目覚め
エセルが次に意識を取り戻したとき、全身を包んでいたのは、冷たさでも、温泉の熱でもなかった。
それは、柔らかな獣の毛皮と、静かで、圧倒的な安寧だった。
そこは泉の広間よりもさらに奥まった、荘厳な空間だった。自然の洞窟というより、古代の職人が手を加えたかのような、神殿のような場所。
壁は磨かれた黒曜石でできており、中央には巨大な岩を削り出した祭壇のような台座があった。
エセルは、その台座の上に敷かれた、見たこともないほど上質な白い毛皮の上で、裸のまま横たわっていた。
彼女の傍らには、漆黒の長髪を無造作に垂らしたノクスが、すでに衣を纏い、岩にもたれかかっている。彼は眠っているようには見えず、ただ、祭壇のような台座を見つめ、静かにエセルの覚醒を待っていたようだった。
体は重い。
しかし、昨日までの疲弊や傷の痛みは、驚くほど和らいでいた。腕にあった兵士に切られた傷は、すでに痕跡すら残していない。
「……ノクス」
エセルが掠れた声で名を呼ぶと、ノクスはゆっくりとエセルの方へ視線を向けた。その赤い瞳は、昨夜の情熱的な炎ではなく、夜明け前の静かな星のように落ち着いていた。
「目を覚ましたか、エセル」
ノクスの声は、どこか穏やかさを帯びていた。
「ここは……」
「ここは、この森の力の源泉。我の領域の最も深き場所だ。」
エセルは自分の身体に触れた。
娼館で刻まれたすべての傷跡、痣、そして兵士に穢されかけた記憶の熱。
それらが、彼の「儀式」と、この場の神聖な力によって、本当に上書きされ、消滅したかのように感じられた。
彼女は、娼婦の汚名を背負う前の、何もない、まっさらな自分に戻ったような気がした。
「私の身体は……」
「もう、穢れは去った」
少し置いて、ゆったりと優しく語る。
「我の番として、お前が過去に背負ったすべての泥は、このノクスが引き受けた」
ノクスは、ゆっくりとエセルの傍に座り直した。
「さて、エセル。お前がこれから何者になるのか、話し合う必要がある」
エセルは毛皮を胸元まで引き上げ、ノクスと向き合った。彼女はもはや、娼婦ではない。
この強大な竜の、唯一の番だ。
「これから、私は、どうすればいいの?」
エセルは静かに尋ねた。
「簡単だ」
ノクスは言った。
「番としての役割を果たす。お前には、我が千年の孤独を終わらせる、竜の子を産む義務がある」
「義務……」
エセルの瞳が、一瞬冷めた。娼婦として、身体を売る義務から逃れたのに、今度は竜の子を産む義務を課せられた。本質は変わらない支配だ。
「それが、お前が生き延びるための代償だ、エセル。お前は、我の所有物となり、我の庇護を得た。二度と人間に凌辱されることはない。その代わりに、お前の生と未来は、すべて我のものとなる」
ノクスはエセルの抵抗を予測していたかのように、言葉を続けた。
「だが、約束しよう。お前が命じることのほとんどは叶えてやる。お前は、この洞窟の女王だ。お前は望む。どんな生活を望む? 贅沢か? 知識か? 愛か?」
エセルは考えた。娼館での生活、ヘイゼルの死。そして、今、目の前にいる、絶対的な力を持つ雄。
「私は……一人になりたくない」
エセルは本音を漏らした。
「娼館では、身体を売っている時以外は、ずっと一人だった。誰にも本気で向き合ってもらえなかった」
ノクスは、その答えに、わずかな驚きを見せた。
「孤独を恐れるか。理解できる。我も千年、孤独だった」
ノクスは、エセルの手の甲に、そっと自分の手のひらを重ねた。人型の彼の手は、冷たく、そして力強かった。
「お前の孤独は、ここで終わる。我は、お前を番として扱う。恋人として、妻として。お前が知識を望めば、我の知るすべてを教えよう。だが、何よりも、お前は我と共にいる。永遠に。そして、竜の子を産んだ後も、お前は我の唯一の愛しい存在だ」
彼は、エセルの瞳を見つめ、静かに微笑んだ。
「さあ、エセル。これから、このノクスと共に、どのように生きるか。お前の望みを言え」




