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クロマティ・ヘゲモニー 万色竜の覇権  作者: 鞘沙耶
ドラゴニア王国
73/86

19:任務完了

私、クプロ好きなんです。お金に対してのマッドさが好き

ノヴァは、レオンハルト公爵邸から転移で戻ると、聖域からさらに空間を隔てた、エルグランド王国の首都の地下深くにある、クプロの臨時拠点へと現れた。

そこは、最新の魔導通信機と膨大な帳簿が積み上げられた、冷たい石造りの部屋だった。

ファーンは、すでにクプロと共に待機していた。ノヴァの登場と同時に、ファーンは鋭い視線を向けた。


「ノヴァ殿。作戦開始まで残り一刻です。公爵への報告は問題ありませんか?」


ファーンは、ノヴァのプラチナブロンドの髪の乱れ、そして紫の瞳の奥にある熱の残滓に気づきながら、あえて尋ねた。

ノヴァは、私情を一切押し殺そうと、深く息を吐いた。

だが、胸の奥で、公爵の「ヴィクトール」という名前が、熱い烙印のようにノヴァの心に焼き付き離れない。


「ええ、完了したわ。レオンハルト公爵の情報に間違いはないわよ。ヴァリエール伯爵家の金庫は地下最深部で、アラキラ王国との秘密契約書が保管されているわ。クプロ、あなたの準備は整っているかしら?」


ノヴァは、いつもの冷徹さに妖艶な響きを混ぜて報告した。

クプロは、クロードの姿のまま、豪華な椅子に優雅に座り、指に嵌めた純金のリングを弄んでいた。


「もちろんだ、ノヴァ殿。この私に不可能な取引など存在しない。アラキラとヴァリエール伯爵の間の資金の流れは、魔導証文を通じて、まるで透明な水の流れのように私の金の魔力に開示されている。時刻と同時に、私は彼らの金融の心臓を凍結させる」


