手癖の悪い男の残したもの
俺は誠司の殺害計画があったと聞かされて、気が付かなかったと驚くばかりだ。
「え、気がつかなかったよ。」
「木下の報告ですけどね。紫色の中年女性が小刀で誠司を刺そうと向かってきたけれど、誠司が笑顔で追い払ったと。その後に木下がその女性を捕まえて尋問したのだそうです。あなたが気がつきませんでしたか?」
「全然気がつかなかった。周りの女性達の誠司への熱狂振りが凄くてね。思い出したよ、確かに馴れ馴れしい女がいたね。」
木下をいつの間にか子飼いにしていた田辺に怯えつつ、企画展のあの時に確かに違和感を感じていた事にようやく合点がいったのだ。
「男だったそうです。」
「はい?」
「女装癖のある男性だったそうでしてね。婿養子になって自分と縁を切っていた筈の弟が自分を頼ってきたからだそうで。……ですがね。」
そこで田辺は大きく溜息を出した。
「どうしたの?」
田辺は珍しくとても嫌そうな顔で、湯呑みの中を覗いている。
俺は心を落ち着けるために茶を飲もうとしたのに湯呑みが空だと田辺が溜息をついたのかと考え、急須の中の茶は出がらしで冷めているかもしれないが慌てながらも急須を捧げ持った。
「止めて下さい。言いますから嫌がらせは止めて。」
俺は親切心しかなかったのにと、落ち込みながら田辺を促した。
「それで?」
「それで、誠ちゃんが優しかったからと。」
「はい?」
「誠司がにっこりと笑ったんだそうですよ。そして自分を気味悪がる顔を一つもしない所か自分の行動を許してくれて、惚れたと。惚れたあの子に、いくら弟の久賀俊之の願いだろうか聞けないとね、木下に腹を切る勢いでその実行犯は謝ってきたそうですよ。久賀は企画担当だったそうでしてね、彼は自分が不要になるのでは、と妄想に取り付かれて誠司を排除しようとしていたみたいです。」
俺は居間で転がっている子供の寝顔に振り向いた。
アメリが頭の上に乗って眠ってだらけており、首には仰向けのリリカが首巻状態で幸せそうに熟睡している。
その間抜けな姿を眺めているうちに、俺はどうでも良くなった。
「その久賀も木下が事情をわかっているならば、後は大丈夫でしょう。」
「木下は誠司が久賀を不問にした事に憤慨していましたがね。」
「それで反物か。敵を味方に引き込む方法を君がしっかり教えてあげなさいよ。優しいだけじゃない方の引き込み方こそだよ。」
にやっと笑った田辺を横目に、俺は金平を摘んで口に運んだ。
「おや、これはいつもの味じゃないけどおいしいね。どうしたの?」
田辺は一転して暗い顔になり、長々と溜息をついた。
「無給停職中の長谷ちゃんが作りました。お昼は誠司にオムライスとやらを作って喜ばせていましたよ。あん人は何でもできるから、暫く我が家の家事も担当してくれるそうです。勿論給金付で。」
「それで望む給金を渡さなければ何かを盗むって?」
「その通りです。早速ウィスキーを一瓶持ち帰りましたよ。給金は時給で日払いらしく財布の金も抜かれていますね。彼はかなりお高いようです。」
ははっと乾いた笑いが出ると同時に足元に生暖かいものを感じ、俺は慌ててテーブルの下を覗いた。
鼠のような猫が足首にくっ付いていた。
困ったような顔つきの青緑色の目をした灰色の幼い仔猫だ。
大柄なアメリ達に見慣れたせいか、小さ過ぎて妖精のようだ。
「どうしたの?この子。」
幼いからか簡単に抱き上げさせてくれた。
寒いのか必死に袖口に潜り込もうとして、俺の手の中でもぞもぞしている。
短毛種だがふわふわで、手のひらサイズで物凄く可愛い。
子猫を抱いて感動する俺と違い、田辺は可愛い猫を一瞥すると忌々しそうに鼻でフンっと息を出した。
「もぐり、だそうです。藤堂の事務所で長谷ちゃんの足元に何度も潜り込んで、いつのまにかコートのポケットに入っていたそうで。」
「それがどうして家にいるの?」
「あげるって。無職の人間にはペットが飼えないからって。」
「ははははははは。」
俺は猫を抱いたまま台所の椅子から立ち上がり、自分の政治家の親父へ電話を掛けに行こうと電話台へと向かった。
長谷は刑事のまま組織に置いておいた方が安心だ。
あの糞爺にはそれぐらい簡単だろう。




