無言の脱出
廃鉱の入り口から少し離れた場所に、シオンは身を隠した。夜明けが迫り、東の空がわずかに白み始めている。
ノアは、冷たい視線でシオンを一瞥した。
「準備はいいですね。作戦は単純です。あなたが彼らの注意を引きつける。私は、その間に侵入する」
シオンは、ノアへの不信感を押し殺し、覚悟を決めた。自分の熱意を、エセルを救うための力に変える。
シオンは、隠れ家の真ん前に躍り出ると、大声で叫んだ。
「山賊ども!エセルとリルカをすぐに解放しろ!鱗月村の者だ、大人しくすれば命までは取らない!」
廃鉱の中は一瞬静まり、すぐに騒然となった。
「何奴だ!ドラゴニアか!」
山賊たちは、興奮と警戒を露わにし、数人が武器を持って入り口に飛び出してきた。彼らは、シオンが一人であることを見て、さらに激昂した。
「たった一匹で乗り込んできたか!笑わせてくれる!」
シオンは、山賊たちの注意が完全に自分に向けられたことを確認し、わざと後退するように見せかけ、廃鉱から遠ざかるように山の中へ誘い込んだ。彼の行動は、ノアが突入するための完璧な間隙を作り出した。
シオンが山賊の大部分を引きつけた瞬間、ノアは廃鉱の裏手、崩れかけた通気口へと音もなく移動した。
ノアは、魔法を使うことなく、その尋常ならざる体躯の強靭さだけで、崩れた岩盤を排除し、地下へと侵入した。彼の目的は、リルカとエセルを確保すること、そして山賊の殲滅ではない。
地下の通路は暗く、湿っていたが、ノアには障害にならなかった。彼は、奥の部屋から漏れる微かな光と、幼い少女のすすり泣く声を目指した。
リルカは、薄暗い部屋で怯えて泣いていた。そしてその隣には、乱れた髪と、疲弊しきった顔のエセルが、リルカを抱き締め無表情に座り込んでいた。
ノアは、エセルの姿を見て、一瞬、その呼吸が乱れた。エセルの体は無事に見えたが、その精気を失った瞳が、彼女に何があったかを物語っていた。彼は、怒りに燃える心を、救出という使命で覆い隠した。
ノアは、音もなく二人へと近づき、まずリルカの口を塞ぎ、囁いた。
「大丈夫。助けに来た」
エセルは、ノアの気配を感じて顔を上げた。彼女の目は、彼が誰であるか否かではなく、「助けに来てくれた」という事実だけを捉えた。
ノアは、手早く二人のロープを解いた。
「立てますか、エセル殿」
エセルは小さく頷いた。ノアは外套を脱ぐと、傷ついた四肢を隠す様に羽織らせた。
エセルは、連行中に受けた心の傷を押し殺し、すぐにリルカを抱き上げようとしたが、ノアが先にリルカを抱き上げた。
「私の後に。この先で、シオン殿が待っています」
その時、外でシオンを追っていた山賊の一人が、異変に気付いて引き返してきた。男はノアの姿を見て、驚愕した。
「貴様、いつの間に…!」
ノアは、その山賊に対して一言も発さなかった。ただ、人間の限界を超えた速さで男に近づき、一撃で気絶させた。彼の動きは、圧倒的な強さと、自信に裏打ちされていた。
ノアは、リルカを抱き、エセルを伴い、無言で地下を脱出した。
彼らが廃鉱の裏手から森へと逃げ込んだ直後、囮役を果たしきったシオンが、最後の山賊を撒いて合流地点へと走ってきていた。




