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お代は猫でお願いします  作者: 蔵前
十八 道具の調達
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噂話の不確かさ

 にゃあ、にゃあ、にゃあ、にゃあ。

 煩い。

 癇に障る。

 猫の鳴き声は、なんと赤ん坊の声に似ていることか。


 自分の子供以外は子供が好きではない独善的過ぎる男が、自分の足元でじゃれつく子猫から脚を避けると、彼の足という支えを失ってコロッと転がった子猫は、絶望にも見える目線で彼を見上げた。


 にゃあ。


 グレーの子猫はどうしても革靴かズボンの裾に体を入れたいらしい。

 せっかく避けた脚に再び子猫の感触を感じた彼は、笑顔を顔に浮かべながらも鳴き縋る子猫を蹴り出したい気持ちで一杯だった。


 むんずと背中を掴んで、斜め横の一人用ソファの座面に落すと、困ったような顔をした子猫は恨めしそうに長谷を見上げて、ぴぎゃあとか細く鳴いた。

 猫など抱き上げてもクネクネしているだけであり、役に立たない不気味な瞳の獣でしかないというのに、彼の周りは猫に浮かれた間抜けばかりだ、と彼は大げさに溜息をついた。


 特に隊長風を吹かせて当たり前のように「道具」を所望するあの男は、弟分にした青年の猫を狙っているという非常識だ。


 そして「道具」を当たり前のように要求できる時点で、彼が長谷の動向を大体掴んでいるのだと怖気を感じたのも事実だ。


 流石「死神」に魅入られた「魔人」だと、過去の噂話の渾名を長谷はしみじみと思い出す。


「俺は取り柄のない普通の人だものねぇ。ただの使い魔。仕事をしますか。」


 独りごちた長谷は軽く肩を解すと、戦友だった男の応接間で、猫の声に居心地を悪くしながらも顔にはいつもの軽薄な表情を貼り付けた。

 そして悠然と見えるようにして、彼は黒い革の高級ソファに足を投げ出して深く座り直したのである。


 長谷の目の前には美濃焼きの青い珈琲セットが真っ黒い液体を湯気を立てて湛えており、彼は器にそっと長い指を持つ優美な手を添えると物憂げに口元に運んだ。

 しかし、長谷は気づいていないが、その長谷のしどけない姿は白い肌と印象的な整った顔立ちも相まって、ブロマイドの一枚のようであったのだ。


 ところどころ青あざが残る顔も、完璧さを崩すからか尚更良い。


 長谷の対面に座る男は、自分の商売柄か長谷の造型の素晴らしさにただ感嘆し、息を止めて長谷を見つめてしまっていた事に気がついた。


「あなたは相変わらずですね。そんなあなたが刑事なんてやっているとは信じられませんよ。僕以上に爛れた生活をなさっていそうでしたじゃないですか。」


 左手の中指と人差し指に二つ、右手の人差し指から薬指までの三本に三つの下品な指輪を煌めかせ、もみ上げは長く、そして紫色という信じられない色のスーツを着た失礼な男は、真っ白いペルシャ猫を抱いて長谷の前に座っている。


 そして、猫はそれだけではない。


 机に黒猫が一匹、男が座るソファの背にシャム猫が、尻尾の短い三毛猫と尻尾の先が鉤のブチ猫は部屋の隅で二匹で転がってじゃれている。

 そのじゃれている猫共がいる反対側の部屋の隅には籐籠が置いてあり、長谷にじゃれ付いていた鼠のような灰色の子猫の三匹のクローンが、そこから顔を出して長谷をじっと見ている。


 俺を見るんじゃないと念じながら、長谷が一人掛けソファに目線を移すと、先程そこに乗せたばかりの灰色のチビが姿を消していた。


「僕も吃驚ですよ。竹ノ塚隊長の護衛官だった、あの純朴な藤堂守とうどうまもる二等兵様はどちらに行ってしまわれたのだろうかってね。大手芸能プロダクションで金と色と、そして珍しい猫に囲まれた生活とはね。」


 口にしながらも長谷は、ここにいる猫達が捨てられたものか虐待を受けたものである事に気がついていた。

 ペルシャ猫は足が一本足りず、クロネコには背中に火傷の痕が見られ、三毛猫は片耳が千切れており、ブチ猫は何かの治療の為か半分毛を刈られていた。


 健康そうなのはシャム猫とチビ共だけかと見て取った長谷は、人の噂や情報がなんと不確かなものでしかないのかと自嘲した。


 にゃあ。


 足が生暖かいと長谷が視線を降ろすと、チビがズボンの裾に体を入れようとしていた。

 長谷は観念したかのようにして、はあ、と吐息を漏らした。


 はあ。

 これは長谷でなく藤堂のものだ。


「竹ちゃんの面倒を見ることを考えたらね、我侭な女優や地方で脅してくるヤクザなんて可愛いヒヨコでしかないですよ。未だに竹ちゃんの副官をやっていられるなんて、田辺さんは相変わらず凄いですね。」

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