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お代は猫でお願いします  作者: 蔵前
十六 あなたはいつも兄だった
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俺はちゃんと帰るよ?

 耀子の部屋は、寝室とサロンという二部屋が扉で繋がった、ホテルのスイートルームのような造りである。

 そして、屋敷においては一番大きな部屋であった。


 過去形なのは、耀子が自分の部屋よりも一部屋多いという、巨大なスイートを作り出そうと自宅を改造しているからだ。


 耀子の部屋の向かいに客室の三部屋があったが、彼女はその三部屋の壁をぶち抜いてドアを作り、寝室、サロン、書斎と繋がるスイートルームに仕立て上げているのだ。

 また、誠司が現在車椅子であることも考えて、絨毯は剥ぎ、床を全てフラットになるように、リノリウムに張替える予定でもある。


 執拗なのが、寝室となる部屋の廊下側のドアは潰され、寝室にはサロンからしか向かえず、部屋を全室鍵つきにしたところだろう。

 つまり、部屋の鍵は誠司の他には耀子しか持ちえず、清掃に関しては耀子か誠司の立会いの下に行う予定なのだそうだ。


「これで、勝手にベッドを暖める女中を排除ができるからいいわね。」


 なんて過保護過ぎるお母さん。

 誠司はたまには楽しんでいたような気もする、とは私の口からは言えない。

 耀子は時々忘れるが、誠司は愚連隊時代は、木下以下仲間を引き連れて、繁華街で大騒ぎもしていた奴でもあるのだ。

 清廉潔白な私の恭一郎とは違う。


「おい、ぬーとりあん。何を変な顔をしているんだ?」


 グググググと五月蝿い駆動音を立てて、誠司は私のところへ自走して来ていた。


「誠ちゃん。その呼び名をやめてくれる?」


 誠司は手を伸ばし、私の頬をむにゅっと引っ張った。


「だからやめてって。」


 誠司の手をはねつけると、彼はとても大喜びだ。

 嬉しそうに私の目を覗き込んで来た。

 私は立っているのに、誠司の目線と殆ど変わらないとそこで気が付き、車椅子がどうしてこんなにも大仰で座面が高くされているのかの理由がわかった。


 この車椅子の改造は、恭一郎の優しさでしかないのだ。

 かわいそうと見下ろされるのは、きっと誠司には精神的にキツい筈だ。


「竹ちゃんね、寄生虫の検査したりで大変だったぞ。」


「もう。私の処理は完璧だから大丈夫なのに!罠は禁止されるし、意外と器が小さい夫にがっかりよ。」


「お前、男は繊細なんだよ。竹ちゃんに食わすのは次からは犬までにしておけ。」


「猫は?猫の方が良い味だよ。」


「ふざけるなよ。それだから怖くて俺の愛娘連れて耀子の所に帰れないのじゃないか。いいか、俺の愛娘に手え出したらお前でも殴るからな。ギタギタよ。ぜったいゼッタイ、絶対に、俺のアメリとリリカに手を出すなよ。苛めるなよ。約束しないと俺は絶対に帰らないからな。」


 私はなんとなくどころか確実に背中に物凄い怖気を感じるので、覚悟を決めて後ろを振り向いてみた。


「ひゃっ。」


 なんと耀子が両目をぎらつかせて、私を憎々しく睨んでいたのだ。


「そう。誠司が怪我をしても帰ってこなかったのは、更紗から猫を守るためだったの。」


「いえ。ママ違う。ぜったい、絶対、ゼッターイに部屋に入り込む女中達のせい。きっと誠ちゃんはママが製作中の王様の部屋を気に入るって。」


「何、何?その王様の部屋って。」


 ぐいぐいと私のワンピースの布地が引かれ、目を煌めかせた誠司が子供みたいにして興味津々の顔で私を見ている。

 私は誠司の表情を目にして、なんと、胸がどきんと高鳴った。

 かわいい、と、思ったのだ。


 誠司の笑顔が素晴らしいのは私も認めるところだが、今目にしたばかりのこの表情は、私には見せたことの無い顔じゃ無いのか?


 違う。

 こんな無防備な顔を、彼は今まで作れなかったんだ。

 誠司は、私や仲間を守って、期待を裏切らない男として立っていなきゃいけなかったから。


「どうした?変な顔して?ほら、王様の部屋って何だよ?」


「え、えと、ほら、食堂の真上に当たる客室三室。あそこの壁をぶち抜いて、誠ちゃん部屋にするんですって。寝室、サロン、書斎と繋がっている部屋。で、そこで、そこだったら、王様の。」


 誠司は王様になりたい人だった?

 みんなの王様だけど、だけど?

 むぎゅっと私の頬がつねられた。


「羨ましくて涙が出たか?」


 涙?

 私は慌てて目元に右手の指先を当てて、……乾いている。

 私の頬から指は外した男は、いつもの人を安心させる笑顔を作った。


「ちゃんと帰るから心配するな。お前の場所は奪わないよ。」


「せいちゃ。」

「ねぇ、耀子!内装、内装はもう決めちゃった?」


「ま、まだよ。」


「今ここで二人で決めちゃわない?」


「あなたの部屋なのよ?」


「最高にしたいからさ、最高の助言が欲しいな。」


「ま、まあ!すぐに、デザイナーを呼ぶわ。」


 誠司は目の前の私を横に押しのけて、車椅子を再び動かしはじめた。

 耀子は自分と二人で部屋の内装を決めたいと言ってくれた最愛の男によって、花々が満開になったような笑顔となっている。


 そうして幸福そうな二人は私を残して、打ち合わせが出来そうなスペースのある方へと仲良く去って行ったのである。


 私はいつもの光景だと思いながら、いつもの光景に誠司がしているような、そんな気がしてしまった。


 ごぼん。


 私のお腹の中の悪魔が蠢いた。

 今は私と恭一郎之仲を裂く原因となった魔物が巣くう、膨らんだ自分のお腹に手を当てた。


「ねえ、お前?お前は私にちゃんと我儘するんだよ?そうじゃ無いと、私はお前の大事なものを知らずに奪ってしまうかもしれないからね。」


 ちゃんと帰るから心配するなって、それって、誠司があの家にずっといたいって思っているからの言葉じゃ無いの?

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