12:麗しの伯爵
西の大国、エルグランド王国の首都
夜が深まり、ノヴァが狙いを定めたヴァレンヌ公爵の邸宅は、厳重な警備に包まれていた。
ノヴァは、裕福な伯爵の姿を維持したまま、周囲の空間を曲げ、姿を隠した。警備の目が途切れた瞬間に、彼は音もなく、令嬢の私室のバルコニーへと音もなく着地した。
小さなノックを3回。それが合図だった。
音もなくバルコニーの扉が開かれる。
部屋は燻らせた香が満ちており、外界の緊張感とは隔絶されていた。ノヴァは、令嬢をソファに深く抱き込み、その伯爵としての仮面の下で、冷徹に彼女の心の隙を探っていた。
「ああ、リュディエンヌ。君のこの柔らかな髪を撫でていると、外の世界の騒乱など、どうでもよくなるようだ。」
ノヴァは、低い、囁くような声で甘く語りかけた。
「誰も彼も、あのドラゴニア王に怯えている。君は大丈夫、私が守るよ。」
リュディエンヌは、ノヴァの甘い言葉に酔いしれた。そして深く彼の胸に潜り込むと。猫が泣くような声で話す。
「伯爵様…、あの親書は、本当に戯言でしょうか。父は怒り狂っていますが、母は怯えていて、もし、彼の国が本当に存在していたのだとしたら…」
彼は、不安を取り除く恋人として振る舞いながら、彼女の不安をうまく使い、話題を目的の方へと進めていく。
「心配ない。私がいるだろう?だが、君ほど賢い女性なら、知っているだろう?あのアラキラのグラント将軍が、軍資金のことで頭を悩ませて、周囲に泣きついていると」
「それは…」
リュディエンヌは、躊躇した。父がイライラとしながらぼやいていた。それを知っている。
しかし、それを話すことは躊躇われた。
ノヴァは、彼女の耳元に唇を寄せ、再び囁いた。
「大丈夫。私とあなただけの秘密だ。その不安を、私がすべて引き取ろう。…ねぇ、アラキラが資金繰りに困って、あなたの父上に援助を求めてきた、そうではないのかい?」
令嬢の身体は、ノヴァの囁きと、王国の秘密を明かすことへの緊張で、微かに震えた。
「お願いよ、伯爵様…私を助けて…。父が言っていたの。アラキラの将軍が、秘密裏に我が王国の北の鉱山にある研究施設への資金援助を申し入れているのよ。父が何をしているかはしらないの、でもとても重要な共同研究だといっていたわ。」
令嬢は、すべてを吐き出した。ノヴァの優しさと、秘密の共有という甘い毒に魅了され、アラキラ王国の軍事的な弱点とエルグランドの共犯関係という、決定的な初期情報を漏らしたのだ。
ノヴァは、令嬢の不安が解消されたのを確認し、彼女に最後の口付けを与えた。その瞬間、彼の心は勝利で満たされていた。彼は令嬢の眠りを確認すると、身についた甘い香水の匂いを心の底で嫌悪しながら、次の任務のため空間を操作した。
その頃、王宮の反対側にある広大な王立書庫の最奥では、ファーンが静かに任務を遂行していた。
彼は、物静かな書庫番の姿で、古代の軍事開発の記録を読み漁り、ノヴァが社交界で流した噂と情報を照合していた。
ファーンは、触れるだけで情報が流れ込む魔法を使い、厳重に封印された記録から、竜に対しても有効な可能性を秘める「黒い塵」と呼ばれる兵器の試作記録を見つけ出した。その製造拠点は、ノヴァが得た情報と一致する北の鉱山の施設だ。
ファーンは、ノヴァが間もなくここへ転移してくることを知っていた。
書庫の片隅で、微かな魔力の渦が一瞬生まれた。ノヴァが転移してきたのだ。
ノヴァは、ファーンの姿を認めると、先ほどの伯爵としての優雅な笑顔を瞬時に引っ込め、派手な仕草とともに嘆息した。
「ごめんあそばせ!聞いてよ、ファーン!もう嫌になっちゃうわ、あの女の匂いが身体中に染み付いて!うぇ、吐きそうよ」
ノヴァは、着ていた高価な伯爵服の襟元を掴み、大げさに風を送りながら愚痴をこぼした。
ファーンは、慣れた様子で感情を動かさず、冷たい視線を向けた。
「ノヴァ殿、お疲れ様です。ですが、その前に情報ください。その不愉快な匂いと引き換えに得たものが、それに見合うものであって欲しいです。」
ノヴァは愚痴をぴたりと止め、真剣な竜の顔に戻った。
「失礼しちゃうわ。ちゃんと仕事はしたわよ。アラキラは、北の鉱山にある施設で、**『新兵器』**の開発に資金を出している。令嬢の口から、具体的な場所を吐かせたわ」
ファーンは、自身の記録をノヴァに提示した。
「一致しましたね。。その新兵器は、古代の記録にある『黒い塵』で間違い無いでしょう。この兵器が完成すれば、禁忌の森への干渉を可能にする。アラキラが完成させる前に、我々が動くべきだですね!」
ノヴァは、再び美しい伯爵の姿に戻ると、彼とはは思えないほど、冷徹な表情で頷いた。
「ええ、その通りよ。このエルグランド王国を無力化するには、まず、その爪を折ってあげる必要があるわね」
二体の竜は、アラキラ王国が誇る「最強の騎士団」を無力化するため、その実験施設を叩くという、次なる具体的な行動へと移る準備を始めるのであった。




