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お代は猫でお願いします  作者: 蔵前
十九 我が舞えば 影が狂乱する
61/71

君は火の弟

 テレビ放送は基本生放送だ。

 スタジオに誠司を招いたが、そこで彼のインタビューを放送する目的のわけではなく、機器の揃ったスタジオが俺の目論見に適した環境だったからである。


 駐車場から誠司は車から車椅子に乗せ換えられ、同乗していた木下と鳥居に守られるようにして建物内へと向かっていった。

 俺と田辺は誠司が建物内に入った事を確認したのち、無線機を動かした。

 ラジオに音声の送受信ができるように改造したもので、持ち歩くには少々大きすぎるが、敵との戦闘行為の為には味方同士の情報のやり取りは必須である。


「此方、甲。星は屋内に入った。保護を頼む。どうぞ。」


「此方、乙。確認しました。」


「すごい!何、そのスパイごっこ。俺にもなんか喋らせて!あ、あ~、こちら、誠司です。え、俺は星だっけ?どうぞ。」


 田辺は誠司の声に吹き出し、俺は無線機の音声をオンにした。


「甲です。お前は星から丁に変更。どうぞ。」


「ええ!丙を飛ばして!酷いや。じゃあさ、しんでいきます。どうぞ。」


「ばか!辛が一になるのは年として数えた時だ。わかったよ、鉄火娘の兄だったって事で、丙にしといてやる。どうぞ。」


「俺さあ、竹ちゃんのお兄ちゃんにはなりたくないからさ、やっぱ丁でいい。と、言う事で、弟の俺をよろしく頼むよ、お兄ちゃん。」


 俺は言葉を返さずに無線機の周波数を変えた。

 全く!

 俺は時々驚かされるが、誠司はそこいらの若造よりも教養があるのである。


 甲乙と数える十干は、元は中国の数の数え方だ。

 こうおつへいていこうしんじんの十文字であり、甲から一二三~十と数字を振り分けるか、零一二三~九と振り分けるかの二通りがあるが、年で数える時だけは、甲から四五六七八九十一二三となるのである。


 また、甲と乙で陰と陽の兄と弟、また十干は五行をも現わしているので、甲乙が木、丙丁が火、戊己が土、庚辛が金、壬癸が水となる。

 誠司が丁でいいと俺に返したのは、丙が火の兄で丁が火の弟だと知っているからなのである。

 学校を出た人間には常識、あるいは戦前生まれならば当たり前のことかもしれないが、尋常小学校も満足に通えなかった彼の返しなのだ。


「誠ちゃんはね、お父さんの蔵書を全部読んじゃったのよ?」


 妻の自慢そうな声が俺の脳裏で響いた。


「俺は竹ちゃんのお兄ちゃんにはなりたくないからさ。」


 つい先ほどの誠司の声がそれに被さった。

 頼ることを知らないで育った青年は、我が家ではかなり子供っぽく振舞っている。

 そしてその振る舞いを俺達に叱られないことで、勝手にびくりびくりとしながら俺達を窺うような目線でじっと見ていたりするのだ。


「そうかあ。誠司には田辺が優しいのは、あいつのびくり顔が楽しいからか。」


「そんな変態はあなただけでしょう。敵が動きましたよ?」


 田辺の声に駐車場を見回せば、駐車場に人影が増えたのであり、彼らは総勢八人で、全く悪びれた様子はなく、自分達こそ正義だという風にして堂々と建物に向かって行った。

 田辺の銃撃で事故を起こした運転手と助手席の人間は、恐らくどころか事故現場で事故の後始末に残っているのだろう。


「ここで全員潰した方が楽だと思いますけどね。」


「秘密を作るから秘密を隠そうと躍起になるんでしょ。白日の下に晒して、彼等に反省を促すのが一番でしょう?」


 田辺は俺の言葉に、はっと鼻で嗤い飛ばした。

 俺が上官を酒の席でいたぶった時と同じ笑い方だ。


「裸踊りはもうやめてくださいよ?」


「煩いな!行くよ!」


 刑事たちが建物に吸い込まれたところで、俺と田辺は車を降りた。

 月の光が俺達の上に落ち、オールバックにした額の上に注がれた。

 妻の顔の傷は下弦の月の様な綺麗なものだ。


 俺はほんの少しだけ顔を上向け、妻の唇を夢想した。

 パーティ用の黒いダンススーツなどを着ているのだ。

 パートナーがむさくるしい田辺ではなく、美しい更紗だと思い込んだ方が良いだろう。


「さっさと行きますよ。安全確認の大丈夫か、大丈夫ですの為だけにラジオを改造しちゃうなんて。仕事もしないで!」


「いいじゃない。持ち運びできるサイズの無線機の実装だ。君は戦場で無線機が欲しいって何度も言ってたじゃないか。」


 田辺は推し量るような目で俺を見据えて俺の居心地を悪くしてから、ラジオを嫌々しそうに手に持つや、俺の前をさっさと歩いて行った。

 八人の刑事たち。

 さて、地念字はどんな風に踊るかな。

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