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お代は猫でお願いします  作者: 蔵前
十五 子供を守るのは大人の役目
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背負えるか?ではなく、背負いたい

「どうした?お前達。笑わないのか?深刻になってどうしたの?」


 鳥居という奴がガバっと伏せて、なんと俺に土下座をしてきた。


「スンマセン。でも、離婚だけはしないで下さい。テンはあれでも一生懸命な良い奴なんです。あなたに捨てられたら、あいつは確実に一生独り身だ。」


「え?」


 誠司が更紗を妹分にしていたのは知っているが、団員全員がそうだったのか?

 俺が恐る恐ると居間を見回すと、なんと、団員全員が土下座姿だった。


「いや。本当に。天に悪気はありませんので!絶対に捨てないで!」


 南という奴は顔を真っ赤にして額を畳みにこすり付ける勢いだ。


「頼みますよう!」


 今林という奴は半泣きだ。

 次々と団員達が土下座の格好で、俺に懇願して来るではないか。


「え?えぇ?どうしたの?皆さん。」


「あの。天を独り身にすると誠ちゃんがまた天の面倒を見なければいけないじゃないですか。誠ちゃんが面倒を見れなかったら俺達ですよ。あれは無理ですよ。」


「木下。君は意外と冷静で酷い奴だったんだな。」


 そこで誠司が大きく笑い出した。

 目には涙まで浮かべている。

 違う、彼は泣き出してしまったのであり、それを誤魔化すための大笑いだ。


 彼はまだ二十三歳の若造で、子供で、これから一生歩けなくなる可能性に怯えているのだ。

 いや、そうではない。

 守っていた立場の人間が、無力になった己の身の上にいたたまれなくなっているのだ。

 頭領でいたくないと泣きながら、頭領で在り続けたかった傲慢な子供。


 人を守って囲むのは、自分が見捨てられたくないからだ。

 母親の目の前の死は、幼い彼にはさぞ辛かった事だろう。


「どうして田辺!止血をすれば、合流地点まで連れて行けば伊藤がいる。止めを刺すことは無いだろう。」


「助かりませんよ。それだけ苦しみを長引かせてしまう。」


 俺は紫藤をナイフを持った田辺から隠すように抱きしめた。

 だが、俺に庇われた紫藤は俺の腕の中で囁いた。


「俺は、俺は今幸せです。生まれて初めて幸せなのです。田辺さん、お願いします。」


 紫藤は俺に抱かれたまま、田辺の止めのナイフを受け入れて死んだ。

 そして俺は最後の息を吐き出した紫藤の亡骸に対して、ほっとした自分を感じてもいたのだ。

 俺が彼にこれ以上関わらなく良いのだと。


「忘れるべきです。」


 そう、俺が思い出したくないのは、ほっとしてしまった自分自身だろう。

 俺は紫藤を大事な部下だと思ってはいたが、私生活を全て背負ってやるぐらいの覚悟など彼には持ちえなかったのである。


 俺は誠司を見下ろした。

 そして、彼には考えるまでも無いと手を伸ばした。


 俺は馬鹿笑いの振りをして涙を隠す誠司の頭を撫でて、熱っぽいと思いながら顔の涙も周りに気付かれないように拭いてやった。

 すると彼は笑いを止めて顔を歪めたまま動きを止め、涙だけが次から次へと流れ落としている。

 俺は彼をそのまま俺の体に押し付けて、子供をあやすように背中をぽんぽんと叩いてやった。


「怠いか?熱が高いな。少し横になれ。今は何も心配はするな。俺は君が嫌でも君に関わっていたいんだから、何も考えずにウチに居ればいいよ。それから伊藤はね、物凄い名医なんだよ。俺が撃ち抜いた長谷の足も完璧に治していたよ。」


 誠司を抱きしめる俺の後ろで、愚連隊たちが騒ぎ始めた。

 若い男ってこんなに騒がしいものか?と振り返ってから再び誠司に目をやると、泣いていた誠司が、涙目であったが、人形のような真ん丸い目で俺を見上げているではないか。


「あれ?誠司には言ったことなかったっけ?」


「あの、長谷さんの足を撃ち抜いたって?え?あなたが?どうして?」


 俺に質問する代表に選ばれたらしい木下が、冷静な男であった自分を捨てておどおどと俺に尋ねてきた。


「ええと、煩かったからかな?」


「ええ!気持ちはわかりますが、ええ!」


「こん人は危ない人で有名な中尉さんでしたからね。何でしたっけ、あの大尉にした事。ほら、食堂で下士官に暴力振るっていたあの大尉。」


 答えたのは田辺で、そして、憎らしく目を輝かせて俺の恥を晒し始めた。


「何、どうしたの?竹ちゃん?」


 いつものように軽く尋ねてきた誠司の頭を軽く撫で、彼の座る椅子の隅に腰を下ろした。


「余計な事を言い出した田辺ご飯。」


「えー。竹ノ塚さん、そこまで言ったら教えてくださいよ。」


「そうですよ!田辺さん!この人はその大尉とやらに何をしたの!」


 味噌汁を盛りながら田辺は笑い、いつの間にか作っていた玉子の中華風のあんかけを乗せたどんぶりまで手渡してくれた。

 なんて今日は優しいのだと、俺は有頂天だ。


「ねぇねぇ。」


 椅子の背にまで来た神保という奴が、煩く纏わりついてきた。


「ほら煩いと、君達も同じ目に遭わせるよ。僕は危ない人で有名な中尉さんだからね。」


「だから何をしたの?竹ちゃんは。」


「大した事じゃないよ。今治大尉って奴がね、酒の上の無礼講だって悪さをするからね、俺も大酒飲んで殴り飛ばしたの。それだけ。」


 田辺がそこで大笑いしながら向かいの椅子に座った。

 殴り飛ばしただけではないと、田辺の様子から気が付いた青年達は、子供の様な歓声をキャーと上げて聞き耳を立て始めたではないか。

 全く、こいつらも子供時代に子供でいられなかった子供か。

 大人に甘えられなかった子供なのか。

 俺の目線に気が付いた田辺が、俺にだけわかるように、目尻をぴくっと動かして見せた。


 面倒を見ても良いですよ。


「ありがとう。田辺軍曹。もう好きに俺の恥を晒してくれ!」

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