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クロマティ・ヘゲモニー 万色竜の覇権  作者: 鞘沙耶
王の目覚め
30/86

ノア

ェセルが森の奥へと消えた後、シオンは焦った。

ガルドとの約束や村の警戒など、全てが一瞬にして頭から消え去った。

彼の心にあったのは、ただ一つ、エセルを危険に晒したくないという強い衝動だけだった。


「くそっ!」


シオンは警戒を捨て、森の入り口に立っていた籠を蹴り倒すようにして、エセルを追いかけた。彼は必死に「エセル!」と呼びながら、彼女の踏み跡を探した。


(エセル、俺が・・・出遅れたから)



森の中に入ったエセルは、目的の赤紫色の薬草を点々と見つけ、夢中で採取していた。

それ故に彼女は気が付かなかった。

目の前の茂みから、鼻息荒い巨大な猪が見つめているのを。


その猪は、この森でも、滅多に出会わないほど大きく、荒々しい目をしていた。

エセルはその姿に気がつくと、恐怖に体が硬直した。彼女の足は震え、その場に腰を抜かし、動けなくなった。


「や、やだ…!」


エセルは声にならない悲鳴を上げた。

その時、ちょうど村の門をくぐったばかりのドラゴニアの青年ノアは、その悲鳴を明確に聞き取った。

彼は村長への案内を待つため門番と話していたが、悲鳴を聞くと同時に、門番の制止を振り切り、音のした森の方向へ向かって走り出した。

シオンは、木々の間からエセルの姿を見つけた。彼女は巨大な猪を前に、地面に座り込んでいた。

「エセル!」


シオンはそのまま、エセルと猪の間に飛び込んだ。

その手には、いつももっていた採取用のナタもなく、大きく手を広げエセルの前に立つしかなかった。

その瞬間、横から風のような速さで、ノアが割って入った。

彼は手に何も持っていた剣で、大きな猪の急所を的確に打ち据えた。

猪は呻き声を上げる間もなく、その場に倒れ伏した。

エセルは腰を抜かしたまま、目の前の出来事を理解できなかった。

シオンもまた、その圧倒的な力と、静かでありながらも優美な青年の動きに、驚愕して立ち尽くしていた。

ノアは倒れた猪を一瞥すると、すぐにエセルの方を向いた。


「大丈夫ですか」


ノアは、その青い瞳に強い安堵の色を滲ませながら、セシルとエセルに手を差し伸べた。

エセルは、まだ震えが止まらないまま、その謎めいた青年を見上げた。

シオンはすぐに、エセルを抱き起こした。


「エセル、怪我は…」


シオンは、安堵と同時に、エセルを助けたのが自分ではなく、目の前の見知らぬ青年だったという事実に、言いようのない焦りを覚えた。

騒ぎを聞きつけたガルドが、村人たちと共に慌てて森に入ってきた。

彼はエセルの無事を確認し、深く安堵した。

シオンは戸惑いながらも説明した。


「ガルド、この人が…俺達を助けてくれた。」


ノアは静かに一礼した。


「ノアと申します。ドラゴニアの村の噂を聞き、ここまでまいりました。この猪は、村の皆さんで分けてください」


ガルドはノアの強さと静けさに驚きながらも、命の恩人として彼を拒否することはできなかった。


「…助かった。村長に話を通す。礼をさせてくれ」


こうして、ノアは新たな村人として迎え入れられた。


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