万色竜を統べるものの名
万色竜といえば、ティアマト様ですよねーでもここでは例外とさせてくださいな。
その絶対的な支配を前に、エセルは、せめて彼を人間として、個として認識したかった。
「……貴方の、名前は?」
エセルは、恐怖と混乱の中で、震える声で尋ねた。
青年となった黒竜はその質問に、わずかに瞳を細めた。
彼の口元に、冷酷な笑みではない、どこか寂しさを帯びたような、微かな表情が浮かんだ。
「名前など、たかだか短命な種族が、互いの存在を繋ぎ止めるための、脆い呪文だ」
彼はそう言いながらも、エセルの顔に近づいた。その息遣いが、湯気と共にエセルの肌を優しく撫でる。
「だが、お前が望むなら教えてやろう。この森の主、万色の竜を統べる我の名は――」
黒竜はエセルの濡れた金髪を掴んでいた指を、ゆっくりと、彼女の顎へと滑らせ、顔を上げさせた。
「ノクス」
闇を意味する、静かで力強い響きだった。
「闇。それが、我の真の名だ。そして、お前がこれより永遠に寄り添う、番の雄の名だ」
彼の指先がエセルの顎を離れると、そのまま湯気に濡れた首筋を辿り、胸元へと降りていく。
ノクスの目は、エセルの濡れた裸身を、品定めするのではなく、所有物を確認するように、深く見つめていた。
「エセル。湯は、お前の身体の表面の泥は洗い流したが、魂に刻まれた穢れは、まだ残っている。お前の身体を汚した人間どもの匂いは、我にとって、この上なく不快だ」
ノクスは湯に浸かったエセルの手首を掴み、そのまま優しく、しかし有無を言わせぬ力で引き寄せた。
「だが、案ずるな。それは、これから始まる我の儀式によって、徐々に清められていく。お前は、我の子を産む身体となる。そのための準備は、今から始める」
エセルは、彼の突然の行動と、肌の触れ合いから伝わる圧倒的な熱に、息を詰まらせた。
「ちょっと!待って、ノクス!まだ……」
「待てぬ。我は、千年待った。これ以上、番の身体を傍に置いて、ただの湯浴みで終わらせるほど、理性的な雄ではない」
ノクスの声は低く、しかし、情熱に燃えていた。彼は、エセルの抵抗を許さず、彼女の腰に手を回した。
「お前の身体は、確かに人間に穢された。だが、その記憶は、我の熱によって、上書きされる。今宵、お前は、この世の誰よりも、純粋な雄の愛を知るのだ」
湯気の立ち上る泉の中で、二人の運命の歯車は、激しく、そして不可逆的に回り始めた。




