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お代は猫でお願いします  作者: 蔵前
十七 秘宝館で秘密が綻ぶ
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映画俳優のように騒がれて

 会場前、誰もが注目する誠司はマイクの操作をしており、アーアー、と彼が声を出しただけで、キャーと悲鳴があがるという現象まで引き起こしていた。

 俺の左耳も鼓膜が破れそうだ。


 数分後にスタッフらしき人間が誠司に耳打ちをして、すると誠司は観衆を見回してから最大の微笑みを浮かべた。

 勿論、その笑顔になった途端に、キャーの大絶叫だ。


「きゃああ!時間ね!誠ちゃんが挨拶する時間なのね!」


「母さん。」


「紳士、淑女の皆様。本日はお越しいただきありがとうございます。寒いからと着込む今の季節こそ装飾品に拘り、美しいものを屋内で楽しむ機会では無いでしょうか。わが相良物産社員一同が吟味し集めた秘宝と歴史にご堪能頂き、皆様に楽しいひと時をご提供できましたら幸いでございます。さぁ、開場です。皆々様、どうぞ、お入りください!」


 誠司の口上に、まるで映画俳優に対するような黄色い悲鳴がそこ等中で起き、カメラマン達は一斉にバシバシと写真を撮り始めている。

 俺は母をそっと床に降ろしたが、彼女は夢見がちな顔つきのままで、すでに人の影で見えないのに、誠司のいる方向をぼんやりと眺めているではないか。

 両手は胸の辺りで交差して、胸のときめきを押える夢見る乙女そのものだ。


「なんて素敵な挨拶。」


「そうですか?普通のありきたりの口上でしょ。」


 俺の実母は実の愛息子に、殺気の篭った目線を向けた。


「あんな大怪我をしても、そんな素振りも見せずに頑張っている可愛い子に、あなたは。」


 俺はそっと左手で杖を握る右手に触れた。

 ちゃんと指が二本足りない。


 俺の方も大怪我しても頑張っている男ではないのか?


 釈然としないまま左腕に実母をぶら下げた格好で、会場の入り口へとノロノロと足を進めた。

 すると、俺を待ち受ける美女がいた。

 俺の目的は彼女を目にする事だ。


 薄紅色のスタンドカラーのワンピーススーツを着て、同じ布で作った丸帽子を被った妻は、入り口で百貨店の制服を着た売り子と共にパンフレットを配る手伝いをしていた。


 俺の義母となる相良も俺を地獄に落とす牛鬼の如く会場にいたが、ありがたいことに、彼女は更紗の横ではなく、この百貨店の支配人の隣にいた。

 金色にも見える煌びやかなスーツ姿で、女王然として立っているのだ。


 もちろんウェストには、誠司が一番押している玉虫色のビーズベルトだ。


 ビーズベルトは三角形にガラスビーズが編みこまれ、ビーズのついた房が揺れるという手の込んだもので、相良がそのベルトをウエストに引っ掛けるように緩やかに飾る姿は、このベルトはこう着けるのだと言う良い見本になっていた。


「帰りには私もあんな感じのスーツを仕立てようかしら。」


「確かに誠司君は凄いですね。あなたからどれだけお金を引き出しているのか。」


「それならあなたがスーツを買って下さいな。」


「えぇ!ほら、列が動きましたよ。母さん。ほらほら、誠司君が見えて来た!」


「まあ!ほんと!」


 車椅子の誠司の横には、彼を守るように木下が立っており、また、どこにでもいる恰幅のよい中年男性の姿もあった。

 中年男性は誠司に嫌味に近いほど深々と頭を下げた割には、ぷいっと会場の方へと入って行ってしまった。


「まあ!あの礼儀のなっていない男は誰ですの!」


「お母さん。百貨店企画部の久賀という人ですよ。忙しいだけでしょう。」


 俺の母はそれでも久賀に憤慨していたが、誠司が母と目が合ったのかニコッと笑い、それから木下とおどけた目線を交わしあった。

 単に「竹ちゃんがママと一緒だよ。」という揶揄いなのだろうが、誠司も木下も自分達が客に囲まれていた事を失念していた。

 木下も見た目が良い男なのだ。


 きゃああああ!

 かわいいい!


 彼らのふざけ合った表情によって、再び女性達の黄色い悲鳴が起きたのだ。

 俺の周囲で!

 俺の母含めてだ!


「まるで映画俳優の騒がれかたですね。一挙一動全てを騒がれて。」


「まるで映画俳優のような素敵さじゃないの。あああ、可愛い!誠ちゃ~ん。」


 俺の母は完全に壊れてしまっている。


「誠ちゃん!誠ちゃん!大丈夫なの!」


 数メートル先で大声が上がった。

 気安く誠司に尋ねながら彼に突撃したのは、騒々しい鳥のように着飾っている紫色という、まるきり他人の中年夫人である。

 しかし誠司はその抱きつこうとする馴れ馴れしい女性の所作を厭いもせずに、差し出した両手で彼女の両手を握り締め、女性を必ずとろけさせると有名な彼の微笑を彼女に向けた。


 微笑を向けてもらえなかった周囲でも、ほぅと、溜息の漏れる音が次々と起こった事に俺は驚きだ。

 俺の左側にいる俺の実母からも、ほぅ、なのだ。

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