11:ヴァルカンは微笑む
中央国アラキラ王国の首都。王城から城壁を隔てた一等地に建つ赤竜商会の本部。
その執務室は、重厚な絨毯が敷かれ、外の金融街のざわめきを完全に遮断していた。豪胆な貿易商に変装した赤竜ヴァルカンは、窓の外の喧騒を背景に、特注の黄金の杯でルビー色の葡萄酒を傾け、恍惚とした笑みを浮かべていた。
「ノクス様の親書が引き金となり、クプロの奴があれほど見事な花火を散らすとはな。金の狂愛者の仕事ぶりは、時として芸術だな」
ヴァルカンは、人間の愚かさ、そして金の価値への執着が、如何に脆い土台の上にあるかを理解していた。この混乱は、彼にとって最高の獲物を狩る機会に他ならない。彼は、荒々しい戦場よりも、この無血の経済戦の静かなる興奮を楽しんでいた。
「ルキウス!王宮は、軍を動かす資金が凍結され、セドリックという財務大臣が泡を吹いているそうだ!今こそ、我らが獲物を仕留める時ではないか!」
ヴァルカンの隣、高級なマホガニー製の机に向かうのは、ドラゴニアの奴隷に扮した銀竜ルキウスだ。彼は、ヴァルカンの興奮とは対照的に、眉一つ動かさずに膨大な帳簿をチェックしていた。彼の手元には、数日前にクプロが信用を崩壊させた貴族たちの名前と、彼らが抱える負債のリストが並んでいる。
「ヴァルカン殿、落ち着いてください。感情に流されるのは、人間のすることですよ?」
ルキウスは、鼻眼鏡をくいっと押し上げ、したり顔で語る。
「あなたが設立した商会の信用、そして僕が仕掛けた短期間の『市場の熱狂』があったからこそ、貴族どもは借金を重ね、宝石を買い漁るため担保を出した。今、彼らはパニックの中でその担保を安値で手放すしかないんです。」
ルキウスは、一枚の契約書を指し示した。
「この数日間、僕が法的な不備を突き、担保として確保しておいたのは、王都と禁忌の森を結ぶ街道沿いの主要な倉庫三棟と、軍用の物資輸送を担っていた有力な馬車隊だ。総額の五分の一以下で、これらの物流の生命線を手に入れる。これこそが、僕たちの次のステップなんです!」
ヴァルカンは、ルキウスの緻密な計画に満足し、口角を上げた。
「さすがだな、ルキウス。お前の『合法的な接収』は、血を流さずに領土を広げるのと同じだ。これで我々は、軍を動かしたいアラキラ王家に対し、物資の流通という見えない栓を差し込むことができる」
ヴァルカンは、契約書に**「赤竜商会」**の印を押しながら冷酷な笑みを浮かべる。
「軍を動員するとなれば、彼らは必ず食料、武具、そして薬を求める。その時、彼らの求める物資はすべて、私たちの手の中にある。私の倉庫を経由し、私の馬車隊で運ばれることになる。彼らの喉元を締め付けるこの瞬間を、私はは酷く、愛おしい。」
ニ竜の行動は、力による支配ではなく、アラキラ王国の法と信用を逆手に取った、最も狡猾な静かなる占領であった。
ヴァルカンは、都市を見下ろす窓辺に立ち、笑みを深めた。
「これで、王家は窮地に陥る。次に狙うのは、食料そのものの支配か?それとも、軍の士気を支える武具の供給元か?」
ルキウスは、ペンを置き、静かに答えた。
「まずは、貴族の完全掌握。そして、ヴァルカン殿。我々の最終目標を忘れてはならない。この収益はすべて、ノクス様のドラゴニア王国の開戦準備費用となる。人間どもが我らに武器を向ける資金は、彼らが自ら差し出した金で賄われるのだ」
「問題ないルキウス、我々の商品である竜の宝石は我らがいる限り無尽蔵。その価値は計り知れない。どんどん貴族がかいとれば、ね、もっと混乱は広がる」
赤竜と銀竜は、王国の混乱を背景に、その経済中枢への侵食を本格化させた。




