第9夜 それぞれの出身地
夕飯は1つの皿に盛られたパンとシチューと炒り卵だった。
思っていたより豪華で美味しい食事に私は大喜びし、料理人を褒め称えた。
「食材が良かっただけですよ」
と、長身の少年は謙遜した。
「それを活かせる職人が居なければ、素晴らしい作品は生まれません!」
私がスプーンを振って力説すると、少年が見た目と同じく穏やかに微笑む。
「ノゾミさんらしい発言ですね」
「うふふふふふ〜」
癒し系イケメンに微笑まれて、笑いが止まらない。
気にしない様に頑張っていたが、この空間内の顔面偏差値は極めて高い。天国だ!
特に黒金さんとシロさんのコンビは破壊力が凄まじい。松尾芭蕉が句を詠まずにいられないレベル。
黒金さんは南国の王子様みたいに暖かさと高貴さを兼ね備えていて、歩く石油王という感じだ。
石油王は歩くけども。
黒髪、黒目、朝黒い肌が全て一級品に魅力的で、100億ドルの価値がある美貌を持っている。
誰かー!世界遺産認定する人呼んでー!
心の石油を掘り当てられちゃうぅ〜!!
シロさんはというと、神話だ。髪、肌、唇、全てが白い。この世の俗物全てを取り払ったかの様な、触りがたい美貌。
3秒視界に入れただけで、神様から罰を下されそうな神聖さにあふれている。
誰かー!ルネサンス三大巨匠を連れて来てー!
美術界の歴史が変わっちゃうぅ〜!!
こんな美男美女に囲まれてしまえば、私の美術ライフはここで花開くかもしれない。
でも、あの綺麗な生き物、平気で『乳首』って言うんだよな。
私の視線を感じたのか、シロさんが迷惑そうに眉を顰める。
「何?」
「シロさんって綺麗ですね」
そうやって不機嫌な顔をしても、ミケランジェロだぞっ!
私がシロさんを褒めた事で、黒金さんが満足そうに頷く。
「俺もそう思うぜ。ノゾミは審美眼があるな!」
「クロが愛してくれるから、僕は綺麗に育ったんだよ」
「俺が生産者だったのか。綺麗に育ってくれてありがとう!」
黒金さんとシロさんが抱き合う。
これはラトゥール!いや、ラファエロも良い!
美少年2人が抱き合うと、尊さが何倍にも膨れ上がる。語彙力死んじゃう。
「ノミちゃん、鼻息が荒くて面白いね」
ヒナちゃんの言葉で、みんなが笑う。
ノミじゃないんだけどなぁ……。
ヒナちゃんの言葉に悪意は無さそうだし、女の子同士友達になりたいので、ヒナちゃんのみノミでOKにした。
_______
「それじゃあ、腹も膨れたし自己紹介いくか」
大体の人が食べ終わった頃に、自己紹介が始まった。
黒金さんが、立った姿勢のまま自己の紹介に入る。
「もう知ってると思うけど、俺の名前は黒金。スマイリー向日葵パラダイスのボスをやってる。困った事があったらすぐに相談してくれ」
学校の発表会の癖で、拍手をする。みんなも私の後に続いて拍手をしてくれた。
みんなの話にたびたび出てくる『スマイリー向日葵パラダイス』というものが気になったけれど、自己紹介が終わるのを待つ。
黒金さんの次に立ったのは、当然の様にシロさんだった。
「僕の名前は【BB_3031_0406_1】。みんなからは白夜って呼ばれてる。シロって呼んで良いのはクロだけだから、もう呼ばないでね」
「?????」
拍手が起こる。
シロ……じゃなくて、白夜さんの名前を聞き逃してしまった。いきなり数字を羅列されて何の情報も掴めなかった。
私の疑問をよそに、ヒナちゃんが手を挙げる。
「スマイリー向日葵パラダイスの名付け親、日向だよ!これでもお兄ちゃんの双子の妹なの!ヒナって呼んでね」
「うん!」
みんなの視線で、ヒナちゃんの兄が黒金さんである事を察した。
黄色頭のヒナちゃんと、全身真っ黒な黒金さんを見比べる。
二卵性なので顔が似てないのは気にしないとして、本当に、この世界の色素はどうなっているんだろう。
次に立ち上がったのは、席順から長身の少年か膝に乗った女の子だと思っていたけれど、立ったのは口の両端にバッテンが描かれた少年だった。
その事に、誰も不思議そうな顔をしない。
このスムーズさを考えるに、自己紹介は序列順。
気怠そうな少年は薄紫の髪に手をやって、面倒くさそうに
「手鑑。毒見と文字を書くのが仕事。ミラって呼んで」
と言った。
「なるほど!」
文字を書くから手鑑。それをミラと呼ばせるセンス。
毒見が仕事だから口の両端にアクセントがあるのか!良いキャラデザしてる!
