こいつは俺の弟分だ
胃をしくしくさせながら自宅に戻ると、被害は木塀だけであり、家には被害が無かった事に胸を撫で下ろした。
書斎の前庭に車止めを作っておいて助かったと自分の先見の明を褒め称えたが、自分を褒めても何の高揚感もい生まれず、こんなにもヌートリア事件が俺の心の奥底まで破壊していたようだと再確認しただけであった。
「ただいま。……うわ。」
我が家の玄関は、大きな男物の革靴だらけであった。
サイズはまちまちだが、高級でお揃いの革靴達。
お揃いが大好きな頭領の団員達のものか。
確かに居間の方から騒々しい若者の声が響いている。
俺は出迎えない田辺に大きく溜息をつき、コートと杖を自分で片すと、慰めも無いままとぼとぼと居間の方へと向かった。
「にゃあ。」
振り向くと、階段下すぐにアメリがいた。
リリカよりも俺に優しくない奴だ。
そいつがすっと俺の脚に体を摺り寄せたのだ。
「アメリ。君は優しい可愛い子だったのだね。」
そっと手を出すと、触る前にスッと身を翻して、タタタタっと二階へと駆け上がって行ってしまった。
俺は再び幻の猫の無情さに溜息をついて、痛む胃を抑えながら居間に進んだ。
居間には愚連隊の七人がぎゅぎゅうに収まっており、誠司は台所の椅子を三つ並べてベンチのような状態にして横座りをしていた。
彼の顔が少し赤い事に、彼の具合が心配だと心がざわついた。
「せい――。」
「お帰り。竹ちゃん。俺の仲間達がね、首を覚悟で俺の見舞いに来てくれたの。」
木下が立ち上がり俺に礼をすると初対面の男達も次々と立ち上がり、小杉、今林、鳥居、南、神保、佐藤と自己紹介をしていった。
優男の木下以外のどの青年も体つきが大柄でしっかりしており、彼らが囲んだ誠司には誰も怖くて手が出せないだろうと想像した。
俺が挨拶を返すと、南という男がおずおずと俺に提案をしだした。
「自分と神保が独身ですから、誠ちゃんと同居しようと思うのですよ。相良を首になっても俺達は頑丈ですから誠ちゃんを守りながら工場で働けますし。」
「何の話だ?」
答えたのは誠司だ。
「仲間が首になったら俺も相良を出るよって話。足手纏いだろうけどさ。今の所、俺は自分でトイレも何も出来ないでしょ。でもさ、仲間が、友達がさ、俺の面倒を見てくれるってね。そうしたら猫は飼えないから二匹とも竹ちゃんにあげる。あの子達を大事にしてね。」
俺はつかつかと誠司の前に行き、彼の頭を殴りつけた。
怪我人であるので平手だが。
そして愚連隊の面々に振り返った。
自分達の頭領を目の前で叩かれた団員達は目を丸くしていた。
「この馬鹿は俺が面倒みるから、大丈夫。こいつの介護も生活の面倒も気にするな。見舞いだけはちょくちょくしてやってくれ。この馬鹿は寂しがりだからね。それで君達は首になったらどうするつもりだ?うちは零細だから給料は出せないが、うちで働くなら空き部屋は多いからね、部屋くらいはタダで貸してやるぞ。」
もっと目を丸くした団員達は俺を不思議そうな目で見返して、それから佐藤という奴がおどおどと尋ねてきた。
「部屋はタダでも無給仕事?」
「体が頑丈なら掛け持ち仕事をしろ。」
「ひっでー。俺はこんな酷い親父初めてだよ。」
今林という奴が失礼な物言いをしてきた途端に、居間は俺への罵詈雑言で溢れかえった。
台所の田辺は鼻で笑い、俺のための飯を用意していた。
コイツらは?と居間のちゃぶ台を見直すと、大きな桶が三つも空になっているどころか、ビール瓶も数本転がっている。
「畜生。お前らは寿司か!家主の俺は冷ご飯だというのに!」
一斉に笑い出す中、誠司が笑いを含んだ声で俺に当たり前のことを言った。
「相良で食べて来れば良かったじゃない。」
「おい、誠司。お前はヌートリアを食べた事があるか?俺は新妻の手料理の肉がヌートリアだったと聞かされて、たった今逃げ帰った所なんだよ!」
笑いが取れると思ったが、居間はしんっと静まり返り、誠司などは勢いよく両手で顔を覆ったと思うと俯いてしまったのだ。
どうしたんだ?
頼むから笑い飛ばしてくれよ?
俺の為に!




