正義は手に入れるもの
藤堂の物言いで、長谷は昔を思い出し、軽く噴出した。
「にゃあ。」
ごほっと、長谷は笑いを納めると、ひょいっと邪魔ばかりする仔猫の背を摘まんだ。
それから摘んだ仔猫を再び一人掛けソファの、今度は背に乗せあげた。
仔猫はソファの背で不安定だからか、脚と体と尻尾までも強張らせて、置物のようにぴきーんと固まった。
仔猫のその姿に安心した男は、笑いを含んだ声の調子で藤堂に尋ねた。
「何だっけ。竹ちゃん隊重要申し送り事項。」
長谷の言葉に藤堂も昔を思い出したか、長谷に向けていた表情を親しみの篭った物に変え、当時と同じように長谷に叫んだ。
「竹ちゃん隊、第一の条。竹ちゃんに気をつけろ。第二の条、竹ちゃんから目を離すな。第三の条、竹ちゃんの言葉を信じるな。第四の――。」
「もういいよ。それでどうしてそんなのが出来たの?」
「下士官殴る上官を酒の上の無礼講で苛めるし、男色の上官を酔いつぶして操を守ったと大声あげて食堂でゲロ吐きまくるし、気に入らない上官の車を解体しちゃうし、本当に大変でしたよ。一番酷いのが麻薬を焚いて敵を一網打尽にしたのはいいけど、竹ちゃんも麻薬を吸ってしまわれてね。壊れた彼を抑えるのがどれだけ大変だったか。」
藤堂は懐かしい目つきから疲れた目つきに変わり、猫の背中に頬ずりしながら大きく溜息をついた。
長谷も溜息をついたが、それは先日の大立ち回りで梶の作った麻薬煙幕を使わなくて良かった、という安堵の溜息である。
そして、再び足元が生暖かい。
長谷はもうひとつ溜息をついた。
「僕は田辺さんに騙されてね。竹ちゃん美青年だったでしょ。男色の上官から守るために張り付いてろって、田辺さんに仰せつかっていたけれどね。実は竹ちゃんを見張れって事だったのよねぇ。」
一八〇を超えるがっしりとした体格の大柄で、何時も驚いているような大きな目をした顔の男は、小さく縮んで猫を抱いてしょぼくれていた。
彼はその体格から人々に威圧感だけを与える剛の人間で、そのためやくざと渡り合わなければならない芸能界で成功を収めて重鎮となってもいるのだが、今は唯の弱々しい男である。
「その竹ちゃんに、君の事を密告していいかな?」
長谷は芳醇なコーヒーの香りを嗅ぎ味わいながら、藤堂の怯えも嗅ぎ取っていた。
「僕は密告されるような事は何もしていないよ。」
「そうかな。」
「そうだよ。」
長谷はぐるっと、それもゆっくりと嫌味たらしく室内を見回してから、再び藤堂に顔を向けた。
長谷こそ自分の不甲斐なさで、守るはずの人間を守りきれなかった怒りを抱えているのだ。
実際に戦ったら藤堂を潰せるかな、と計算しながら長谷はにっこりと微笑んだ。
「竹ちゃんのね、弟分。それもすごーく可愛がっている男の子が、誰かさんのせいで警察に冤罪逮捕されてね、大怪我を負ってしまったの。」
「それはニュースでやっていた相良誠司のことかい?あのハンサムが大怪我?顔は?顔は大丈夫なんだろうね。うちで彼のポートレイトを売れたらと考えていてね。」
長谷はコーヒーを零しそうだったが、耐えた自分を内心で叱りつけた。
零して藤堂にぶっかけてやれば良かったと、すぐさま思い直したからだ。
「無理だね。もしも彼がポートレイトを撮影するにしても、それは別のプロダクションに頼むだろうね。それどころか、君を敵だと名指しだね。君が陥れてしまっての彼の不幸だからね。」
「にゃあ!」
藤堂の抱き方が悪かったのか、突然猫は叫ぶと体をねじって藤堂から逃げた。
藤堂は猫を掴んでいた手つきのまま固まり、その大きな目をもっと大きく目玉が零れそうなほどに見開いている。
「僕が陥れた?」
「そう。」
「うそ。」
「本当。君に珍しい猫を持ってくれば役が貰えるのでしょう。女優の卵が誠司君の愛猫を狙ってね、それで彼は罠に嵌められてしまったのさ。何も悪いことをしていない子供がね、悪徳警官に酷い拷問を受けたのよ。可哀相だね。」
「君は嘘吐きだよね。そんな噂が?僕は知りませんよ。それは君の嘘でしょう。」
長谷はいつもの嘘吐きの顔に戻ると、不安そうな藤堂の目をじっと見つめ返した。
「相良誠司が歩けない体になったのは事実だよ。結果は存在するんだ。でもね、過程を弄ることで僕は幾らでも「本当」を作れるからね、全てを君の責任に完結できる。さぁ、ごめんなさい、何でもしますと言おうか。警察は最近無いも同じだからね、ごめんなさいが通る一瞬の機会かもしれないよ。」
ここは長谷はシリアスに罪もない人を脅していく場面でしたが、結局は甘ちゃんな長谷さんは、仔猫を無視しきれなくて、切れて単なる言いがかりになってしまいました。