拍手をしつつ、ナイスクール!な熱視線を向けるとミラさんは顔を顰めてそっぽを向いてしまった。
「ミラは照れ屋さんなの」
ヒナちゃんがミラさんに対するフォローを入れる。
「うるさいなぁ…」
机に顔を伏せたミラさんの首は真っ赤だった。
あー、理解理解。そういうキャラね?
次に立ち上がった。というより、立たせてもらったのは私に椅子を譲ってくれた少女だった。
黄緑のふわふわしたウサギみたいな少女は、長身の少年の膝に乗っている所為か実際より小さく見える。
「私は【KC_3031_0511_1】!!」
出た!数字の羅列!
「みんなからはボムって呼ばれてるっす!一生、ダイエットしなくて良いのが私の良い所なんすよ。よろしくするっす」
「あ、どうもっす」
ダイエット無用だなんて羨ましい。
ボムちゃんは少年の膝からテーブルに飛び移り、軽業師のように私の肩の上で逆立ちをした。
「凄い!」
どんな技術かは分からないが、ボムちゃんから一切の重さを感じない。
「いひひー」
私を感動させて満足したのか、ボムちゃんは元の席に戻った。
「次は、オレでも良いですか?」
紳士的な少年の気遣いに、首輪をした少女が頷く。少年はワザワザ私の目の前まで来て、ペコリとお辞儀をした。
「オレは【JM_3031_0507_3】といいます。ここではアチョーと呼ばれておりますので、ノミさんの好きな様に呼んでください。趣味は裁縫と天井の掃除です」
丁寧な挨拶をされ、私も椅子から立ち上がってお辞儀をする。
先程から名前の後に並べられる数字が気になっていたが、この人のイメージに合わない『アチョー』という名前の意味を知りたい。
『アチョー』は、この世界では綺麗な花の名前だったりするのだろうか。
ペラッ
シロ…じゃなくて、白夜さんがいつの間にか取り出していた本のページをめくる音がした。
「何か気になる事があるのか?」
私の疑問を感じ取ったのか、クロさんが優しく発言を促してくれる。
「質問が3つくらいあるので、自己紹介の後でも良いですか?」
「分かった」
自己紹介が再開される。
「最後はハチだね」
それまで一言も喋らなかった女の子が立ち上がった。ヒナちゃんがハチさんの手を握って、背中に手を添える。
「この子はハチ。名前は【KD_3033_0808_3】 。CVが無いから声が出ないの」
「声が出ない…?」
ハチさんが声を出さずに頷く。キャラボが無い所為でハチさんは喋れないらしい。
気付かなかった。だから一言も喋らないのか。
何か失礼な事、言ってなかったかな……。
私が黙り込んだ所為か、テーブルに座ったみんなも黙って表情を固めている。
「何か言いたい事があるなら言えよ」
ミラさんがテーブルを見たまま言った。
「えっと、キャラボってものは買えるんですか?」
キャラボが声を出す機械と推測し、質問してみた。
何故か微妙な空気になる。
「えっと、情報は神様しか左右出来ないと思うぞ」
黒金さんが微妙な笑顔で椅子を引く。
「神様??」
神様といえば、一神教と多神教がある。
思い返せば、黒金さん達は「いただきます」の前に神様に感謝をしていた。
「無の神様に感謝を。そして、新しい家族に感謝を」
みんなにそう言われて、歓迎されてると感じて嬉しかった。
この世界には人間に情報を与える無の神がいるという事で良いのかな?
