10:アラキラ王国
中央国アラキラ王国の王宮
国王アルブレヒトが座る玉座の間は、通常、威厳と静寂に満ちているが、この日は開戦前夜のような喧騒に包まれていた。
不審な親書が届いてからまだ日が浅いにも関わらず、国内は建国宣言という外交上の衝撃と、それに伴う経済的な混乱に揺れていた。
国王アルブレヒトは、親書を握りしめ、顔を紅潮させていた。彼の前には、軍部の代表であるグラント将軍と、財務大臣のセドリックが立っていた。
「ドラゴニア王国だと?笑わせるな!奴隷解放?あの血族どもは、我々の富と権威の象徴ではないか!」アルブレヒトは玉座を叩いた。「歴代の王が守ってきた富を、一匹の黒竜の戯言で手放すとでも思うか!」
グラント将軍は、威勢よく進言した。
「陛下、全軍の動員を!禁忌の森など、我が最強の騎士団をもってすれば、数日で制圧可能です。奴らの建国など、幻影に過ぎません!」
しかし、その将軍の勇ましい声は、財務大臣セドリックの震える声によってかき消された。
「陛下!お待ちください!軍の動員は…資金が、資金が乏しく、派兵となりますと、些か都合がよくないと申しますか、なんというか、」
セドリックは、国王の前で膝から崩れ落ちそうになった。
「つい先日から、軍の遠征費用として確保していた緊急予備資金が、突如として凍結状態になり、金融都市レムナスの有力貴族や大商人の間で、連鎖的な信用不安が発生しており、彼らが国への献金や融資をすべて一時停止しているのです」
「信用不安だと?馬鹿な!すぐに解決せよ」
「両替商クロード・マネーヴィルなる悪党が関わっているとの報告ですが、問題の根源は、軍需産業に短期間で投資していた貴族たちの担保価値が急落したためです。このままでは、遠征どころか、大規模な動員に必要な物資調達すらままなりません!」
アルブレヒト王は、その報告に初めて恐怖を覚えた。外交上の脅威だと思っていたものが、血を流す前に、国の足腰を直接砕きにかかっている。
アルブレヒトは、荒い息を吐きながら、親書の内容を思い出した。
『我々は、この要求に友好的に応じる国には、最大の友誼をもって報いる』
「これは…脅しではない。選択を迫っているのだ。友好か、それとも国を失うか!」
セドリックは、震えながら言葉を続けた。
「陛下、動員を急げば急ぐほど、国内の混乱は深まります。すでにヴァルカン商会という、正体不明の勢力が市場の混乱を利用し、穀物などの重要物資の流通に手を伸ばし始めております!このままでは、開戦前に内側から崩壊します!」
ノクス王の親書は、彼らの富を奪うだけでなく、彼らの社会の基盤そのものに揺さぶりをかけていた。
国王アルブレヒトは、膝から崩れ落ちたセドリックと、憤怒に顔を歪ませるグラント将軍を交互に見やった。
「ぐ...動員を急げば、国が壊れる。だが、動かなければ、あの傲慢な黒竜の要求を飲むことになるのか…!」
玉座の間は、竜王が仕掛けた静かなる戦争の初動によって、恐怖と焦燥に飲み込まれるのであった。




