14:時として運命は
この後数話ノヴァの話が進みますが、BL的要素がはいりますので気分を害される方は前書きをよく読み飛ばしてください。
ファーンの寝ぐらとする廃墟には、冷たい月光だけが差し込んでいた。ノヴァとファーンは、この無機質な空間で、収集した情報を統合していた。
「ノヴァ殿、僕の情報とあなたの情報、照らし合わせった結果、今回の実行は延期だ」
ファーンは、ノヴァの感情的な混乱を無視し、切り出した。
「あなたの『明日の未明の実行』という情報で我々の行動を起こすにはまだ早すぎる。ですから、施設の確認(偵察)に変更します。破壊は、ヴァリエール伯爵本人の動向を探ってからでも問題ないでしょう。彼が物資を運び込む動線を調べ、黒い塵の有無を見つけないと」
ノヴァは不満げに眉をひそめた。
「ええ?せっかくあの気持ち悪い匂いに耐えて手に入れた情報なのに。延期なんて!」
ファーンは、机上の設計図から顔を上げ、別の羊皮紙をノヴァに突きつけた。その羊皮紙に書かれた名前に、ノヴァは息を飲んだ。
「そして、もう一つ。この黒い塵の情報を持つとされる人物がいる。あなたが見かけたという、あの赤い髪の男──彼が、その情報を持っているらしい」
ファーンの声は、普段よりもわずかに重かった。
「彼は、現国王の非嫡出子である『レオンハルト公爵』で。王家からは疎まれ、数多の戦場に送られ続けてきた捨て駒のような人物。ですが、軍内では絶大な支持を持つ力ある騎士でもあるようです」
ノヴァの紫の瞳が、驚愕と、言いようのない興奮で細められた。
「…公爵?あの熱い魔力の持ち主が?…待って、ファーン、なぜそんな人物が、私の前に現れたの?」
ファーンは言葉を続けた。
「彼は、このエルグランド国内で、現王家の反対派を集め、ドラゴニア王国との共鳴を図る機会を伺っているという情報を得ました。さらに、彼の血筋には、わずかだがドラゴニアの血が混ざっているらしい。そのせいで、彼は微かな魔力を持ち、現王家から恐れられ、遠ざけられている」
ノヴァは、自分の心臓が高鳴った理由が番いではないことに気が付かないうちに、ショックを受けていた。
ノヴァは、燃えるような興奮と、竜としての探究心に駆られた。
「運命のイタズラが過ぎるわ。私が『番』にしたいと思った相手が、王家の捨て駒で、なおかつドラゴニアの血を引く公爵ですって?──ファーン、私はヴァリエール伯爵を追う前に、彼に接触するわ、そして、ドラゴニアと協力できる相手か確かめる!」
「危険です、ノヴァ殿。魔力を持つ彼は、あなたに何かするかもしれない」
「だからこそよ!」
ノヴァは、笑みを浮かべた。その笑顔は、伯爵の優雅さではなく、獲物を前にした竜の獰猛さを秘めていた。
「私の隠蔽魔法を施した転移で侵入する。彼が私に気付けるかどうか、試す価値があるわ」
ノヴァは、レオンハルト公爵邸の図面を頭の中に完璧に描き出すと、周囲の空間を捻じ曲げ、気配の痕跡すら残さぬよう、慎重に魔法を圧縮した。彼の紫の瞳は、決意の光を放っていた。
レオンハルト公爵邸は、王宮の華やかさとは異なり、簡素だが軍人の威厳に満ちた佇まいだった。ノヴァは、最高レベルのステルスを施した空間魔法で、公爵の私室へと音もなく侵入した。ノヴァの耳に聞こえてくるのは、自らの静かな呼吸の音と、部屋の隅の暖炉で薪が爆ぜる、心地よく乾いた音だけだ。
レオンハルト公爵は、背を向けて窓の外の月光を眺めて立っていた。彼の燃えるような赤い髪は、暖炉の炎と月光の中で、この静謐な空間の中で唯一、強い熱を帯びているように揺らめいていた。
(完璧よ、気配を完全に消した。私を見破れるはずがないわ)
彼は、慎重に、魔力を開放する寸前まで公爵の背後に近づいた。
その瞬間、レオンハルト公爵は、庭園を見つめていた視線を動かすことなく、静かに言葉を発した。
「いらっしゃい、ルクス伯爵。まさか、私に情熱的な夜の続きを求めて、こっそり来てくれたとはな」
ノヴァの高鳴る心臓は、一瞬にして凍りついた。彼は、潜入を見破られたことに、言いようのない焦りと屈辱を覚えた。
(馬鹿な!気配を消していたのに…!なぜ、なぜ私だと分かった!?)
ノヴァは、混乱した。
レオンハルト公爵は、ゆっくりとノヴァの方へ振り返った。その眼差しは、昨夜の警告の時とは比べ物にならないほど熱く、深く、すべてを見通すようであった。
「そんなところで立ちすくんでいないで、座りなさい。私の部屋に来た客を、立たせたままにするのは趣味ではない」
公爵の低く、わずかにハスキーな声が響くたびに、ノヴァの胸が強く高鳴るのを感じた。ノヴァは、その感情を驚きと焦りからだと、無理やり解釈した。
(ありえないこれは、ただの協力者を見極めるため)
ノヴァは、自らの揺れる感情を理性で抑え込み、その場に立ち尽くしたまま、声を出した。
「どうして分かった。私は、最高精度の隠蔽術を使った。…貴方は、私が『ドラゴニアの者』だと、なぜ気がついたのですか?」
レオンハルト公爵は、その燃えるような赤い髪に手をやり、深く、優しく笑った。その笑顔は、昨夜の冷徹な紳士の顔とは別人のようだった。
「座りなさい、ルクス伯爵。そして、この古いワインでも飲みなさい。話はそれからだ。夜は、まだ始まったばかりだろう?」
公爵は、テーブルの上のデキャンタからノヴァの分のグラスにワインを注ぎ、ノヴァの紫の瞳から一瞬たりとも目を離さずに、彼に座るよう促した。ノヴァは、その力強い視線と、鼓動を高鳴らせる声から、一秒たりとも目を離すことができなかった。