クプロは、ノヴァが持つ空間魔法がこの作戦の鍵であることを理解していた。


「ノヴァ殿、君の制御が、私の魔法を完成させる。我々が金庫へ到達してから、契約書を書き換えるまでの猶予は一秒もない。さぁ、参ろうか」

クプロの言葉が響いた後、部屋に短い沈黙が訪れた。

ファーンは、その沈黙の中で、ノヴァへと一歩踏み出した。


「待って、ノヴァ殿」


ファーンの声は低く、友を案じる真摯さに満ちていた。


「なによ、ファーン。時間がないじゃないの」


ノヴァは、動揺を悟られまいと、努めて冷静に返した。


「今の貴方からは、いつもの冷静さを感じないんです。」


ファーンは、ノヴァの紫の瞳を真正面から見据えた。


「貴方の魔力は不安定で、まるで、氷と炎が混ざり合ったように、揺らいでいる。そして、貴方の心臓の鼓動――熱を帯びている」


ノヴァは、隠し通せない動揺を感じ、思わず目を逸らした。ファーンは、ノヴァの数百年の盟友として、その異変を瞬時に察知したのだ。


ノヴァの脳裏に、ヴィクトールの赤い瞳と、「つがい」という、理性を焼き切るほどの熱い言葉が蘇った。

彼は、その動揺を打ち消そうと、両の手を強く握りしめた。


「気のせいよ、ファーン。私、ノクス王の命を受けているの。私情なんて入り込む余地はないわ。これは、王国の未来に関わる重大な作戦よ」


「王国の未来…ですか」


ファーンは皮肉めいた笑みを浮かべた。


「貴方ほどの純粋な白竜の魂を揺るがすものが、私情で片付くと思わないな。貴方は、その熱を抱えたまま、一秒の失敗も許されない潜入に臨むというのですか?」


ノヴァは、反論できなかった。ファーンの言葉は、最も恐れていた真実を突きつけてきた。

クプロが、二人の間に割って入った。


「今は感傷に浸る時ではないと愚考する。ノヴァ殿の動揺が、作戦の成功率をわずかでも下げるなら、延期も検討すべきかな?」


「いらないわ」


ノヴァは、短く、しかし強い意志を持って言い切った。


「私の魔力精度に問題はないわ。個人的な感情が、私の責務を侵食することはないの。……行くわよ、クプロ!」


ノヴァは、熱を心の奥底に封じ込めるように、自らの心臓に冷たい魔力を叩きつけた。

ノヴァは、クプロの肩に手を置き、自らの魔力を最大限に凝縮した。彼の意識は、目の前の任務だけに集中していた。


(ヴィクトール、貴方は私の番ではないわ!)――その理性の叫びを原動力に、彼は魔力を制御した。

ノヴァが目指すのは、ヴァリエール伯爵邸の地下深く、魔導防御が最も強固な金庫室の内部だった。

周囲の空間がまるで水面のように歪み、次の瞬間、二人の姿は、音も光もなく、ヴァリエール伯爵家金庫室の中心へと転移した。

金庫室は、分厚い鋼鉄と、複雑な防御術式が刻まれた魔導壁に囲まれた、重苦しい空間だった。転移の成功は、動揺を圧し殺したノヴァの制御の証だった。

「間に合った!」


クプロは、金に輝く瞳を鋭く見開いた。

目の前には、アラキラ王国との血判が押された秘密契約書が厳重な魔法防御のガラスケースに保管され、その横には、公的魔導登録書として束ねられたアラキラからの担保資産の権利証が置かれていた。

「ノヴァ殿、魔力を全開に!」


クプロが叫んだ。

クプロは、その華美な高利貸しの装いとは裏腹に、完璧な計算機と化した。彼は指を素早く動かし、銅色の巨大な魔力の渦を発生させた。

その魔力は、金銭の価値そのものを制御する。


「我が名はクプロ。この世の価値と富の支配者。貴様らの不当な利益に、凍結の審判を下す!」


クプロの魔力は、金庫室内の公的魔導登録書と、王国各地にある公的な富の証文、そしてヴァリエール伯爵家の魔導帳簿へと瞬時に浸透していった。


 (息を吸う) アラキラの王室が担保として差し入れた領地の権利と鉱山の採掘権を記した魔導登録書の「価値の魔力」が、クプロの魔力によって直接的に無効化された。

 (息を止める)ヴァリエール伯爵が、その担保を元に国外の魔導銀行から得ていたすべての融資の公的証文が、「債務不履行」の状態へと魔法的に拘束された。

 (そして、吐く) ヴァリエール伯爵の邸宅と領地すべてに、「担保物件」として差し押さえの魔導印が、不可視の魔力で刻まれた。



「完了だ!」


クプロは、魔力を収束させた。

ノヴァは、クプロの声と同時に動いた。彼の白い魔力がガラスケースを無音で無効化させ、内部の秘密契約書を取り出した。

ノヴァは、冷静な表情の下で、己の感情を切り離すように、魔力を契約書に流し込んだ。ノヴァの魔力の精度は完璧だった。

アラキラからの資金の流れを証明する最も重要な項目が、


「友好のための装飾品取引」


という無意味な文言へと瞬時に書き換えられた。


「契約書の改ざん、完了よ。これでアラキラは、ヴァリエール伯爵への資金援助が単なる貿易失敗であったとしか主張できなくなるわ」


ノヴァは、書き換えられた契約書を元のケースに戻した。


「完璧だ、ノヴァ殿」


クプロは満足げに頷いた。

ノヴァは、金庫室内に魔力の痕跡を残さないよう、細心の注意を払いながら、クプロの肩に手を置き直した。


「撤収よ」


空間が再び歪み、ノヴァとクプロの姿は、金庫室から音もなく消失した。

ヴァリエール伯爵が目覚める頃、彼は一夜にして全財産を失ったことに気づくことになるだろう。竜達の経済支配が、こうしてエルグランド王国の中枢に静かに打ち込まれたのだった。



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