俺の胃に穴を開ける、罠
俺は頭を抱えていた。
田辺達の攻防に更紗への襲撃に対して何の役にも立たなかった自分が情けないからでもなく、梶について長谷が嘘ばかりを語ったがために完全に俺がミスリードされていた事でも無い。
長谷が嘘吐きなのはわかっていたはずなのだ。
梶などは長谷から渡された金と建物にかけていた保険で、火事前よりも焼け太ったのである。
だから、長谷も梶も、俺にはもうどうでもいいのだ。
俺が頭を抱えているのは、もっと危機的問題であり、今の俺には解決不可能なものだからである。
「ママ!いくらママでも私はそんな事を飲めませんからね!」
俺よりも勇敢な戦士である更紗の頭を撫でた。
俺は戦う気力さえないのだ。
目の前のグリズリーは俺の内臓を引きずり出してやるという目つきで、血気盛んな娘の方ではなく、この戦う気力の無い哀れな婿を睨んだ。
「まぁまぁ、お茶でもどうかな。」
役にも立たない更紗の父が女中を連れて現れると、役に立たない割にこの場を緩んとしたものに変えようと努力しているのか、女中達にお茶を配らせ始めた。
なぜ、更紗の父がこんなことができるのか。
そう、ここは俺専用の説教部屋でなく、暖かで和やかな居間であるからである。
俺の隣に座る更紗を、相良が寒い部屋に入れるわけは無いのだ。
しかし暖かい居間でも俺には相良がいる限り針のむしろ。
更紗の父親は俺を心配してはいるがホヨホヨと動揺しているだけであり、彼が何の力にもなれないのは丸わかりだ。
その上、あの裏切り者、俺の実弟が相良の隣に恋人のように座って、俺の境遇を楽しそうに笑って見ているのである。
母親に叱られる情けない姿を、弟に見守られる悔しさややるせなさは語るに尽くせない。
実の弟よりも俺思いの誠司がいれば、きっと俺を守ってくれるだろうに。
「あなた!あなたもママの言うことを聞くの!?私達の子供をママ達に育てさせるの?私が赤ちゃんを育てちゃいけないの?」
俺の腕を両手で掴んで目に涙までも浮かべて、必死に俺に縋っている妻のけなげさに俺は頑張ろうという気を、グリズリーに対して物凄く怖いが、愛妻の為に少しだけ奮い起こした。
「お母さん、ご心配なさらなくても更紗はいいお母さんになりますよ。」
相良はタンっと大きな音を立てて茶器をテーブルに叩き付け、それだけでなく、グリズリーという現存する生き物から、炎を吐きだせるドラゴンという驚異の生き物へと変化してしまった。
俺は心の中でひゃっと怯えるしない。
本当に怖い糞婆だ。
「更紗がいいお母さんになることはわかっています。ですけどね、更紗が作ったトラップに幼い子供が掛かったらと思うと、私はいてもたってもいられないのよ。」
「あの罠は完璧で素晴らしいものだったではないですか。」
男二人をミンチにしかけた罠は、カモフラージュも発動への起動装置も完璧であった。
あれ以外にもあと三つも罠が仕掛けてある事に気づいた俺は感激し、更紗に惚れ直した程なのだ。
俺の無意識に口から出た答えに更紗は俺にギュウッと抱き付き、ここでクスクス笑いだった幸次郎は笑いを噴火させ、実の母が見たら呆れるだろう程に体を二つ折りにしてソファの上に転がった。
相良はそんな子供じみた大笑いをしている幸次郎の膝を、気安い感じでパシッと叩いた。
俺には相良は絶対やってくれないのだと、婿のはずの俺は悲しく感じた。
そこで寂しい俺は更紗に腕を廻して彼女をギュッと抱きしめて、彼女に癒してもらいたく彼女の頭頂部に頬ずりをした。
俺は腕の中の更紗の温かさに癒され、そして彼女はそんな俺にうっとりと微笑み返した。
「大丈夫よ、子供がトラップに掛からないように一緒に作るから!」
「俺も君達を見守るから大丈夫だよ。」
視線を交し合って微笑みを交わす夫婦に水を差すのは、やっぱりどころか鬼の姑だ。
「もっと駄目でしょう!子供がお友達を罠にかけたらどうするの!」
あ、それは確かに。
俺はそこで言い返す言葉を全部失った。




