ガルドの心
翌朝、宿を出発する際、アメティストは一言も発しなかった。
彼女はフード付きのローブを深く被り、必要な指示以外、エセルに視線すら向けなかった。その沈黙は、前夜の激情的な叱責よりも、エセルにとって重い罰となった。
エセルは、ノクスの「愛」から逃れようとした自分の愚かな行動が、どれほど彼らの運命を危険に晒したかを痛感していた。彼女は罪悪感と不安で、ひたすら俯きがちに歩いた。
ガルドは、二人を護衛するように前方を歩き、時折後ろを振り返るが、何も言わなかった。
昼前になり、小さな渓流のほとりで休憩を取ることになった。
アメティストはエセルから距離を置いて座っていた。
エセルは、意を決してガルドに近づいた。
「ねえ、ガルド」
「おう、どうした?」
ガルドは周囲への警戒を怠らずに答えた。
「昨日のこと、本当にごめんなさい……。あなたたちに、迷惑をかけたわ」
ガルドは一度、大きくため息をついた。
「別に俺たちは、あんたに礼を言われたいわけじゃないさ。ただ、王の命と、俺たちの命を、あんたの不安で危険に晒したことは、事実だ。」
エセルは、ノクスの思惑について聞きたかった。
「ノクスは、私がこんなことをするって、分かってたと思う?」
ガルドは、岩に腰を下ろしてエセルに視線を向けた。
「あの王様が何を考えているか、俺たち臣下にゃあ分からねえよ。だが、俺は番だから、お前さんの気持ちは少しは分かる」
エセルは、ガルドとアメティストの馴れ初めについて尋ねた。
「ガルドとアメティストは、どうやって番になったの?」
ガルドは、遠い目をしながら語り始めた。
「竜は俺たち人間としか番えない。俺は傭兵稼業で食い扶持を稼いでいた。妻とも死に別れて、フラフラとしてた。とある国境の紛争地で、アメティストが傷ついているのを見つけたんだ。竜なんて初めて見るし、とまどったが、俺は助けた。その後はすごく自然に、気がついたら番になっていた。初めから2人でいたかのように惹かれあった。」
ガルドは、自分の分厚い腕を見つめた。
「番になったことで、俺の体は歳を取らなくなった。もう何百年も、この姿のままだ。俺は傭兵だから死は怖くねえ。だが、俺だけが歳を取らないことは、正直不安だぜ。周りの知り合いはどんどん死んでいく。でも俺はあいつとの人生を後悔はしてねぇよ。」
ガルドは、エセルに向き直った。
「ノクス様も不安なんだ。永劫にも等しい時間を生きる竜だ。あんたという人間を傍に置いて、安心したいんだよ。孤独な時間はもう来ないと。」
ガルドの言葉は、エセルがノクスから聞いたどの言葉よりも、直接的に胸に響いた。
「ノクス様は、王である前に、千年の孤独に過ごした竜だ。あんたの肉体的な安息も分かるが、あの王様が求めているのは、あんたが彼を孤独な一人の存在として見つめ、心から愛情を向けてくれることなんじゃねえのか?」
「ガルド……」
ガルドは、立ち上がりながら、最後に一言、促した。
「ま、まずは、だ。あんたは、俺の大切なアメティストに心から謝ってくれ。あいつは、ああ見えて繊細なんだよ。」
エセルは、遠くの木々の下で静かに座るアメティストを見た。エセルは、深く頷いた。