そして、その情報が欠けていると声が出なかったりする。
「んん??」
声=キャラボ
「ぇっ」
やたら美男美女のパステル集団を見る。
この世界って何かのアニメ?
パラッ
ページを捲る音がする。
シロが本を取り出しめくった事で、言おうとしていた言葉を引っ込めた。
「今の所、戸惑ってるだけだよ。そのまま進めて良い」
クロは目線で頷いて、ノゾミに視線を戻した。
「えっと、質問が3つあるんだよな?」
黒金さんの言葉で、思考を現実に帰す。
「へい!えっと、何でアチョーさんはアチョーさんって名前なんですか?」
「ああ、それ?」
黒金さんがアチョーさんに視線を投げる。本人の代わりにボムちゃんが
「それはアチョーが怒ると「アチョー!」って叫ぶからっすよ」
と答えてくれた。
「お恥ずかしい……」
アチョーさんは伏し目になり、ボムちゃんの髪を指先にくるくる巻く。
「ギャップ萌えですね!」
「そう捉えていただけるなら、幸いです」
アチョーさんが柔和に微笑んだ。とてもこの少年が、怒ると「アチョー」と叫ぶ人物には見えない。
「他に質問は?」
会話が黒金さんに戻る。ゲームの選択肢を出されてるみたいだな。
【スマイリー向日葵パラダイスについて】
【みんなの数字について】←
私はすぐに忘れそうな方から質問した。
「みんなの名前……?の数字ってなんですか?」
「ん?」
黒金さんが不思議そうな顔をするので、もう少し具体的な説明しながら質問をした。
「白夜さん、ボムちゃん、アチョーさん、ハチさんの数字の事です。数字は全員にある訳じゃないっぽいですよね?男女差でもなさそうですし、何の数字なんですか?」
「!?」
黒金さんの視線が勢いよく白夜さんに向かう。
パラパラパラパラパラ
白夜さんの本が高速でページをめくった。
他の人達も困惑した表情で私を見ている。
もしかしてこれ、かなり常識的なものだった?
「ふぁ、家族会議だぁぁぁあっ!!!」
_____
【スマパラルール その1】
全員が納得するまで、とことん話し合い
により、またも家族会議が始まってしまった。
「これより、スマイリー向日葵パラダイスの家族会議を始めます。議長はスマパラのボス、黒金と」
「クロに愛されし僕、白夜がつとめます」
「「「「賛成」」」」
間髪入れずに、みんながテーブルを叩く。
「さん、せい!」
遅れて私もテーブルを叩いた。誰も白夜さんにツッコミを入れないから驚いたよ。
「今回の議題は、ノゾミが個人識別番号を知らない事についてです」
ミラさんが何処からか運んで来たホワイトボードに『ノゾミ 個人識別番号を知らない問題』と書いた。
文字を書くのが仕事と言うだけあって、手慣れている。
「ノゾミは、ハチのCVについて理解してないようにも見えました。これは明らかにおかしい」
黒金さんに問題児扱いされると凹む。
でも、仕方ないじゃん?この世界の常識とか知る訳ないし。
「ノゾミはこの問題に対して意見がありますか?スマパラには嘘を吐いてはいけないルールがあるので、そういう時は話せる範囲で話して下さい」
黒金さん、超優しい。
こういうルールの抜け道を教えてくれるあたり、本当に優しいと思う。
「これから話す事は、とてもあり得ない事だと思います。出会ったばかりの私の話を信じてくれるか分かりませんが、全て真実を話すので、信じてくれると嬉しいです」
嘘を吐くのは元から苦手な方だ。信じるかどうかは相手に任せて、私は自分の事情を正直に話す事にする。
「「信じるよ」」
黒金さんと白夜さんの言葉が重なった。
「白お兄ちゃんが言うなら信じるよ」
「真実かの保証は白夜がいるから安心しろ」
ヒナちゃんとミラさんが頷く。
そこはリーダーの黒金さんじゃないのか。まぁ、黒金さんは嘘でも信じそうだしな。
私は自分が異世界から来たかもしれない事を正直に話した。
説明は苦手なので、ホワイトボードに絵を描きながら説明する。
