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クロマティ・ヘゲモニー 万色竜の覇権  作者: 鞘沙耶
王の目覚め
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竜の番

だいぶ長めの1話です。

黒竜は、薙ぎ倒した木々の跡を、ゆっくりと、しかし確実に進んでいった。

その巨大な体躯が動くたびに、エセルは揺さぶられる。彼女の体は凍えていたが、竜の皮膚から伝わる熱と、その下に脈打つ途方もない生命力に包まれ、奇妙な感覚に陥っていた。


番の血による目覚めから、息つく間も無く襲われるこの娘を助けた。エセルを襲っていた男どもは己が絶命した事もわからなかっただろう。


黒竜は救ったこの小さな女が自分の番である事を疑いはしなかった。

手に感じる熱が、伝わる香りが全てを肯定していた。




まもなく、二人は巨大な洞窟の入り口に到達した。

内部に入ると、外の喧騒は完全に遮断され、冷たい外気とは違う、一種独特の温かい空気がエセルを包んだ。黒竜は、巨大な洞窟の奥、月光が差し込む広間に到達すると、慎重に前脚を下げ、エセルを岩床の上に降ろした。


「ここが、我の棲み処だ」


エセルは地面に倒れ込むようにして座り込み、全身の痛みに耐えながら、周囲を見回した。

洞窟の奥には、黒曜石の岩盤に囲まれた、小さな天然の泉があった。そこからは、湯気が立ち上り、硫黄のような、それでいて清浄な匂いが漂っている。泉の周囲には、黒竜が集めたと思われる財宝が山と積まれていた。金銀の貨幣、宝石を散りばめた剣、古代の装飾品……それらは全て、竜の威厳と孤独を物語るように、薄暗い光の中で鈍く輝いていた。


黒竜は、エセルの体についた泥と、兵士の血に、嫌悪感を露わにした。


「その穢れを、すぐに取り去れ。我の番の身体が、人間どもの泥と血に塗れたまま、この聖域にあることは許されぬ」


黒竜は、泉を顎で示した。


「あの泉へ入れ。全て脱ぎ捨て、身体の奥底まで洗い清めよ。それが、お前がこの場所で、生きるための最初の禊だ」


エセルは、その命令に逆らう気にはなれなかった。抵抗すれば、すぐに塵と化すことは分かっている。

彼女は震える指先で、泥と血に濡れ、引き裂かれた服に触れた。


「……分かったわ」


エセルは立ち上がり、黒竜の視線を受けながら、ゆっくりと服を脱ぎ始めた。薄汚れた下着、そして最後に、傷だらけの肌が、洞窟の暗闇に晒された。

エセルは一糸纏わぬ姿となり、泉へと足を進めた。雪解け水の冷たさに慣れていた肌に、泉の暖かな湯が触れると、全身の痛みが和らいだ。


エセルが泉で身体を洗い清め始めた、その時だった。

泉のほとりに立つ黒竜の、巨大な体躯が凄まじい光に包まれた。


「……何?」


エセルは反射的に顔を覆った。光は洞窟全体を照らし、エセルの肌を熱くする。

光が収まると、そこにいたのは、もはや巨大な竜ではなかった。

そこに立っていたのは、漆黒の長い髪を持ち、鋼のように引き締まった肉体を持つ、一人の青年だった。年の頃は、エセルとそう変わらないか、わずかに上に見える。彼の瞳は、竜の時と同じく、深く燃えるような赤色をしていた。


黒竜は、番が現れたことで、人型に変身する力を取り戻したのだ。


青年となった黒竜は、泉のほとりに立ち、裸身を晒すエセルを、見定めるように見つめた。その表情は、依然として冷酷で威圧的だが、竜の時よりも、遥かに人の情念を感じさせた。


エセルは、驚きと羞恥心で、咄嗟に両腕で胸を隠した。だが、黒竜の視線は、隠す仕草すら無意味にさせる。


「なぜ、姿が……」


青年となった黒竜は、泉の縁に一歩近づき、しゃがみ込んだ。その赤く鋭い瞳が、エセルの顔を見つめる。


「竜が人型を取るのは、番に対して、最も優しく接するためだ。しかし、お前は番を知らぬな、穢れた娘よ」


黒竜は、その引き締まった指先で、エセルの頬に垂れた髪をそっと払った。その触れ方は、冷酷な言葉とは裏腹に、極めて繊細だった。


「番とは、我ら竜にとって、数千年の時を共に生きる運命の対だ。そして、お前のような種族と番になった場合……それは、子孫を繋ぎ、我らの種を絶やさぬための、絶対的な儀式を意味する」


黒竜の声には、命令と、抗いがたい雄の執着が滲んでいた。


「お前は、人間に穢され、泥に塗れたが、その血は純粋な我の番だ。これより、お前の身体は、二度と他の誰にも触れることは許されぬ。そして、お前は我の元で、竜の子を産む。それが、お前の穢れを清め、運命を受け入れる、唯一の道だ」


エセルは、その言葉の意味を理解した。彼女の運命は、死を免れた代わりに、「竜の番」という、新たな、そして逃れられない宿命に囚われたのだ。



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