女王の重すぎる期待
誠司が手術するという。
それは今すぐではなく、誠司が企画したオリエント秘宝装飾展の反響振りを確認してからなのだそうだ。
耀子はそんなものよりも誠司の体を一番に考えて欲しいとやきもきしている。
誠司は今日も会場に木下に連れられて現われ、展示物の確認とスタッフへの指導を行っている。
二日後に開催だ。
会場入り口前に設営された受付机には出来上がったパンフレットが山積みになっており、私はそれを惚れ惚れと眺めた。
誠司はパンフレットの隅に、装丁デザイン竹ノ塚更紗と印刷を入れてくれていたのである。
「お給金はくれなかったけれど、これって凄く嬉しいわよね。」
ところが、私の隣に来た耀子は私のデザインしたパンフレットを褒めるどころか、私の夫への当てこすりの愚痴を呟き始めたではないか。
「なんて頭の悪そうな車椅子なのかしら。それに、あの格好。」
誠司は立てないためにトイレが大変だ。
それで恭一郎に着せられて着物姿となっている。
寒いからと着せられた綿入りの丹前がやくざの様な色柄で、しかしながらそのまま舞台に出ても可笑しくないほどの時代劇俳優の格好良さでもある。
足元に巻きつけた焦げ茶色のストールは厚手の女性物で、この展示会にぴったりのオリエンタル柄だ。
そのストールに耀子が文句をつけないのは、それが耀子のものだったからだ。
六日の月曜日、誠司は会場に木下達を引き連れて現れた。
誠司の代りに会場設営の指揮を自ら取っていた耀子は、久しぶりの誠司を目の前にして全てを放り投げる勢いで車椅子の誠司に抱きつき、そして従業員が目を丸くする中で大泣きをしてしまったのだ。
「耀子、馬鹿。人前だろ。それでさ、寒いからそのストールを頂戴。」
「私が寒いじゃない。」
「俺が暖めてやるよ。」
「この馬鹿!」
両腕を広げておどける誠司の頭を、耀子はぽかっと殴ったが、真っ赤になった耀子は誠司との掛け合いできる喜びか、若々しくとても美しく輝いていた。
そして、車椅子。
恭一郎が車椅子に手を入れて、いや、完全自作してしまったのか、一人掛けソファに原動機がついているという物々しいものなのだ。
自転車の後輪を動かすためについている原動機を車輪の左右に一個づつ連動させてあり、その左右の原動機に燃料を供給する小さなタンクも付いている。
後ろを押す人間がいなくても人が歩く速度には自動で動けることが出来るが、六キロの原動機二つと燃料タンクが付いてしまったので、屋内で原動機を作動させない今の様な時には車椅子を押せるのが力の強い男性限定となる。
「本当にあの男はやることが極端なのよ。」
「ママだってそうじゃない。達ちゃん達を青森に飛ばしたと思ったら、勝手に帰った彼らをお咎め無しどころか誠司専用親衛隊にしてしまうし。」
誠司逮捕のニュースを聞いて研修場所から勝手に戻って来た彼らは、全員辞表を提出していた。
そこで耀子は部署を一つ作った。
専務である誠司専用の企画室だ。
木下はそこの部長に納まり、他の皆は木下の指示を受けながらそこで慣れない書類仕事や誠司の代わりの外回りや、つまりスーツを着た仕事もできる誠司専用の戦闘員になったのだ。
本日はスーツ姿の怖い人となって展示場をうろうろしている。
二度と誠司に何かをおこさせないという、物々しい臨戦態勢だ。
事実、彼らが此処を警備していれば、誠司が売り子を守ろうと動くことも、それどころか、令状も無く刑事が入り込む事自体を許さなかっただろう。
「男気のある男の子って可愛いじゃない。」
「ママ?」
私が訝しく尋ね返すと、耀子は右眉をぐいっとあげてニヤっと悪戯そうに微笑んだ。
「これが多分誠司の願いだと解ったからよ。警備会社の現場の職は体力が無くなったら出来ないでしょう。では、内勤の書類仕事は彼らにできるかしら?」
耀子の指摘は正しいだろう。
誠司は学校を出ていなくとも、暇さえあれば何かを読んでいる活字中毒でもあったが、他の面々は歳を重ねるごとにヤクザのように風を切って歩く事に重きを置いている。
木下以外は。
「そうね。達ちゃんは誠ちゃんと一緒になって勉強していた人だけど、他の人は騒ぐばっかりね。だからみんなをまとめるために、誠ちゃんは人一倍騒いだり悪ぶったりしているのよね。」
「まあ!あなたはちゃんと見ているのね!」
「ママったら酷い。」
「ふふ。酷いわよね、私は。ようやく気が付いたなんて。誠司は仕事に関しては冷静でね、相良警備の信頼を得るためと、警察との連携も必要だと引退した警察官を雇用し始めているの。そうすると役職に若いだけの実績のない元愚連隊はいられないでしょう。あの子はその為に新会社を作って、仲間を若いうちに自分のようなビジネスマンとして鍛えようとしていたんだなって、気が付いたのよ。」
惚れ直したかのようにうっとりと誠司を眺めて語る耀子に、私は買いかぶり過ぎではとも思ったが、誠司の帰還の為に口を閉じた。
耀子は自宅の改装も始めている。
自分の部屋の廊下を隔てた隣に、王様の部屋を作成中なのだ。