新宿駅で死んだかもしれない事、気付いたら7番街にいた事、そこで自分を殺しかけた人と仲良くなった事。
「それで突然、空から馬っぽい形の黒い生き物が降ってきたんです」
ホワイトボードにその時見たオバケの絵を描く。
「それは地面に当たったら粉になって消えたんですけど、白夜さんレベルの美少年が中から出てきて……」
本当に物凄い美少年だった。シルバー君並みにタイプだった。
思い返せば、あの鬼と白夜さんはよく似ている。
「ノゾミが見た黒い生き物はカゲだと思う。カゲは分かるか?」
黒金さんの質問に首を横に振る。
「カゲは影の濃い場所から現れる黒くて焦げ臭い生き物なんだ。普段は地の底に住んでいるらしいけど、月末の3日の夜しか現れない。情報を食う神の敵」
「でーた……?」
「ノゾミの世界では神の存在が秘匿されてるのか?情報は全てのものに7柱の神が授けてくれる情報の事だ。理解出来るか?」
「一応は……」
ハチさんのCVの時点で、自分が何かの創作物の世界に入っている想定はした。
今でも自分が病院のベットで不思議な夢を見てる可能性もあるけど、ここを何かの作品の世界という方向で考えてみる。
何故なら、夢の中で帰る方法を模索しても、絶対的な法則のない世界で帰れる確率は低いからだ。
それに、私の目が覚めれば、みんなが消えちゃうなんて悲し過ぎる。異世界であれ!
「分からなかったらとことん質問して良いぜ?」
私が頼りない返事をした事で、黒金さんが気遣わしげな表情をしてくれる。
私は黒金さんに心配されないように、しっかり親指を立てた。
「了解です」
そしてまた、考え事を噛み砕く。
この世界は誰かがデザインした世界だ。
一人一人の細かい情報を『神』が決めているらしい。
そして、その神の目から抜け落ちた人が設定が足りずに声を出せなくなったりする。と。
この世界に作者がいるとすれば、日本人の可能性が高いな。
謎パワーで文字や言葉を翻訳されていたとしたら違うかもしれないけど。
あとは、『カゲ』という存在が情報を食うんだっけ?
カゲはプログラム細胞死みたいなもん?
神が設定する『全てのもの』の範囲が気になる。
「本当に何も知らないんだな……」
文字係のミラさんが、私の横で眉を顰めた。
そこに私を馬鹿にする響きはなく、ただ態度から実感をしていた。
こんな時に考える事じゃないけど、ミラさんの口の端のバッテンを抑えるポーズが可愛い。
「ボス……。」
ボムちゃんが潤んだ目で黒金さんを見た。
「ボス……今日はもう寝ませんか?」
小さな彼女を、アチョーさんが優しく抱き締める。
「2人共ごめんな。騙すような事はしたくないから、ちゃんと今話すよ。心配しなくても、ノゾミは悪い奴じゃないから大丈夫だよ」
ボムちゃんの泣きそうな顔を見て、不安になる。何を話されるのか分からないが、ボムちゃんが悲しむ様な反応はしないぞ!
黒金さんが言葉を選ぶように机を指で叩く。その手に、白夜さんが手を重ねた。
「まだ、みんなの数字について教えてなかったよな」
「はい」
「例えばシロの数字が【BB_3031_0406_1】。これは最初のアルファベットが生まれた地区。その次の3031が生まれた年。0406が誕生日の4月6日で、その次の1がその地区の中で、その日何番目に生まれたかを現している」
【BB(生まれた地区)_3031(生まれた年)_0406(誕生日)_1(その地区で生まれた順番)】
ほうほう。
よく分からない数字をみんなが覚えている理由が分かった。
この法則が分かれば、名前だけで生まれた地区と生年月日が分かる。
「名前が数字の奴等は、元々上で生きてた奴等なんだ」
上といえば、空飛ぶレンコン…歯車の事だろうか。
自分の世界には無い超巨大未確認飛行物体。その周りに、たくさんの飛行船が飛んでいたので、あそこに何か住んでいる事は予想していた。
怖っ!!
