桜町 玲羅 ③
「つまり、俺たちは戦争利用のために召喚された勇者で、国に見つかればまず逃げられない。それが嫌ならその、ベアトリクスさんという方に協力するしかない、と。」
私達三人が、これまでのことを皆に説明し終わると、比嘉拓哉君がそうまとめました。
それに対し私は、「ベアトリクスさんの言葉を信用するなら、だけどね。」と言っておきます。
直接話した感じでは嘘をついているようには見えませんでしたが、用心はするにこしたことはないでしょうし。
「んーでも、そこは考えても仕方ないというか、判断のしようがないですよね?それなら、よほど不信な点がない限り信用するしかないんじゃないです?。先生は、ベアトリクスさんと話してどう思いました?委員長と、千吉良はどうだ?」
「特に、嘘をついているとは感じませんでしたね。終始落ち着いて、淡々と話している感じでした。」
「私もおおむね同じ意見ね。それから比嘉君、あなたの意見にも賛成よ。疑いだしたらキリが無いもの。」
「ベアトリクスさんが嘘をつくわけがないだろ?」
「先生と委員長がそう言うなら、信用できるな。よし。それじゃあみんな、それを踏まえて現時点での意見を聞かせてほしい。」
千吉良君が、「俺は?ねえ俺は?」と騒いでいるけど、まあ仕方ないでしょう。
比嘉君はそれから、一人ずつ意見を聞いていきます。
それを榊さんが、簡潔にまとめていっています。
黒板はないけど、制服のポケットにメモ帳とペンを入れていたようで、それを使っています。
正直、この二人がいて助かりました。
比嘉君は、榊さんと一緒にクラス委員をしています。榊さんが粛々と静かに行動するタイプなのに対し、比嘉君は明るく元気に行動します。
比嘉君がクラスのみんなを引っ張って、榊さんがそれをサポートする感じですね。
この二人は性格も全然違うのに、上手く協力しあっています。いえ、だからこそ、なのかもしれませんね。
私の助けが必要ないのは良いことなのかもしれませんが、ちょっとさみしい気もしますね。
「えーと、全員聞けたか?全員聞けたな。えーと、意見を変えたいやつはいるか?…いないみたいだな。それじゃあまとめると、大きく分けると出ていきたいやつが4人。協力したいやつが12人。保留が14人と。んー、保留が多いなぁ。まあ、仕方ないか。」
どうやら意見がで終わったようです。そしたら保留、つまり今の段階では決められない人がたくさんいるようでした。ですがこれは比嘉君の言うとおり仕方ないでしょう。まだ現状を受けとめ切れてない子も少なくないでしょうし。
ちなみに、私達ベアトリクスさんと直接会った三人は、全員協力したいと言ってあります。
ただ、出ていきたい子が四人もいるのには驚きました。この子達はいったい、何を考えているんでしょうか。
「じゃあとりあえず今は保留だな。幸い、この家の家主さんは明日の夜まで待ってくれるようだし。さらに自由に散策しても良いときた。考えるための時間と材料、その両方を与えてくれてる。となるとむしろ、今すぐ方針を決めるべきじゃないとも言える。」
確かに、今すぐ方針を決めるというのは、早急かもしれませんね。
「そこで、とりあえず全員でこの家の中をみて回ろう。家主の許可もあることだしな。意見を出すのはそれからでもかまわないと思う。時間は、そうだな。明日の昼食後、なんてどうだ?」
比嘉君のその意見に、特に誰も反対はしませんでした。
「それじゃあしばらくみんな自由行動だな。榊もそれでいいか?」
「良いけど、ずっと全員自由行動っていうのは非効率よ。ある程度の時間ごとに何度か集まって、情報共有すべきね。最低でも日に一回は必要よ。時計持ってる人は何人いる?…半分ぐらいね。それじゃ持ってない人は、できるだけ持ってる人の近くにいて。それから…」
大まかなところは比嘉君が決めて、細かなところは榊さんが詰める。ほんと良いコンビネーションです。
その後、千吉良君が本気で頭の心配をされたり、榊さんが注意事項を言うときに、色んな“最悪の想定”を語ったことでみんなが震え上がったり、マイナス思考の子がパニックを起こしてそれを比嘉君がなだめたり。
まあそこそこ色々あって、ようやくまとまりました。
まず三時間程散策。その後一旦集まって、また話し合うこと。
そしてようやく、散策に出かけることになりました。
けれど…
「みんな、各々決まったことは守ってやっていこうな。集合は、今から三時間後な。それじゃあしゅっぱーつ。」
「悪いがそれは無理だ。」
比嘉君が開始の合図をした次の瞬間、あの声が響きました。
「「「「「「!」」」」」」
「やあ諸君、初めましての者は初めまして。」
声の主ベアトリクスさんは、いつのまにか比嘉君の横に立っていました。そして慇懃に挨拶してみせます。けれどみんなは呆気に取られているようで、静まり返っています。
何をしに来たんでしょうか。
あ、もしかして…
「えっと、あなたがベアトリクスさんであってますか?それでえっと、無理とは?何がどうしてだめなんです?」
比嘉君はこんなときでも冷静で、若干緊張をにじませながらもベアトリクスさんに話かけています。
「何がどうしてか。そんなの決まっているだろう?対象はお前達が今からやろうとしていること。そしてその理由は…」
「理由は?」
みんな、緊張した面持ちでベアトリクスさんに注目しています。
あ、榊さんと千吉良君はそうでもないですね。たぶん、見当がついているのでしょう。
でも他のみんなはなんで思いつかないんでしょうか?
あっ、そういえば、ベアトリクスさんが別れ際に言ってきたことをみんなに伝えてない気がします。
でもベアトリクスさん、なんでこう不安を煽るように間を開けるんでしょう?もしかして、わざとやってます?
今もさも真剣なことを言うような顔をして、じっくりと一人一人の顔を見るように見渡して、ようやく口を開きました。
「理由は…昼食の時間だからだ!」
その後、ポカンとした表情の顔が並んだのは言うまでもありません。