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お代は猫でお願いします  作者: 蔵前
最終章
68/71

種は撒いておきました

「誠司がさ、俺の丹前気に入っちゃっているでしょう。俺のじゃあ短いからね、祥子さんに誂えて貰えないかな。動けるようになっても羽織って喜べるように渋くて格好のいい柄でね。下に着る普段の着物も作ってね、清水の次郎長みたいに仕立ててみようか。」


 田辺は嬉しそうに口元を押さえ、俺の提案に了解だという風に何度も頭を上下させた。


「反物選びは田辺に任せるよ。」


「一緒に選びましょうよ。誠司は暇で仕方が無いんだ。彼にも反物を見せて、反物の選び方を教えてあげましょう。彼は新しい物には詳しく、本で得られるものは何でも知っていますが、古い習慣的なものを知らない。そこを知らないから年上連中が彼を怖がるのですよ。」


 田辺は我が家が襲撃を受けた日から、矢野ではなく誠司呼びだ。

 俺がその日に我が家の子と宣言したので、有能な矢野ちゃんは馬鹿な俺の子供の誠司となったようなのだ。


「そうなの?」


「あなただって、同じ本を読んだことのある人間と話す方が気安いでしょう。接点が無い自分よりも優秀な人間は、人には怖いだけなのですよ。」


「そういうものなの?誠司は接点が何も無い女性にはモテまくりなのにね。」


「そっちは接点がないこそ惹かれるのでしょうよ。女と男は陰と陽。自分に無いものを求めるものでしょう。」


「そうだね。それで得られる新たな喜びって大切だものね。更紗が絵を描く人だって今まで知らなかったから驚きでね。」


 不思議な事に誰にでも受け入れられるその特技を、誠司は更紗に俺には内緒にするべきだと言いつけていたと言う。

 実は相良が思い込んでいるように、誠司は更紗に仄かな思いも抱いていたのだろうか。


「写真のようなゴキブリの絵の隣に、自分の似顔絵が描かれるのは凄く嫌だって誠司が言っていましたよ。彼女は頼まれれば解剖の図も描いているのでしょう。小枝子さんには寄生虫の絵を渡して喜んでいましたよ。」


 腹を開かれたヌートリアの映像が、俺の頭にぽっと浮かんでしまった。

 俺は更紗による鼠食いという行為によって、思っていた以上のかなりな精神的打撃を受けていたらしい。

 喉元にせり上がってくるものを感じて、俺は口元を反射的に押さえたのだ。


 そこで矢張り誠司は俺に更紗を完全に押し付ける気持ちしか無いという確信も湧いたが、その好意をあまり嬉しく感じないのはなぜだろう。


「ちゃんと伝えました?」


 突然の田辺の言葉に俺は顔を上げた。

 彼は戦時中の俺の副官の顔つきになっていた。

 副官として上官を操る方のフィクサーの顔だ。


「麻酔弾の代わりにヘロインを使ったって?君の言うとおりに伝えてあるよ。」


「ようございました。」


「ねぇ、それが大事なの?あれは普通の麻酔弾でしょう。」


「麻薬をやって、それも中毒患者だという噂が出れば、風間は以後仕事ができないでしょう。警察を追い出されても目当ての相良警備に迎えて貰えないならば、彼に情報を流していた相良の人間も、連動していた捜査第二課の誰かも道連れか金を引っ張るくらいはするかなとね。それで共喰いをさせようかと、その時はね。ええ、実行犯の奴らにはお灸どころか地獄を味合わせてやりましたから良いですが、上は全くの不問のようですからね、種を蒔いておいて良かったですよ。」


「どうして風間の事を知っていたの?あれは風間康雄だって君が言い出したからあの時は驚いたよ。」


「誠司の過去を調べたからですよ。隊長に近付く者への身辺調査は副官の通常業務でしょう。長谷が誠司が白狼団の頭領だって言うから尚更ね。」


「誠司は悲しくなるくらい真っ直ぐな奴じゃないか。君も一目で気に入っていたでしょう。それなのに調べたの?」


「だからこそですよ。あの子の障害になる者がいたら、俺達が守ってやりたいじゃないですか。」


「俺、たち、か。ははははははは。」


 俺は田辺を本当に怖いと思いながら話を戻した。


「それで相良の人間って?」


「企画展では白狼団がいなくても、相良警備が会場警備をしていたでしょう。誰が刑事を上にまで上げたというのです。開催日は誠司を刺し殺す計画もありましたよ。」


 俺は唖然としながら有能過ぎる副官を見返した。

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