ドラゴニア
鱗月村での生活は始まった。
エセルは、薬草採取を日課にした。
借りた家で薬草を煎じているとき、エセルはアメティストが何気なく使っている力に目を奪われた。アメティストは、薪に火をつけようと指先をかざすと、小さな炎が青く灯った。
また、治療院の掃除をするときは、手首を一振りするだけで、微かな風が埃を窓の外へ掃き出した。
村でも同じだった。
畑を耕すドラゴニアの男性は、重い石を軽く浮かせて動かし、主婦たちは水汲みで重い桶を運ぶとき、水の流れをほんの少し操作して負担を減らしていた。
エセルにとって、魔法は王や貴族など特別な存在だけが使う大層な力だと認識していたが、この村では、魔法は生活の知恵として、ごく自然に人々の日常に溶け込んでいた。
エセルは、軒先で薬草を丁寧に束ねているアメティストに尋ねた。
「姉さん、この村の人はみんな、魔法を使うのね。簡単なものだけど、すごく便利な力だわ」
アメティストは、エセルの手元を見ながら頷いた。
「ええ。彼らドラゴニアは、竜の眷属的な存在として、私たち竜から与えられた加護を持っているのよ。その力が、魔法として現れる」
エセルは、村の平和な様子と、ノクスが言っていた「迫害の現実」との間に、違和感を覚えた。
「こんなに便利な力を持っているのに、どうしてドラゴニアは迫害されるの?私たちが来たとき、村長があんなに警戒していたの?」
アメティストの手が止まった。彼女はフードを少し押し下げ、エセルの瞳を真正面から見つめた。
「怖いからよ、エセル。そして、欲深いから」
アメティストは、静かに迫害の理由を語り始めた。
「私たち竜が、人間と番うことで生まれる子は竜となり、彼らドラゴニアにはならないわ。しかし、ドラゴニアは、彼らが持つ魔法の力のせいで、人間たちから迫害されてきたの」
アメティストは静かに続ける。
「彼らドラゴニアは、竜の加護を持つがゆえに、魔法の才能に恵まれている。人間たちは、この力を切望した。その結果、彼らを捕らえ、無理やりに奴隷として、その力を使役した。自由な意志を持つ存在ではなく、動く魔法の道具としてね」
彼女の声には、深い悲しみが滲んでいた。
「特にひどかったのは、人間側の貴族よ。一族に強力な魔法使いを望む貴族は、血の濃いドラゴニアを力ずくで連れてきて、強制的に婚姻を結んだ。彼らは、私たちを家畜のように扱ったのよ」
エセルは息を飲んだ。
「外見的な特徴が残るドラゴニアの血を引く子供たちは、人間社会で家督を継ぐことは許されない。彼らは、消費対象として見られたの。戦闘能力がある者は、家のために戦地に送られ、使い潰される。そうやって、ドラゴニアの血を引く者は、代々価値のある道具として扱われ、人間たちの富と力のために犠牲にされてきたのよ」
アメティストは、最後に小さなため息をついた。
「だから、この村は外界を警戒する。ここで静かに暮らす人々の多くが、迫害から逃れてきた者たちなのよ、エセル」
エセルは、ノクスの孤独の背景にある、人間側の残酷な歴史の重さを改めて理解した。この村での生活は、エセルが過去に生きた世界とは違う、人間の本質的な罪を突きつけていた。




