安心が欲しい
四日目の昼過ぎ、三人は東の国境手前の、賑やかな商業都市にたどり着いた。
物資の補給と休息のため、宿屋にチェックインした後、エセルはアメティストに言いつけられた通り、街の市場へと買い物に出た。ガルドは影のようにエセルを追った。
人混みを歩いていると、エセルは背筋に冷たいものを感じた。何者かの視線だ。
通り過ぎた男が、すぐに引き返してきた。男は身なりの良い中年で、エセルが以前いた娼館の、顔見知りの客だった。
「おい……エセルじゃないか!お前さん、生きていたのか!」
男は驚きを隠せず、周囲に気づかれないよう、早口で続けた。
「こんな所で会うとはなぁ、ドサクサに紛れて逃げてきたのかぁ?俺のところでいい暮らしをさせてやるぞ。今夜、街の時計塔の裏に来い。金は弾む」
エセルは返事をしなかったが、男は財布をジャラジャラと鳴らした。
しかし、異変を感じたガルドが素早くエセルと男の間に割って入り、男を威圧した。ガルドの巨躯と無言の圧力に、男は顔を青くして逃げ去った。
宿の部屋に戻ったエセルは、考え込む。
「あれは、元客ですか?」
アメティストは穏やかに言った。
「気にせずゆっくり休みましょう」
「そうね」
エセルは冷ややかな声で答えた。
しかし、エセルの心は激しく揺れていた。
ノクスは「心から求めてくれるまで抱かない」と拒絶し、彼女の唯一の安心感だった肉体的な繋がりと、それに伴う彼女の価値を奪った。
ノクスの愛は、あまりに抽象的で、彼女の生存本能には響かなかった。
対して、あの男の誘いは、彼女が過去に最も慣れ親しんだ「繋がり」の形だった。
金銭と肉体的な熱が、彼女の不安を解消する唯一の薬だと、それしか知らないエセルの心が囁いていた。
(あなたが私に求めるものって、一体金銭が伴わないなら何なのよ?)
夜が深まり、アメティストとガルドがそれぞれ眠りにつく気配を感じた。
エセルは、そっと寝台を抜け出した。
彼女は、ノクスの「愛」ではなく、過去の確かな熱を求め、二人の竜の番の隙をついて、静かに宿の扉を開けた。彼女の足は、迷いなく、男が指定した街の時計塔の裏へと向かっていた。




