本園家の跡継ぎの誕生会
子供達のさざめきは、大きな食堂室でも響いて煩いほどである。
長くて大きなテーブルには、真っ白いケーキが真ん中に乗り、その周りを埋め尽くすようにして色とりどりの料理の皿が並んでいる。
「さあ、杏樹、ケーキのろうそくを消しましょう。」
黒髪を優雅に丸く結った女性は娘に微笑み、しかし、娘の誕生日にしては質素すぎる黒ビロードのドレスを着ていた。
療養していた夫を亡くしたばかりの華江は、周囲の反対を押し切って、大事な愛娘の為に誕生会を開催したのだ。
娘は佐間介が大怪我を負った日から華江に口を利かなくなり、それどころか、佐間介の父に恐ろしい手紙を出しかけたのだ。
「おじい様、お母様がお父様を池谷と殺したの。私も殺されるかもしれない!」
娘から手紙を言付けられたメイドが馬鹿正直で、娘の手紙を出す前に華江に告げ口してきた子で良かったと、彼女は思い出しながら胸を撫でおろした。
華江は自分が郵便局に持っていくからとメイドから手紙を奪い、娘が何を書いていたのかを知り、その日から戦々恐々としているのだ。
華江はそっと自分の腹を撫でた。
今ならこの子供は佐間介の子供となる。
離婚して、娘の財産として佐間介から家も財産も奪ったが、娘をこの世から亡くしても自分には佐間介の子供と言い張れる子供がいる。
この誕生会で、娘を祝いに来た子供とその母親達の目の前で、娘が勝手に死ぬという悲劇に見舞われれば、自分には同情だけだろう。
自分のこの先の裕福な暮らしは、今後は脅かされることなく約束される。
そう、美しくも無い我が子に母の振りをする必要もなくなるのだ。
「さあ、杏樹。あなたがろうそくの火を消さねば、皆様にケーキをお配りできませんわよ。」
華江が見守る中、杏樹はしぶしぶという風だが、大きなケーキの前へと進み、そこで身をかがめた。
人知れず華江はほくそ笑んだ。
首に結んであげたリボンには、ライターのオイルが滲ませてある。
さあ、燃えろ。
燃えてしまえ、私の幸福を邪魔するだけのいらない生き物は!
杏樹はケーキに向けて身をかがめ、彼女の首に掛けてあったリボンの端が、さらっとろうそくの前に垂れた。
ふぅ。
ろうそくの炎は消えた。
どこにも燃え移ることは、なく。
「どうして燃えないの!」
華江は声を上げていた。
一斉に、不可思議だ、という眼つきの視線が華江に集まった。
騒めきは消え、しんと静まり返り、ただ、視線だけが煩く華江に集中している。
「お、おほほ。わ、わたくしったら、何を言い出したのやら。」
「お、お嬢様のお洋服にオイルをかけたのは奥様だったのですね!ああ、良かった。お嬢様を着替えさせておいて良かった。ああ、ああ!なんと恐ろしい!だ、旦那様を手に掛けられたようにお嬢様まで!」
なんと、娘の後ろにはあの愚鈍なメイドが立っており、彼女は華江に声を上げるや、華江の娘を自分こそが母親のようにして抱き締めてしまったではないか。
それだけではない、本園家の屋敷に昔からいる召使いたち、それらが華江の娘を守るようにして囲み、華江を睨んでいるのである。
「ち、違いますわ!何をおっしゃっているのかしら。そ、そんな仕事の出来ないメイドのたわ言など――。」
「お母様と池谷がお父様を殺すのを私は見たわ!」
「あんじゅ!」
ぼふ。
埃の詰まった管から空気が噴き出した音がした。
華江の真後ろで。
「華江、ウィスキーかジン、アルコール度数の高いものを持って来い。」
「何をなさるつもり?殺すならさっさとやっておしまいなさいな。」
「麻薬をやった馬鹿が、酒を被ったままタバコを吸おうとして焼死する事にするのさ。」
「そんな恥ずかしい死因は止めて下さいな。私が笑われてしまいます。」
「だからいいのではないか。君が喪に服さずとも、こんな恥ずかしい夫は嫌だろうと誰も非難しないだろ。」
華江はびくりと体を震わせた。
たった今、人間のものとは思えない低い声による会話が部屋中を満たしただけでなく、自分の過去の会話らしきものを再現したのだ。
今のはなんだ?と彼女は音がした方へと振り返った。
食堂室とソファのある大きな居間は繋がっている。
居間にある大き目のサイドボードの隣には、レコードプレーヤーが並んでいる。
先程までヴィヴァルディの四季を流していたレコードは、回っているがそれは回転しながらも完全に無音になっていた。
カス、カス、カス、カス。
まるで華江を嗤っているかのように、回っているレコードに当たる針の音だけをレコードプレーヤーは立てていた。




