誘拐
村長からの通達があった翌朝、エセルはシオンと共に薬草採取に向かう準備をしていた。
しかし、待ち合わせ場所にガルドの姿はなかった。
代わりに現れたのは、昨日エセルを救ったノアだった。
「ガルドは、山賊対策の緊急任務で、村の警備に当たることになった」
ノアは静かに説明した。
「私が代わりに同行するよ。村長とアメティストさんから許可を得ている」
シオンの顔に、明確な不満が浮かんだ。彼の傍にいるべきは自分だと、無意識に主張する心が騒いだ。
「あんたは昨日村に来たばかりだろう。森の知識もないのに…」
シオンは警戒を隠さない。
ノアは表情を変えず、淡々と言い返した。
「昨日の猪の件で、私の戦闘能力は証明されたはずです。私が同行では何かもんだいでもありますか?」
シオンはノアの圧倒的な実力を知っているため、反論できなかった。
エセルは、ノアが同行することでシオンの負担が減るならと、この変更を静かに受け入れた。
村の出口で、一人の幼い少女、リルカが彼らに合流した。彼女は目を輝かせ、エセルの袖を引いた。
「エセル!私も行く!お花摘み、お手伝いできるよ!」
エセルはリルカの無邪気な姿に微笑んだ。
「リルカ、ダメよ。森は危ないわ」
「大丈夫だろ?ノアさんだっているんだし。なぁ?」
シオンは挑発するような視線をノアに向ける。
ノアは青い瞳で静かに森の気配を探っていた。二人の間には、エセルをめぐる無言のライバル意識と、警戒すべき相手の存在に対する緊張感が張り詰めていた。
しかし、採取が始まると、エセルとリルカは、薬草や珍しい花を見つけることに夢中になり始めた。
「見て、エセル!きれいなお花!」
リルカが駆け出す。
「危ないわよ、リルカ!」
エセルはリルカを追いかけ、シオンとノアの警戒範囲から、少しずつ離れてしまった。
ほんの一瞬のことだった。
「――っ!」
ノアの鋭い感覚が、背後からの気配を捉えた。
シオンとノアが慌てて二人の後を追ったが、すでに遅かった。
茂みの中から、三人の山賊が飛び出し、エセルとリルカを力ずくで押さえつけていた。山賊の一人は、
「ドラゴニアのガキだぜ!」
と叫び、リルカを担ぎ上げた。
エセルは抵抗したが、口元に布を押し付けられ、すぐに意識を失った。
リルカも同様に、布で意識を奪われた。山賊たちは、価値のあるドラゴニアの子供に加え、その場にいた人間の女性も連れ去った。
「やめろ!エセル!!!」
と叫びながら駆けつけたときには、山賊はすでに気絶した二人を担ぎ上げ、深い森の奥へと逃げ去っていく姿が見えた。
ノアは、一瞬で状況を把握した。
彼の青い瞳の奥に、底知れぬ冷たい怒りが宿ったが、彼はそれを完璧に制御し、冷静に追跡のルートを探していた。
シオンは、自分の不注意と、エセルを守れなかったことに激しく後悔し、その場で膝をついた。
「エセル…リルカ…!」




