17:トリニティ
ノクス王の指令から三日後。白竜ノヴァと緑竜ファーンは、エルグランド王国の首都で最も権威ある王立商業銀行の裏手にある、豪華なプライベートサロンへと転移した。
部屋の空気は、金庫の冷たい鉄の匂いと、濃密な「金」の魔力が充満していた。
サロンの中心には、銅竜クプロがいた。
彼は、裏金融界を牛耳る辣腕な高利貸しクロードの姿で、その装いはルクス伯爵すら霞むほどに華美だった。彼のベストのボタン、カフス、ポケットチーフのすべてが純金で、指にはいくつもの宝石が嵌められたリングが光り、まるで彼自身が巨大な財宝であるかのようだった。
「ようこそ、ノヴァ殿、ファーン殿。こんなところで立ち話は野暮だ。上質なワインを用意してあるよ」
クプロは、滑らかで光沢のある銅色の髪を優雅にかき上げた。
彼の瞳は、ノヴァの紫と同じく人の心を射抜く力を持っているが、その輝きは、価値と数字への狂的な愛情に満ちていた。彼の言葉遣いは丁寧だが、その声には支配的な冷たさが宿っていた。
「クプロ殿、無駄話は結構です。王命ですよ」
ファーンは、いつものように冷静な声で、テーブルの上に広げられたヴァリエール伯爵家とアラキラ王国の複雑な契約書と銀行取引履歴を指した。
クプロは、グラスを揺らしながら、その金に満ちた瞳を細めた。
「承知している。ヴァリエール伯爵は、アラキラの『黒い塵』のために、国境を越えた秘密の高利貸し付けと物資供給の担保という形で、巨大な金融の鎖を構築している」
クプロは、しなやかな指先で、契約書上の最も重要な三箇所を叩いた。その動きには、数字を完全に支配する自信が滲んでいた。
「ノヴァ殿は、協力者より実行日を掴んだ。ファーン殿は、術式の解除方法をヴァリエール伯爵の隠し書庫から探り出す準備を整えた。私の役割は、その物理的な破壊の前に、彼の生命線を叩き潰すことだ」
クプロは、優雅に笑い、金の魔力を指先に集中させた。
「明日未明、彼らの契約上の『最終支払期日』が巡ってくる。私はその瞬間に、アラキラ側の『担保資産』の無効化と、ヴァリエール伯爵の『裏口座』の強制凍結を行う。ノヴァ殿、君にはその瞬間、凍結した資金の証拠と、契約の改ざんを物理的に行うために、ヴァリエール伯爵家の金庫へ私を連れて行ってほしい」
ノヴァは、クプロの大胆かつ精密な計画に、驚愕すると共に恐怖を覚えた。
「いいわ。空間魔法での侵入と離脱は、私の最も得意とするところ。貴方の経済的な熱を、私が物理的な速度でサポートいたしましょう」
ノヴァは、口元に伯爵としての冷たい笑みを浮かべた。
ファーンは、ノヴァの様子がいつもと違うことに気づいていた。ノヴァの紫の瞳の奥に、燃えるような赤い影が揺らめいている。
「ノヴァ殿、大丈夫ですか?」
ファーンは、クプロに聞こえないように、小さな声でノヴァに問うた。
「レオンハルト公爵と何かあったのでしょう?あの日から変ですよ?」
ノヴァは、彼の指摘に、戸惑いを感じた。
「余計なお世話よ、ファーン。ノクス様の協力者として彼を見定めただけよ。何もなっかたわ。何もなかったのよ⋯」
しかし、ノヴァの心臓は、クプロ愛する金の輝きを見ても、ファーンの心に触れても、昨夜感じた赤い熱のように高鳴ることはなかった。ノヴァは、「番」への無自覚な引力を「協力者への警戒心」と誤認することで、必死に理性を保とうとしていた。
クプロは、二人の静かなやり取りを無視し、指先の魔力をさらに凝縮させた。
「さあ、準備は整った。ヴァリエール伯爵の血流を止め、アラキラの動脈を硬化させる。」
三体の竜は、それぞれの得意とする領域──経済、空間、情報──を融合させ、エルグランド王国の裏側で、静かに世界を支配する作戦を開始するのだった。




