3:禁忌の森へ
1話ずつが長くなりそうなのでかなり分断してます。
(生きなくちゃ、死ねない、死にたく無い。)
エセルは夢中で屋根を伝い、火の回っていない路地に降りると川へと急いだ。至る所から悲鳴や怒声が聞こえる。
(あの森なら、きっと、きっと助かる!)
街の外に広がる大森林。禁忌の森と呼ばれるその森には神聖な黒竜が住んでいると言われている。万色の竜を統べる黒竜はこの森の何処かで数多くの魔物や竜に守られ眠っている。不思議なことにこの森の外には魔物や竜は出て来ないため例え街がすぐ近くにあったとしても何の影響もなかった。
燃え盛る街を抜け河岸にたどり着く。ここへはまだ敵兵も来てはいない様子で、家事から逃れた人々で河原は埋め尽くされていた。
「エセル!」
聞きなれた声が自分の名を呼ぶ。そこにいたのは同じ年の娼婦ヘイゼルだった。ブルネットの髪は高く一つにまとめられ、鳶色の瞳はエセルを見つけたことでにわかに潤んでいた。
「ヘイゼル、無事だったのね」
「ええ、何とかね。あたし、丁度外で客引きしてたの。そしたらどっかの兵士が火をつけて回ってて、怖くて怖くて、慌てて逃げたの。」
ヘイゼルの細く骨ばった体が小さく震えているので、エセルは思わず抱きしめた。
「ねぇ、ヘイゼル。川を渡って森へ逃げよう。竜に見つからないように隠れていればきっと大丈夫。」
「だめだよ、だめだよエセル。森は禁域なのよ?あたしら平民は入れない。」
兵士はすぐそこへ迫っているはずだ、あまり考えている余裕もない。
娼館を出てから沢山の悲鳴を聞いた。屋根の上から鎧を着込んだ男達が家を荒らし、住人を殺すのも目撃した。
「犯されて殺されるか、奴隷にされるかどちらがいいの?私は行く、死にたくない」
「ダメよ!禁忌に触れれば等しく死が与えられる。
あたし、まだ死にたくないの。」
「ただの言い伝えでしょ?同じく死ぬのなら、
強く美しく誇り高い竜に殺されたい。死ぬ直前まで、
誰かに犯されるなんて嫌よ。」
誰も呪いの本当の姿を知らない。それならと、エセルは再度暗い禁忌の森に向き直る。
雪解け水の冷たさが肌を刺す。それでも怯まず、エセルは水に足を進めた。