上に住んでた人は名前が番号で管理されてたって事でしょ?
謎の組織から実験される白夜さんとか凄く映画になりそう!変な想像が止まらない。マジ怖い。
実験の副作用で髪が白くなりましたなんて辛過ぎる。でも美しい!
「無事に解放されて良かったですね!」
この反応か?この反応ならどうだ?
なるべくポジティブに拳を構える。
「たぶん、ノゾミが考えてる事は間違ってるぞ」
違うのか。みんなが平和なら何でも良い。
上からここに来るまでの過程は、なるべくハッピーな感じでお願いしたい。
「クロ、説明変わろうか?」
「ありがとう。俺には別世界から来た人間の反応が予想出来ない……」
あまりの常識の合わなさに黒金さんがギブアップしてしまった。代わりに白夜さんが私に説明をしてくれる。
「ポロポロ疑問を説明するよりも、まず価値観の擦り合わせが必要だね。ノゾミの世界では、神様はいないの?」
「います。けど、八百万と言うくらいたくさんいます。あとは、宗教によって違います」
「しゅうきょう?」
「え?宗教分からないんですか?」
神様がいるのに?
言葉は同じ日本語なのだから、宗教くらい分かると思うのに……。
白夜さん以外のみんなも、宗教を知らないみたいだった。
「この世界にとって神様って何ですか?」
「僕等に不平等に情報を与えて世界を作る者……かな?」
白夜さんが不満げな表情で、この世界の神を表現する。
「シロ」
黒金さんが白夜さんを嗜めるように名前を呼んだ。
「どうせ僕の言葉なんて聞いてないよ」
白くて細い指が黒いマーカーをクルリと回す。
「クロ……?」
白夜さんがハッとした顔をして、黒金さんの顔を覗き込んだ。
黒金さんが俯いたまま、鼻水を啜る。
「悲しい事、言うなよ」
「ごめ、ごご、ごめ、ごめん…!」
白夜さんが美しさに合わない慌てっぷりで黒金さんを抱き締めた。
顔が見えないので分からないが、黒金さんが泣いている。
黒金さんが泣く理由は私には分からない。
自分は2人の事情を何も知らないので、ホワイトボードの側で空気になる。
「シロも神様の子供なんだ…。ちゃんと愛されてて…ずびっ。シロは毎日、俺に幸せって言ってぐれるがら……白くても幸せって……!本当はシロもたくさん色があって、上で暮らしてる方が良いかもしれないけど…けど、」
「うんうん。僕は幸せだから!大丈夫だから!」
「ごめん、ごめんな。俺、シロの幸せを願えない悪い子だ……」
「そんな事は無い!!!絶対に無い!!!僕の幸せは100%クロが作ってるよ!」
「うぇぇ〜〜〜」
「泣かないで……」
どうしよう、この空気。
お腹が膨れて眠くなったのか、自由なヒナちゃんが机に突っ伏して寝始めた。
「なんかごめん」
私の隣で空気になっているミラさんが、コソッと話し掛けてくれる。
最初は顔にバッテンの刺青してて怖そうと思ったけど、こうして新入りを気にかけてくれる良い人だ。
「白夜は元々、空の上にある光の国に住んでいたんだ。それも結構、良い家の坊ちゃん」
白夜さんが良い家の出身というのは納得がいく。
「それでボスは白夜に対して引け目みたいなものを感じているんだ」
引け目……。
「光の国は地面から遠いから、影の国ほどカゲが現れない。それに、空を遮るものが天空城くらいしか無いから日当たりも良くて作物もよく育つ」
ミラさんの説明のおかげで、光の国と影の国。2つの国関係がぼんやりと掴めてくる。
光の国は影の国より豊かで、影の国出身の黒金さんは光の国出身の白夜さんの事を……。
「ここから少し刺激の強い言葉を使う。嫌なら、」
「大丈夫です」
何が大丈夫か分からないけど、ミラさんが分かりやすく説明しようとしているのは理解っている。遠慮なく続けてGO!
