荒野で育った子供は微笑みしか作れなかった
誠司達孤児が愚連隊として互いを守り合っていたのは、弱ければそこで年上男性の食物にされるばかりだった事情からである。
そんな生育環境だった誠司にとって、実は竹ノ塚の人達は違和感ばかりだ。
振る舞いから単なる単なる一般人にしか見えないが、時々噴出させる殺気には誠司どころか白狼団のメンバーさえ脅える事もあり、それなのに彼らは誠司達から奪うどころか子ども扱いして守ろうとするのである。
「竹ちゃん隊の人達はみんな優しいよね。喧嘩は強いっぽいのにさ。ねえ、藤堂さんもやっぱり喧嘩強いんだよね?強いからさ、あなた方は優しいのかな?」
ぐひゅっと、藤堂から変な声が漏れた。
誠司は彼を見つめていると、真っ赤どころか沸騰して頭から湯気が立つぐらいになっており、彼は突いたら転がるんじゃないかと思うぐらい狼狽していた。
「あれ、どうしたの?俺はそんなに変なことをあなたに言ったかな?」
「い、言ってない!お、俺は、き、今日は君のお付きな人なだけだから。俺のことはいいから、さ、ね?君が主役だから、ね?」
「あ、ねえ、あの!」
誠司とぎこちない藤堂の会話で何かを思いついたのか、秋山というピンク色のツィードスーツを着た女性は、頬を赤らめて口を挟んで来た。
誠司は笑顔を作って彼女を促すと、彼女はさらに赤くなりながら、しどろもどろに思いついた質問を誠司に投げかけたのである。
「あの、子供時代に尊敬していた人は誰ですか?」
誠司の脳裏には、自分に文字を教え、転寝している誠司を座布団ごと抱き上げた若い男のイメージが浮かんだが、彼はその男の名前を口にはしなかった。
彼は母親の過去の客でしかないのだ、と。
それでもその男は誠司の母親の他の客と違って、誠司を殴ることも性的な何かを誠司に求める事も無かった。
誠司はぎゅっと右手を握った。
叫び出したくなる幼い頃の記憶を閉じ込められるように、過去に触れられそうになれば体のどこかに力が入る。
敵がいればこの拳はその相手の体に沈められる。
誠司は未だに抜けない弱い自分を隠すようにして左手を自分の右手の甲に乗せ、力が入っている自分を消せるぐらいの余裕の笑みを作って相手を見返した。
「ま、まあ!」
「うわあ。」
インタヴュアーも藤堂も目を見開いて頬を紅潮させた。
そこで誠司は竹ノ塚の事を想い出した。
同じような場面の時、竹ノ塚は誠司の頭や額をぺちっと撫でるように叩き、当り前のことのようにして誠司に囁くのだ。
「痛いんだったら力を抜け。」
誠司はほっと力が抜け、そして彼の中で母親の客だった男と竹ノ塚の優しさが重なって、自然と口から尊敬する男性の事を吐露していた。
「尊敬するのは父親ですね。ええ、父親です。」
自分がそう思っているのだから良いだろうと、誠司はそんな気持ちだった。
誠司の目の前のインタヴュアーは、誠司の回答に目を細めた。
そのまなざしは誠司を居心地悪くさせる母親の眼つきであったが、ほうっと溜息を吐いた彼女の素振りは、誠司に握手を求める人の熱っぽさがあった。
「まあ素敵。お父様は、どんな――。」
「お父様なんかこいつにいるか!父親など誰だかわからない浮浪児が!」
大声を上げてその場を台無しにしたのは、誠司を過去に殴って来た相手であり、幼い誠司の身体にも心にも傷を刻んだ男である。
彼は誠司が入って来た時に使った扉、それを大きく開けてスタジオ内に入って来たのだ。
今、目の前の、刑事だと誠司の目の前に現れた男は、誠司に尋問をすると言いながらも、誠司が一言も喋れはしない痛みと状況しか与えなかった男であった。
誠司は親友達の姿を探し、彼らが消えていることに有頂天となりながら、自分の方へとスタジオを横切ってずかずかと歩いてくる男を見つめた。
尋問室で初めて名前を知った地念字警部は、自分が誠司にした事こそ隠したい小心者だったと、誠司は尋問中に気が付いたのだ。
自分を乱暴した男だと大声を上げてやれば、誠司の世界は壊れるかもしれないが、この男こそ破滅すると誠司には分かっていた。
さあ、声を上げてやれと誠司は息を吸い、その数秒後に、誠司は自分が何も叫ぶことはできないと口を閉じた。
自分は相良誠司だ。
守らねばならない相良の名が、彼を完全に縛ってしまったのである。




