは剣よりも強し。ペン、つよつよ…。剣、よわよわ.…」
ノゾミは、人を励ます為とはいえ、嘘はいけないな。と学んだ。
_____
ミラさんは、ハチちゃんが何回か叩いたお陰で元に戻った。
今は、3人で机に座り黙々と字を書き写している。
ペラッ
沈黙の中で紙をめくる音だけが音楽だ。
私達が書いているのは術札。
これを使用する事で、回復や攻撃、経験値やドロップ率の上昇などが見込めるらしい。いかにもゲームらしいアイテムだ。
この世界はゲームで確定かな。
ペラットンットンッ
10枚描き終わったドロップ率UPの術札をまとめて依頼主さんに渡す。
「ちゃんと読めるわね。うん、綺麗な字だわ」
「ありがとうございます」
次の紙を10枚もらって席に着く。
この仕事に慣れているのか、私が10枚描く間にミラさんは5回チェックを受けていた。
流石、文字を書く本職だ。
「確認お願いします」
「はい。うん。手鑑君の文字、とても綺麗で好きよ。はい、次の紙」
「ありがとうございます」
ミラさんのバッテンが付いた口が緩む。
依頼主さんはチェックのたびに一言褒めてくれるとっても良い人。
この寒い日に手が凍えないように仕事部屋にストーブを2つも置いてくれて、その上で沸かしているお茶を休憩時間に振る舞ってくれるらしい。
ペラッ
ハチちゃんは書き終わった術札を束にして梱包している。ハチちゃんは文字を書くのがヘ……苦手なんだとか。
この世界にもコピー機はあるらしい。
新聞売りの少年を見た時に教えてもらった。
それでも、術札は手書きでなければならない。
その理由は、術札を判定する神様が印刷だと術を発動してくれないから。
手書きの文字と違い、印刷は柄をペタッと押す。
なので、書き順のある文字と違い印刷だとインク汚れと思われるらしい。
更に、術札の文字は綺麗でなければならない。
ハチちゃんのように文字が汚……個性的だと、神様が読めなくていざという時に発動出来ないらしい。
神様、忙し過ぎない?
ここで私は、この世界の神様は2種類いるという仮説を立てた。
1つ目の神様は、クリエイター。
このゲームの世界観や物語を決める人間だ。
そして、2つ目の神様が、システム。もしくは人工知能なんかが存在するはずだ。
この世界に存在する人間1人1人の身長や体重を決めたり、術札をいちいち確認して、発動するのは人間には難しい。
なので、ゲームのシステムやルールが神様として、この世界に現実とは違う法則を与えていると考えた。
私と長谷川さんがこの世界に落ちたのは、ファンタジー小説の様に何かの神様が招いたのかと思ったけれど……少なくともこのゲーム世界に、人智を超えた力を持つ神は、存在しないかもしれない。
ここはゲームデータの中に入る映画の方が、ニュアンス的に近い。
だとしたら生身の自分はどんな形式で、このデータの中に存在しているのか。
それを知るヒントは、1時間前にある。
術札を書く前に、私の文字がちゃんと神様に認識されるか確かめた。
「水の神に感謝します。水よ」
お姉様が決められた言葉を唱えると、術札から文字が飛び出してきた。
術札が消えると同時にポットに溜まる水。
そう、今ストーブの上で沸かしている水は私が初めて作った術札で出した水だ。
現実離れした光景と、私の文字でもこの世界の神様に認知されるんだという感動で、私はかなり興奮した。
ハチちゃんに金属バットを振り下ろされるまで、自作の歌を歌い続けていたくらいだ。
私の存在、もしくは副産物は、この世界に認識されるのだ。
「すっげー、すっげー、すっげーわ♪」
『どうやって』や『どうしてか』はわからないが、自分がデータ化されているとすれば、死んだ長谷川さんを復旧できるかもしれない。
「この世をばー、我が世とぞ思う満月のぉー、欠けたる事のなっしんぐぴーぽー!うぇーい!!」
冷静になると迷惑な事をした。
「うふふ、面白い子ね」
そんな私を、文字書きのお姉様は許してくれた。むしろ、次の指名を貰えた。
ありがたや。
「また来てね」
ミラさんが超スピードで術札を書いてくれたおかげで、依頼は2時間で済んだ。
「次、行くよ」
「はい」
【スマパラそれぞれの武器】
黒金「うーん、仲間かな」
白夜「僕の可愛さに決まってるでしょ」
ヒナ「抜群の妹力ね」
ミラ(洗脳済み)「ペンは剣よりも強し!」
アチョー「向上心だと思います」
ボム「自分の軽さを活かした立体的な戦術っす!」
ハチ「金属バット、噛み付き、白夜さん」