「影の国は光の国のゴミ箱だ。光の国では情報量の少ない人間は影の国に捨てられる」
「っ!」
ミラさんの言う通り、刺激の強い言葉で脳がクラクラした。
ハチさんみたいに声が出なかったり、情報が無いと生活が苦しいのかもしれない。だからと言って切り捨てるのは酷いと思う。
今見る限り、ハチさんもボムさんもアチョーさん、白夜さんも普通の人間だ。捨てられる意味が分からない。
「ここからがノゾミの世界と価値観の違いがある話になる」
「はい……」
「情報は神の愛だ。情報が多い者は神に愛され、特別な能力を授かる。反対に情報の無い人間は、神の敵であるカゲに近い」
「…………。」
神から与えられる特別な能力とは、主人公が持つ才能のようなものだろうか。
能力のある者の差別。分かりやすい構造だ。
そして根深い。
神様の匙加減で決まる世の中なんてキングオブう○ちっ○。
この世界の人は神を神として有り難がっているだろうけど、神=作者と考えてる私はやりきれない。
特に創作をする人間からして、自分の作品の登場人物が同じく設定が足りずに苦しんでいたらと思うと悔しい。
話に関係のない全人類の設定を細かく作るなんて無理だからだ。
私だって、自分の作った世界の人間に辛い思いをさせてる可能性がある。
何とも言えない思いで顔の歪む私に、ミラさんは言葉を止める。
「続きをお願いします」
ミラさんは何も言わず、頷いて続きを話した。
「俺は味覚情報が無い」
「味覚情報?」
「味覚情報が無いと味の嗜好が無い。物を食べても、それが体に害があるかどうかしか判断出来ない」
ミラさんが口の端のバッテンを指で擦る。
「味覚情報が無いのは見た目では分からないから、このバッテンは上の奴等に書かれた」
完全にオシャレだと思ってた……。
衝撃の事実に愕然とする。
「ハチはCV、ボムは体重、アチョーは身長でヒナは年齢の情報が定められていない」
ミラさんの視線に釣られて横を見ると、眠そうなヒナちゃんが黒金さんと白夜さんの仲裁をしていた。
説明に戻る。
「情報が無い者は差別される。その傾向は光の国や能力主義の組織ほど大きい。情報の無い人間は、結婚、進学、就職で真っ先に落とされる」
就職で真っ先に落とされるという言葉が、就活中だった私に完全に刺さった。
情報主義者め、許せん!
「ボムとアチョーが気にしていたのは、自分達に情報が足りないからノゾミに嫌われると思ったんだ」
「体重と身長くらい無くても平気ですよ。もちろん、味覚も」
私の答えに、ミラさんがほんわり微笑んだ。ミラさんが笑うと、口の端のバッテンが上がって可愛い。もはや愛しい。
「体重は良いとして、身長が無いってどういう事ですか?アチョーさんは高身長に見えますし……ヒナちゃんの年齢が無いというのも意味が分かりません」
「そうか。こちらの神がいなければ、ノゾミの世界では情報の無い人間はいないのか」
ミラさんがバッテンを擦りながら考え込む。
「アチョー、来い」
「はい」
それまでボムちゃんと一緒に空気に徹していたアチョーさんが、ミラさんに呼ばれてこちらに来た。
体重の無いボムちゃんは、動く椅子感覚でアチョーさんの肩の上に座っている。
「身長情報が無いとこうなる」
「いきます」
ボムちゃんがアチョーさんの肩から飛び降りた。アチョーさんが消える。いや、いた!
「小さくなってる!」
頭身はそのまま、100cmくらいになったアチョーさんが、ブカブカになった袖をプラプラ振った。
人間が縮む瞬間を初めて見た。
アチョーさんと同じ目線になったボムちゃんが、楽しそうにアチョーさんに抱き着く。
「ノゾミ、抱き上げてみろ」
「どうぞ」
子供みたいに小さくなったアチョーさんが、両手を万歳する。
「うっ」
尊さで心臓が!
