帰還
東の都の裏通り。
シオンは、リューゼン家の兵士たち三人との激しい戦闘に突入していた。
シオンは、村での経験と熱意で果敢に立ち向かうが、兵士たちの動きは無駄がなく、洗練されたものだった。
「チッ…こいつら、山賊とは格が違う!」
シオンの剣は防がれ、肉弾戦でも押された。
彼は、努力が技術の前では通用しないという、ノアとの対比を再び突きつけられた。
しかし、エセルへの想いが彼を突き動かした。彼は、倒れる間際に、兵士の一人の懐から小さな銀製の紋章を奪い取った。リューゼン家の家紋に間違いない。
(ノアの言った通りだ…!これが、エセルを傷つけた元凶の証拠だ!)
シオンは、紋章を強く握りしめ、追撃を振り切って都を脱出した。彼の旅の目的は達成された。もはや、彼に残された道は、この確実な証拠を村へ持ち帰り、エセルに安心を与える、ただ一つだった。彼の熱意は、命をかけた任務の完遂へと昇華された。
その頃、鱗月村の治癒院。
エセルの心身の回復は目覚ましく進んでいた。そして、ノアとの間に、ある習慣が生まれていた。
毎日、決まった時間。
ノアは、薬を届けるためにエセルの部屋を訪れた。彼は多くを語らないが、エセルの目覚めを助けるための穏やかな光の調整や、新鮮な水を欠かさなかった。
ノアが部屋を出ようとする瞬間、エセルは必ず声をかけた。
「ノアさん…」
その言葉は、もはや悪夢への恐怖ではなく、ノアが傍にいないことへの不安、すなわち依存のサインだった。
ノアは、躊躇なく引き返した。
「失礼します」
彼は、エセルの手を取り、その甲に静かに唇を落とした。まるで、騎士が貴婦人に対する様に。さらにエセルは、ノアの袖を引き、懇願する。
「抱きしめて…お願い。安心するの。」
ノアは、その純粋な懇願を拒まなかった。彼は、エセルをベッドの上で優しく、しかし揺るぎない力で抱きしめた。彼の抱擁は、彼女の体を包む絶対的な盾であり、彼女の心を許す無限の海だった。
エセルは、ノアの胸の中で安らぎ、悟った。シオンの熱意は、彼女に「守ってあげられなくてごめん」という罪悪感を与えたが、ノアの静かな抱擁は、「お前の全てを私が守る」という無条件の許容を与えた。彼女は、愛ではなく、依存と安寧を、ノアの中に決定的に見出していた。
ノアは、エセルが抱擁の中で眠りについたのを確認すると、静かに彼女を布団に戻し、部屋を出た。
彼の心は、完全に満たされていた。
エセルは、もはや彼の支配と安寧なしにはいられない。そして、東の都でシオンが紋章を手に入れたことも、彼の計算通りだった。
ノアは、アメティストの静かな視線を感じながら、庭の隅で再び大地に手をかざした。
(シオン殿。あなたの熱意は、役目を果たした。)
彼は、地下の魔力の流れで、シオンの行動の成功を知った。




