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お代は猫でお願いします  作者: 蔵前
二十 汚職刑事の茶番劇
65/71

猫は鳴き白狼は踊る

 青い炎はすでに消えているが、スラブを滑りやすくしているオイルはまだ残っており、田辺の見下ろす視界の中で、二名の刑事が転びながらも屋上を走って横切っていった。

 彼らは屋上の非常階段に辿り着き、足元を滑らせながらも下へと降りていき、田辺の視界から完全に姿を消した。

 田辺は無線機の周波数を変えた。


「こちら甲。戦況は?」


「は、はい!乙です!ぷぷ、面白い。勝手に自爆していますね。どうぞ!」


「次は自爆じゃないですよ。停電は一分。踊れるのはその間だけ。どうぞ。」


「かしこまりました。黒猫が鳴いたら突入します!田辺軍曹!」


 田辺は無線を切ると、ラジオを抱えたままひょいと塔屋から飛び降りた。

 屋上スラブにトラップを作り上げたのは田辺であり、自分で仕込んだのだから安全地帯はわかっている。

 滑ることも無しに猫のように着地した彼は、長谷に付けたコードネームを思い出してクスッと笑った。


「駄目だねえ。あんなにも隊長を叱りつけておいて、俺は楽しくて堪らない。では、不幸をもたらす黒猫さん、頼みますよ。」


 長谷は自分が黒猫などと呼ばれている事も知らず、人使いの荒い男の言う通りに三階の大会議室に籠っていた。

 遠くの方でドアを開け閉める音が自分へと近づいてくる。


「やば。俺って武闘派な人じゃ無いじゃ無いの。全く、竹ちゃんと違うんだよ!お坊ちゃま育ちは一緒なのに、ああ、どうして彼と僕はこんなにも違うんだろう?彼は生まれながらの戦闘民族じゃないか!」


 ばああん。


 乱暴にドアは開き、長谷は入って来た男に微笑んだ。

 その長谷の笑顔に男は一瞬怯み、すると長谷は軍隊時代の声を上げた。


「おおさこお!誠司の足を捩じったのはお前かああ!」


 大迫は一瞬どころか自分よりも小柄の男の鬼気迫る声にびくりと震え、しかし、長谷の言葉の内容に自分の戦果を褒められたような気にもなっていた。


「おうよ!情けねえよ。蛇口みたいによ、捩じったらション便を漏らしやがった。お前も同じようにしてやるよ。色男同士、睾丸もブチ潰してよ、俺達の女にしてやってもいいぜ!」


 長谷に大迫と名指しされて怒鳴られた男は、ワハハハと大声を上げた。

 それからゆっくりと室内へと足を踏み入れた。

 彼の後ろに木部が続き、もう一つのドアから阿部と西山が入って来た。


「ほら、長谷、ズボンとパンツを脱ぎな。俺達が仕置してやるからさ。」


「ははは、それは困るなあ。お前は下手だって有名だろう?お前の女房も、俺との一夜を待っているからね。ああ、そうだ。お前の息子は俺に似ていないか?」


「てめえ!」


 大迫は長谷に殴りかかるべく、勢いよく三歩ほど前に進んだが、大迫の腕は虚しく宙を掻いただけだった。

 ヒュッと屈んだ長谷の手の平は正確に大迫の顎を上にはね、大迫は頭を上向きされた衝撃で体の動きをびくりと止めた。


「てめえの足も同じにしてやる!」


 シュルっと大迫の右足に細い蛇が巻き付き、その蛇は単なるエナメル加工した細い革紐でしかなかったが、革であるから動けば動くほど絞まるものである。

 長谷は思いっ切りにその革紐を捩じり上げて引っ張り上げた。


「ぎゃああああ!」


 大迫は右足をおかしな方向へと曲げながら大きく床に倒れ、そこでようやく三人の男達が長谷目掛けて飛び掛かって来た。

 長谷は首に下げていたホイッスルを口に当てると、それを思い切りに吹いた。


 ぴいいいいいいいいいいいいん。


 ぱっと電気は消え、世界は暗黒に変わった。


「なんだ!」

「電気が?」


「いいから長谷を捕まえ、っっうごっ!」


 長谷は大迫からエナメルの紐を解くと、呻いている大迫の耳に囁いた。


「君の贈ったバッグは大事にとっとく価値も無いってさ。」


 長谷は呻く大迫に笑い声を吹き込むと、白狼団が振り下ろす怒りの拳の餌食にならないようにと、そろそろと部屋の隅に逃げ込んだ。

 あと四十五秒は長いなあ、と思いながら。

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