「これって誘拐犯として通報されたりしません?」
心配になって辺りをキョロキョロしてしまう。
「通報しても捕まえる側はオレ達なので大丈夫ですよ」
「そうなの?」
アチョーさんが子供サイズなので、後輩なのについタメ口で話してしまった。アチョーさんは気にした様子はなく
「こんなに可愛い女の子に抱っこされたら、通報される側はオレかもしれません」
と言って照れている。ぐうかわ。
「失礼します」
アチョーさんに両手を合わせてから、いざ神妙に抱き着いて立ち上がろうとする。
あ、思ったより重い。
このくらいの子供を抱っこする機会はそこそこあったけど、アチョーさんは重くて持ち上がらない。
「あまり無理をされては腰を痛めてしまいますよ」
小さなおててが、私の肩をポンポンする。アチョーさんの言う通り、腰が悲鳴を上げていたので元の位置に戻った。
「何でこんなに重いんですか……」
「身長は縮んでも体重情報は変わらないからですよ」
つまり見た目は子供、中身は成人男性分の体重が詰まっていたという事か。私の肩に飛び乗ってきたボムちゃんが
「えいっ」
と言って、重くなる。
「ぐぇ。」
身長が無いと縮む。体重が無いと重くなる。
「つまり、情報がきめられていない要素は、可変するんですね」
設定が無いという事を現実に落とし込むとこうなるのか。あるものが無いって不思議だ。
これって便利なのでは?
宗教上の理由で差別されるのはもったいない。
その思いを素直に伝えると、ボムちゃんは大喜びで
「ノゾミちゃん大好きっす!」
と抱き着いてくれた。小さい子に好かれると嬉しい。
「ノゾミの言う通り、情報が無い事は時として有利だ。だが、便利なだけじゃ終わらない……」
ミラさんが苦々しい表情で首を振る。
「体重が無限に増えるボムが上の国にいたとしたらどうなる?」
「あ(察し)」
ボムちゃん同様、アチョーさんも無限に大きくなれるのなら、それはとても危険だ。下に送られた理由が分かる。
「嫌い?」
ボムちゃんが小リスのように首を傾ける。
「ううん。私もボムちゃん、大好きだよ。元気で可愛いし、私に椅子を譲ってくれる優しい子だもん」
「いひひっ」
ボムちゃんが笑った。
無限に重くなったり、無限に大きくなれる事が一瞬怖かったけど、ボムちゃんのおかげで本当に一瞬しか怖くなかった。
こうして実際、それが出来る人を見れば怖くない。
「上の人達もボムちゃんの可愛さを知れば、逆に来て欲しいって土下座すると思うよ」
ボム様、戻ってきて下さいって言ってももう遅い!ざまぁ!
「そっすかね?」
「そっすよ!」
ボムちゃんは嬉しそうにぴょんぴょん跳んで、食堂の壁を登り始めた。
体重が無いとあんな事まで出来るのか。
「便利なのにな〜」
「ノゾミもそう思うよな!」
いつの間にか復活した黒金さんが、会話に入ってきた。黒金さんの腰には目元を赤くした白夜さんが引っ付いている。
うっ、人面桃花!!
