25:選定
中央国アラキラ。
赤竜商会の本部地下、厳重に空間遮断の魔法が施された会議室。
空気は重く、壁を叩く魔力の残響だけが聞こえる静寂に包まれていた。
ヴァルカンは、磨かれた大理石のテーブルに子爵の証書を放り投げた。
その燃えるような赤い髪と、鮮やかな緑の瞳の鋭さが、地下室の冷たい光の中で際立つ。
対面に座る銀竜ルキウスは、白いシャツに無表情な顔を埋め、まるで部屋の重さと不釣り合いなほど几帳面に書類を広げていた。
ヴァルカンは、肘をテーブルにつき、親しみを込めた昔馴染みの口調で話しかける。
「ルキウス。ノクス様からの指令通り、極秘鉱山への奴隷調達ルートが手に入った。
王家は実験体を欲しがっている。そして、ノクス様はおまえをその『奴隷』として紛れ込ませろってさ」
ルキウスは、一瞬だけ銀色の瞳をヴァルカンに向けた。
「わかってますよ。まぁ奴隷の身分となることは、予想してました。
だって、私、外見的には魔力たっぷりなドラゴニアですし。」
ルキウスは、手元の財務表を指し示した。
「ですが、ヴァルカン殿?商会が奴隷を仕入れる際に生じる、仕入れ価格をどうやって公的な帳簿から隠すつもりですか?私自身、奴隷の烙印を押されることになるわけですし、慰謝料も欲しい。」
ヴァルカンは、ルキウスの真面目さを面白がるように、口の端を上げた。
「心配ご無用だ。国王から預かった国庫の一部管理権限を使って、『祖霊調達資金』という名目で、その費用を確保されてる。お前が高くても問題ないよ。」
ヴァルカンは、ルキウスとの打ち合わせを終えると、聖域にいる紫竜アメティストの元へと情報を届けた。
数秒の後、冷たく、しかし威厳のある女性の声が空間に直接響いた。
『ヴァルカン。突然なんでしょう。要件を簡潔に。』
アメティストは、竜唯一の女性体であるが真面目で気難しい。そして、怒らせると怖い。
「アメティスト。奴隷調達を使って、アラキラ王家から依頼された。潜入捜査のため、奴隷の中に20名ほどうちの兵士を潜入させたい。」
彼の声に緊張の色が交じる。
『その役割には優秀な兵士が必要だが、ルキウスは書類仕事は得意だが、一人では、命の保証がない。あんたの育ててる兵士の中にも人間はいるか?』
アメティストの声には、緊張感が加わった。
「いますよ。優秀で元気な人間。
ですが、貴方のために使い潰されるのは御免被るのですが⋯」
「その通りだ。心配なのはわかる。
だからこそ、加護持ちのドラゴニアも一緒に潜入させたい。
あんたの心配もわかる。
でもな?あのルキウスが一人で潜入してみろ?魔力があっても体力と度胸がない。
アイツを守る優秀な人間の兵士が必要なんだよ。
腕が立ち、命令に忠実な者たちを何人か選出してはもらえないか?」
アメティストは、ヴァルカンの要求の本質を理解し、一瞬、息を飲む音が伝わった。
彼女の返答は、戦略と個人的な決意が入り混じった重いものだった。
『...わかりました。私の元で訓練された人間の中、最も優秀で忠実な者たちを選出します。
そして、その部隊の指揮は、私の番であるガルドに任せてもらえませんか?
彼は元傭兵。役に立つでしょう。』
ヴァルカンは、アメティストが個人的なリスクを負ってまで作戦に参加させるという決意に、驚きを隠さなかった。
「番を...!アメティスト、あんたの提案は嬉しいが、もしもの時どうするんだ。」
彼は少し考え込む。
「しかしまぁ、ここまで適任もいないな。
ルキウス、あんたの番、そして選出された人間たちの命は私が責任を持つよ。」
『問題ないわ、あの人は竜の番。並の人間よりも強い。
すぐにそちらへ送るよう準備するわ。』
こうして、潜入作戦は進行していった。




