血の目覚め
久々の更新。
少し長くなりました。
なんというか、無理矢理シーン的なものがありますので嫌いな方は見ないでね
禁忌の森の中心に位置する、巨大な洞窟。
その広大な内部で、神聖な黒竜は深く横たわっていた。夜空の闇そのものを具現化したような鱗を持つその体躯は、小さな山脈のようだ。黒竜の瞼は閉じられているが、その意識は悠久の時の流れに飽き、深い疲弊の中にあった。
「……また、始まったか」
地を這うような低い声が、静寂な洞窟に響いた。雄竜である黒竜は、森の外で起こっている人間の小さな争いの気配を、絶え間なく感じ取っていた。街が燃え、人が争い、死ぬ。愚かで、短命な種族が繰り返す、飽きもせず醜い営み。
黒竜の寿命は数千年に及ぶ。この森は、彼の結界によって守られ、外の喧騒は本来、届かないはずだ。それでも、その微かな波紋が、静けさを求める彼の神経を逆撫でする。
何よりも彼を苛むのは、途方もない孤独だった。
番。
竜には、数千年という永い寿命を共に生きる運命の相手がいる。しかし、黒竜が生まれてこの方、1000年以上もの間、その番は一向に現れる気配がない。
「神聖なる黒竜、万色の竜を統べる者が、たかが一人の番に恵まれぬとはな。神々の悪意か、それとも我の罪か」
絶望は、孤独を飼い慣らす。彼はすでに、番が現れるという淡い期待すら手放していた。ただ静かに眠り、この永すぎる生が終わるのを待つ。
その時、黒竜の閉ざされていた意識の奥底で、奇妙な異変が起きた。
森の外から、いつもの騒音とは異なる、強烈な波動が押し寄せてきたのだ。それは、怒り、恐怖、そして――血の匂い。
黒竜は、その匂いの中に、かすかな、しかし抗いがたい甘い香りを感じ取った。
「これは……まさか」
彼は、何千年もの間、微動だにしなかった巨大な頭を、反射的に持ち上げた。彼の赤い瞳が、微かに光を帯びる。
その頃、禁忌の森の境界線。
川を渡りきり、森の入り口に飛び込んだエセルは、息つく暇もなく、追ってきた兵士たちに追いつかれていた。
「逃がすかよ!」
泥だらけになった三人の兵士が、エセルとヘイゼルを取り囲んだ。彼女らの全身は冷たい雪解け水で濡れ、凍えきっている。
「助け……て……」
兵士の1人が、エセルの手を離し逃げ出したヘイゼルを捕らえた。
「きゃぁぁぁ!」
叫び声をあげ、ヘイゼルは兵士の腕から逃れようとしている。
「うるせえなぁ、静かにしとけ!」
エセルがヘイゼルを助けようと手を伸ばしたが、間に合わず、兵士の一人が、エセルの金髪を掴み、乱暴に地面に引き倒した。
そうしている間にヘイゼルの胸には深々と剣がたてられた。
「ヘイゼル?」
「可哀想になぁ?ああなりたいか?助けてやるさ。たっぷり可愛がって、な!」
兵士たちは下卑た笑い声を上げながら、エセルの薄い服に手をかけた。抵抗するエセルの腕を、別の兵士が剣の峰で打ち据える。
「くっ!」
皮膚が裂け、エセルの腕から鮮血が流れた。その血が、森の土に吸い込まれていく。
その血の匂いが、森の奥深くで横たわる黒竜を、雷のように貫いた。
純粋な、極めて純粋な、番の香り。
それは、1000年以上の孤独と絶望の中で、彼がとうの昔に諦めていた、運命の匂いだった。
「馬鹿な……ありえない!」
黒竜は、その途方もない力を抑えきれず、咆哮した。洞窟の岩盤が、その振動で砕け散る。
その血は、穢れた人間の匂いと混ざり合っている。汚されている。
怒り、驚愕、そして何よりも、1000年分の渇望が、黒竜の全身を駆け巡った。
彼は、己の運命の番が、愚かで醜い人間どもに今、この聖域の入り口で、辱めを受けようとしていることを理解した。
「誰が、我の番に触れている!」
黒竜は、轟音とともに立ち上がった。巨大な翼が、洞窟の壁を叩き、風を巻き起こす。
彼の赤い瞳は怒りに燃え、その身体を覆う漆黒の鱗が、闇の中で異様に輝いた。
禁忌の森の主が、1000年の眠りと絶望から覚醒した。