「俺達が怖く無いなら、コッチが気にする事は何も無い。ノゾミがこの世界について知るのはちょっとずつで良いとして……最後の質問は何だ?」
数字の疑問は解消した。この世界の事もかなり分かった。
残る質問はこれだ。
「スマイリー向日葵パラダイスについて聞きたいです」
「そうか。ちゃんと説明してなかったな」
黒金さんの合図でボムちゃんを乗せたアチョーさんが何処かに行く。
それと同時にミラさんがホワイトボードを食堂の端に寄せた。
ハチさんが黒金さんの後ろに台を移動させる。
戻って来たボムちゃんが台に飛び乗った。
「「せーの」」
アチョーさんが抱えていた布が、2人が離れる事で広げられる。
『8番街 スマイリー向日葵パラダイス』
白い弾幕に大きく描かれた黒い文字。中央には凶悪な顔で牙を剥き出す向日葵のイラストが描かれている。
この向日葵を描いた人間は、ゴッホと同じくらい病んでるに違いない。
全てを食い殺しそうな向日葵の笑みに背筋がゾクゾクした。
その向日葵を囲む様に、カラフルな手形が着けられている。
「ノゾミちゃんもここに手形ペッタンするっす!」
ボムちゃんが弾ける様な笑顔を見せた。
「良いの?」
見るからにメンバー全員の思い出が入った大切な旗だ。向日葵はヤバいけど、この旗を見ればみんなぎ楽しく作ったろう光景が見えてくる。
「何、遠慮してんの?」
ブチュッベチャベチャッニチッ
いつの間にか絵の具チューブを握っていたミラさんが、自分の手に紫色の絵の具を練り出している。
絵の具チューブがあるって事は、風景画が存在する可能性が高い。
この世界には神様は確実に居るのが、日本との違い。となると神話や宗教がはどうなるんだろう。
のぞみが世界考察を進める横で
「みんな並んで」
とミラが言い
「何すんだ?」
と言って、クロが並ぶ。クロにくっ付いてシロ、ヒナ、車椅子を押すハチが続いた。
グチルルルッ
口の詰まった音を立てて、黒金さんの手に黒い絵の具が乗せられた。
「おおっ??」
「白夜も手」
「ん」
白夜さんの手には白い絵の具。
「ヒナ」
「はーい」
「ハチ」
「ぴゅー」
ハチさんが口笛で返事をして、それぞれの手に黄色と赤の絵の具が垂らされる。
「ボムとアチョーも」
「はいっす」「はい」
ボムちゃんの手に黄緑、アチョーさんの手にオレンジが落とされた。
「ノゾミ」
「はいっ」
ついに自分の名前が呼ばれ、何色の絵の具を出されるのか楽しみに手を出すと
ベチョッ
紫色の粘っこい手が、私の右手を掴む。
「ほい」
「いえーい!」
「なるほど」
「ああ〜!」
「ぴっ」
「OKっす」
「失礼します」
紫から黒、赤、黄色、黄緑、オレンジ。
みんなが順番にタッチをして、みんながみんなで手を繋ぎあって、色と色が混ざりあう。
たくさんの色が混ざり合って、汚い茶色が出来上がった。
絵の具あるあるだ。
「白夜さんも」
白い絵の具を手に乗せた白夜さんに向かって、手を差し出す。
「僕は良い。白を混ぜたら、みんなの色が消えちゃうから」
白が他の色を消す?
これもこの世界の独特の価値観か。そんなもんはポイっだ。
この人は、何を遠慮してるんだろう。
「白夜さん含めて家族ですよ!」
みんなと色を混ぜ合った事で、私はミラさんの言いたい事が分かった。
「お前も家族なんだから、遠慮せずに手形を着けて来い」
そういう事なんだろう。なら、私の色には白夜さんの色も必要だ。
「シロ」
黒金さんに促されて、白夜さんが誰とも混ざっていない白を私の前に差し出した。
グチュッ
汚い音を立てて、不快な感触が手と手の間に混ざり合う。
「よしっ」
みんなの色が混ざった茶色い手形が、旗に残った。
絵の具を乾かすために、旗を壁に貼り付ける。
それから、みんなで一列になって旗を眺めた。
「改めて。皆さん、よろしくお願いします!」
「おう!」
私の横に並んだ黒金さんが、向日葵みたいにニカッと笑う。
「ようこそ!スマイリー向日葵パラダイスへ!」
色とりどりで色の混ざり合った手が、私を優しく迎えてくれた。
ところで良い雰囲気のな申し訳ないけど、スマイリー向日葵パラダイスって何?
【のぞみメモ】
手鑑とは。
手本、規範のこと。
代表的な古人の筆跡を集めて本にしたもの。
古筆の鑑定、保存用に用いられ、嫁入り道具にもなった。
私がミラさんの名前を気に入ったポイントは、
その手鏡と同じ文字の響きで、相手の手(文字)を写す事、自分の手を映し、文字にする事で自分の精神性を現せる事。
そんな思想を手鑑から感じていたので、大興奮した。
みんなの個人識別番号
白夜【BB_3031_0406_1】
ボム【KC_3031_0511_1】
アチョー【JM_3031_0507_3】
ハチ【KD_3033_0808_3】




