後始末-裏の話
エセルを聖域の深き安寧の中に置いたノクスは、玉座の間で、彼の計画の全貌を、ヴァルカン、アイゼン、番を持たぬ若い竜5体、そしてアメティストに告げた。
「これで、全て終わった。エセルの心は、完全に我のものだ」
ノクスは冷酷な目で言った。
「アメティスト」
ノクスは、玉座から離れた場所に控える彼女に視線を向けた。
アメティストは、彼に計画の非道さを訴えたが故に、叱責されることを覚悟し、深く頭を垂れた。
しかし、ノクスの口から出たのは、意外にも賞賛の言葉だった。
「お前の働きは、我の計画の根幹を成した。竜であるお前が、その強大な力を隠し、人間の中に溶け込み、この数ヶ月、エセルに人間社会の知識を与えた。それは、王の番となるエセルに、絶対に必要な学びだった」
ノクスは続けた。
「竜の番は、人間しかなれない。人間としての経験、苦痛、そして他者との繋がりを知らなければ、彼女の魂は不完全なままだ。お前が与えた『人間としての教育』は、エセルを真に我の番とするための、最良の経験となった。感謝するぞ、アメティスト」
アメティストは、その言葉に安堵し、涙をこぼしながら
「もったいないお言葉でございます」
と応えた。
ノクスは、次に彼の計画の最も暗い部分を語り始めた。
「アイゼン。お前の人形への憑依の提案は、我の焦燥を鎮めるための、よい提案だった。しかし、近づくだけでは足りぬ。エセルに、依存という楔を打ち込む必要があった」
ノクスは、水鏡に、山賊に襲われる鱗月村の幻影を映し出した。
「私は『ノア』として東の国へ赴き、リューゼン家に情報を耳打ちし、山賊を焚きつけた。エセルが山賊に体を差し出すこと、そのトラウマが、彼女の心を破壊し、私を求める材料となることを知っていた」
それは、千年の孤独に耐えてきた王の、冷酷で計算され尽くした執着だった。
「シオンは、エセルの心が人間的な愛に向かう、最大の障害だったが、彼を東の国へ行かせたのは、彼の努力を無価値にし、エセルから最も遠い場所へ隔離するためだ。その間に、ノアとして優しくし続けた。これでエセルは、私が作り出した闇から、私が差し出した光を求めるしかなくなった」
全てが、ノクスの掌の中で完結し、エセルの心は完全にノクスに依存する形で結実した。
ノクスは、玉座に深く座り、その赤い瞳を世界を映す水鏡に向けた。
「千年、私はただ番を待ち続けた。その結果、ドラゴニアという我の眷属も、竜王という我の存在も、人間たちに軽んじられてきた」
彼の声には、千年の間に積み重なった侮辱と怒りが込められていた。
「エセルを傷つけ、我の威信を汚したリューゼン家は、その社会的死をもって代償を払った。しかし、これでは釣り合わぬ」
ノクスは立ち上がった。その姿は、玉座の間全体を支配する威圧感を放っていた。
「エセルは、人間どもの腐敗によって傷つけられた。故に、私は世界を罰する。彼女の安寧のため、そして竜の威信を取り戻すため、私はこの聖域から、人間が築き上げた国々を、一つ残らず我がものとすることを誓う」
ノクスは、孤独な愛を世界征服の野望へと昇華させた。彼の番は、彼を安寧へと導くと同時に、彼を世界を征服する王へと覚醒させたのだった。




