愛がわからない
「勝手よ、あなたたち竜は!」
エセルは声を荒げた。
「千年孤独だったとか、愛がどうとか言っておいて、私を傍に置かない。おかしいじゃない!あなた、本当に愛なんて分かってるの?番を求めるのは、あなたたちの本能なんでしょう!」
エセルの視線は冷ややかだった。彼女にとって、この「番」という繋がりは、あくまで生き残るための手段であり、ノクスの熱意は空回りしているように見えた。
ノクスは、その問いに一瞬、戸惑いの色を見せた。
「我は、お前の言う愛が、まだ分からぬ。だが、お前を抱くことは、お前のすべてを支配し、己の力に完全に同化させることなのだ」
ノクスの声には、王としての威圧感と共に、初めて愛に直面した未熟さが混じっていた。
「我は、お前が心の底から、この繋がりを受け入れるのを待っている。我の衝動で、お前の人間としての心を壊したくはない」
しばらくの沈黙の後、ノクスはエセルから視線を外し、夜空に向けたまま、静かに口を開いた。
「もう行くがいい、エセル」
「行くって、どこに?」
「ヴァルカンとアイゼンが、お前の望んだ場所を見つけてきた」
ノクスは振り返り、エセルの瞳を真っ直ぐ見つめた。
「明日から、お前はドラゴニアの住む東の国境近くの村へ向かえ。アメティスト、そしてその番である元傭兵の男が、お前を護衛する。そこで、お前は人間としての日常を取り戻し、そして、迫害される竜人の現実を目にするだろう」
ノクスの言葉は、最終的な通告だった。
「お前が、妃として、そして一人の女として、この使命を自覚し、心から我を求めてくれるまで、我はお前を抱きはしない」
ノクスの赤い瞳が、夜空の闇の中で熱を帯びた。
「我は、お前の身体だけでなく、お前の魂と熱情を求めている。その時こそ、我は初めて、お前を真の番として迎えたいのだ」
ノクスは、エセルの返事を待たずに、再び神殿の扉へと向かった。
納得がいかないまま、エセルは個室へと戻され、大きな寝台に横たわる。
娼館では、常に男の体温に満たされ、それが彼女の生計であり、安心感だった。
今は違う。竜の王の「愛」という名の拒絶に晒され、エセルを酷く傷つけた。
(どうして抱いてくれないのよ。私は、あなたの番なのよ。あなたが私に求めるものって何?お金で買える愛しか私は知らない。)
抱かれない夜の不安、肉体的な繋がりを求められないことへの喪失感。それは、ノクスを愛しているからではなく、対価のない繋がりが成立しないことへの不安だった。
エセルは、自分がノクスをどう思っているのか、わからなかった。彼の行動は、金銭で動く世界しか知らないエセルにとって、あまりにも理解不能だ。
「愛って、一体どういうものなのよ……」
エセルは、ノクスの冷たい触感を思い出しながら、初めて愛について真剣に考える夜を過ごすことになった。




